クロちゃんの嫉妬
黒死蜘蛛――クロちゃんを買ったら、予算はなくなってしまった。
ブルーボルド草の購入は諦めて、プチトマトや唐辛子の苗をいくつか買って、畑へ植えることにする。ユミはクロちゃんが手に入って満足しているので、種類は何でもいいといった感じだ。
買い出しが終わったので家に戻ると、さっそくユミはクロちゃんを檻から出した。
噛んでこないか身構えていたんだけど余計な心配だったみたい。ユミに顔を近づけて頬を擦り付けている。これが蜘蛛の愛情表現……?
「良い子ですね~」
ユミは俺には見せたことのない優しい表情をしている。
弟に接する姉のような感じだ。
俺もクロちゃんに触ろうとして手を伸ばすと、口を開き、毒が付いた牙をむき出しにされてしまった。さらに前足で俺の手を弾く。
邪魔するなと言われているように感じた。
「クロちゃん! マスターに酷いコトしたらダメでしょ!」
大好きなユミに頭を叩かれたクロちゃんは、素早く動いて部屋の隅で小さくなってしまった。
幼い子供のような動きだ。蜘蛛にしては体は大きいかもしれないけど、精神は未熟なのかもしれない。
「マスター、ごめんなさい。クロちゃんには、きつく言い聞かせるので捨てないでください」
「買った責任を放棄するつもりはないよ。捨てるなんてことはしない」
「ありがとうございます! マスター!」
嬉しさのあまり、ユミは抱きついてきた。
まだまだ子供だなと思いながらも嬉しい。背中に手を回して軽く抱きしめると、視線を感じた。
部屋の隅にいたクロちゃんが俺を見ているのだ。暴れるでもなく、不気味なほど静かに。
殺気を放たれるよりも恐ろしい。
「ユミ」
「マスター、何でしょう?」
「しっかりと躾けしてね」
「お任せください!」
これで大丈夫だよね……。
寝静まったときにクロちゃんの糸で簀巻きにされて、外に捨てられるなんて事態は避けたい。
俺から離れて、早速クロちゃんに躾をしているユミに期待しておこう。
一人取り残されてしまったので、ばーちゃん家に行って素材の保管状況でも確認してこようかな。
立ち上がって転移門を床に置いていると、スマホがブルブルと震えた。ユミが充電をしてくれたので、珍しく電池が残っていたみたい。ディスプレイを見ると誠の名前が表示されている。
ドラゴン討伐の報酬で何かあったのかな。
もしかして分け前がもらえるかも。ウキウキした気分で通話ボタンをタップする。
「裕真か? それともユミちゃんか?」
「俺だよ。ドラゴンの素材をくれるから電話してくれたのかな?」
「そんなわけないだろ……」
どうやら俺の予想は違っていたみたいだ。残念だなぁ。
ドラゴンの素材はもっと欲しかったのに。
「じゃあ、何で電話してきたの?」
「知晴さんにギルドの仕事を回されたらしいな」
「放置ダンジョン調査のこと?」
「ああ、そうだ。俺たちのパーティが探索担当に選ばれたんでね。事前に伝えておこうと思って電話したんだ」
誠は2級探索者だ。しかもドラゴン討伐に貢献したので1級に近い評価を受けているはず。
放置ダンジョン調査は4級が経験を積むために担当することが多いので、参加するには違和感があった。
「どうして誠に話が回ったの? おかしくない?」
「探索者ギルドは放置ダンジョンの一斉調査するらしく、人材が足りないらしい」
「あー。そんなこと知晴さん言ってたね。それでも2級の探索者を派遣するほど人材不足には思えないけど」
「ドラゴンを階層移動させた黒幕がいないか調査するのが目的らしい。敵は強力だから、今回は相応の実力者を選んだと聞いている」
黒幕とは、神官の体を借りた神霊のことを言っているわけじゃない。
あれは人工的に作られたのだ。錬金術師が関わっているのは間違いない。
可能性は低いだろうけど、犯人が人里離れた放置ダンジョンに隠れていることも考慮して、一斉に調査を実施すると決めたのだろう。
同じ錬金術師として、神霊をどうやって現世に呼び寄せたのか気になるところだ。出会えたのであれば、意見交換会を開きたい。
「黒幕を見つけたらさ、俺は話してみたいんだけど時間もらえる?」
「…………捕まえた後でよければ」
「やった! さすが誠、話が分かるね~!」
スマホ越しからため息が聞こえたけど、気にするのを止めた。
「出発は明日らしいんだが準備は終わっているか?」
「うん。畑仕事用の服と種は買ったら、いつでもいけるよ!」
「裕真は何しに行くつもりなんだよ……」
放置ダンジョンの調査は誠の仕事で、俺たちは畑仕事しながら、ユミやクロちゃんと遊ぶために行く。
そのついでに、探索者が消費した回復ポーションの補充をしてあげるんだけど、主目的ではないのだ。
「山小屋にはクワもあるらしいから、力仕事は任せたよ!」
「畑仕事は手伝ってやるから、裕真も放置ダンジョンの調査も手伝ってくれよ」
「うん。もちろんだよ。ちゃんと錬金術の道具は持って行くから安心してね」
「あとでユミちゃんにも伝えておくが、俺たちの調査するところが本命らしい。本当に頼んだぞ!」
「うん。大丈夫。任せて」
適当に返事をしたら、誠の通話が切れてしまった。
全く心配性だな。俺が錬金術で手を抜くなんてあり得ない。
ちゃんと準備は進めておくから。





