82、男心も複雑だと知る少女
清潔なベッド、清潔な室内、人間が住むには心地良すぎるこの屋敷は、精霊が造ったものだという。
『人間に興味を持った精霊が、まずは人間の生活を体験することから始めようと家を建てたのだ』
「私たちが使っちゃっていいの?」
『人の中でも貧富の差で家の大きさが違うと知り、今は小さな小屋に住んでおる。ここは自由にして良いとのことだ』
「へぇ……変わってるね」
『もともと精霊というものは、好奇心旺盛な者たちが多いのだ。そこから魔に染まるものもおれば、神格化し人々から崇め奉られるものもおる』
「そして、モモンガになるものもいる」
『うむ……いや違うぞ!? 我はやむをえず毛玉の肉体になっただけであってだな!?』
慌てて言い訳しているモモンガさんは放置するとして、その変わり者の精霊のおかげで私たちは助かっている。ありがたいことだ。
お父様たちが戻ってきたら確認しないと。
私が世界を修正したことで、お父様たちにどういう影響が出ているのか……私の立ち位置はそのままっぽいから、そこまでおかしな事になっていないと思うのだけど。
「ユリアーナ」
「お兄様!」
起きあがろうとする私の背中を、そっと支えてくれるお兄様。優しく頭を撫でてくれた後に、髪をひとふさ手に取るとふわりと微笑んだ。ふぉ、お兄様マジ美少年……って、あれ?
「私の髪……色が……」
「そう、綺麗な蜂蜜色だ。私は黒髪も良いと思っていたが」
これはもしや……!!
「モ、モモンガさん!! 鏡を出して!!」
『あいわかった』
目の前に現れた水鏡を、ドキドキしながら覗き込む私。
そして次の瞬間、ぽふりとベッドに向かってダイブしてしまう。
「……まだ、少女」
「ど、どうしたユリアーナ!?」
慌てて背中をさすったり頭を撫でてくれるお兄様に甘えること数分、なんとか心をたて直して起き上がることに成功した。
つらい。つらすぎる。
「やっと美女になれたと思ったのに……」
「美女?」
しょんぼりとうなだれる私の目の端っこに、不自然に震えるお兄様が映ったような……気のせいかな。
はぁ、魂の姿になる精霊界だから、前世の年齢の私になっているのを期待したのだけど……。
『主よ、そう簡単に魂は成長しないものだぞ』
「ぐぬぬ……!」
「ぶほっげほっ」
急に咳き込むお兄様、お風邪ですか?
魂の姿が前世の本田由梨からユリアーナに近づいたということは、この世界の理と私が上手いこといったってことでいいのかな……。
いや、それよりも気になることがある!
「お兄様、ベル父様は?」
「ああ、父上は……少し周辺を見回ってくると」
「そうですか」
記憶乃柱を操作した私が見たところ、お兄様は変わっていないように思える。
むしろ大きく変わるとすれば、ずっとユリアーナの近くにいたお父様だよね。
「ちょっと、見てきます!」
「いけない! ユリアーナ!」
そう言って立ち上がろうとした私だけど、膝がふにゃふにゃでうまく立てない。
「あれ?」
「長い時間魔力操作をしていたから、本調子じゃないのだろう。まだ寝ていなさい」
「……はぁい」
翌朝、お父様はたくさんの果物を持ってきてくれていた。
丸かじりするモモンガさんを、ベッドが汚れるからとサイドテーブルに移動させた私は、オレンジに似ている香りの果物を選ぶ。
「皮をむいてやろう」
「お兄様、ありがとうございます」
なるべく食べ物は現地調達するのが良しとされているのだけど……。
『ふむ、氷のは精霊界の果樹をすべて採ってくるつもりか?』
「あはは……」
持っている食料にはまだ余裕があるし、体は回復したから果物以外も食べれるようになったんだけど、なぜかお父様は果物を大量に持ってきてくれる。
私の寝ている間に。
「そうだ。父上の体に刻まれた魔法陣は消えていた。これならユリアーナが回復次第、ここを出発できる」
「お兄様、もしかして……ベル父様は……」
ずっとお父様の顔を見ていない。
もしかしたら、私が記憶乃柱の中に入ったことで、何か変わってしまったのだろうか。
へにょっと眉が八の字になる私に、お兄様は苦笑しながら果物をのせたお皿を差し出してくれる。
おお、見事な飾り切り! お兄様ったら、その技を一体どこで会得したのかしら?
薔薇の花のようになっている果肉を、そっとフォークですくって口に放り込む。
ふぉぉ! 甘酸っぱくておいしーい!
にこにこしながら食べていた私は、ハタと気づく。
「お兄様、この果物はおいしいのですが……あの、聞いてもいいですか?」
「何をだ?」
「もしかしたらお父様、怒っているのでしょうか」
「なぜ、そう思う?」
穏やかに問うお兄様を軽くにらむと、ここぞとばかりに愚痴を吐いてやることにする。
「だって、お父様、ぜんぜん会ってくれなくて……私、いっぱい心配かけたから……きっと、怒ってるんです……」
「父上が怒っている、ね」
「もう、ずるいです! お兄様は知っているんでしょう?」
ぷりぷり怒る私の頭を優しく撫でるお兄様は、小さく息を吐いた。
「ユリアーナが記憶乃柱で頑張ってくれたおかげで、私たちは正しい『世界の理』に戻ることができた。ここまではいいか?」
「はい」
「思い返すと不自然なことばかりが起きていた。主に、父上にだが……それを私たちは自覚した」
なるほど。
作家と担当編集の欲望が詰め込まれた『世界』は、私だけじゃなくてお父様たちから見ても不自然だったってことか。
「それでたぶん、父上は……『恥ずかしくなった』のかもしれない」
「はい?」
お読みいただき、ありがとうございます。




