第63話 ユリウスの初陣
砦の見張り塔からは、敵の布陣がよく見えていた。
グロッセンベルグの軍勢は砦の南、草原の端に陣を張り、すでに投石機の組み立てを開始している。
「砦の真正面……バリスタの射程ぎりぎり外、ですね」
リルケットが険しい表情で言った。
「完成すれば城壁が持ちません。潰すなら今です」
ユリウスはしばし黙考し、やがてゆっくりと口を開いた。
「……投石機を破壊できるのは、オリオンとリィナだけだ」
そこで一度深呼吸をした。
「正面から叩いて、最小限の被害で済ませる。指揮官も倒して、敵の動きを止める。――これは奇襲じゃない。正面突破だよ」
「でも!」
セシリアが声を上げる。
「たった二人で突っ込むなんて――危険すぎるわ!」
ユリウスは小さく首を振る。
「ここで一歩も動かず見過ごせば、もっと多くの犠牲が出る。僕たちがやるしかない」
「了解しました、ユリウス様」
リィナが即座に答え、一歩前へ出る。
その瞳には迷いがなかった。
ユリウスとリィナ。砦を守るための戦いが、いま始まろうとしていた――。
――――
城門の前。オリオンの脚部が地を鳴らすたびに、重たい金属音が砦に響いた。
巨大な機体の足元で、ミリは無理に笑みを作っていた。
「行ってらっしゃい、兄貴……」
その声は震えていた。笑っているのに、目元が赤く染まっている。
だが、それでも彼女は涙を見せなかった。
「この装甲は、あたしが仕上げた。絶対に、絶対にユリウスに怪我なんかさせない。だから……」
だから、無事に帰ってこい。
言葉にはせず、ミリは拳を固く握った。
コックピットハッチがゆっくりと閉じられる。装甲板がかみ合い、ユリウスの姿が完全に隠れた。
機体の内部に設置された魔導通信機が、パチリと起動音を立てる。
魔導モニターにも外の様子が映し出された。
『ミリ、聞こえる?』
通信機越しの声が、優しく響く。
「――聞こえてるよ。兄貴の声、ちゃんと。……絶対、戻ってくるんだよ」
『もちろんだよ。君の作った装甲を信じてる。……それに、まだやらなきゃいけないことがたくさんあるから』
そう言うと、オリオンは静かに動き出した。
ミリはその背中を見送りながら、小さくつぶやく。
「戻ってきたら、ちゃんと言うから。今度こそ、ちゃんと……」
だがその声は、すでに走り去るオリオンの足音にかき消されていた。
リィナとユリウスが駆るパワードスーツ〈オリオン〉は、地鳴りのような轟音を残して砦の正面から飛び出した。荒野を進むのではなく、投石機が布陣する南の戦線へと真正面から迫る。
「前面に出てきたこの瞬間しかない……あの投石機を壊せるのは、僕とリィナだけだ!」
魔導通信機越しのユリウスの声に、リィナが軽く笑った。
『もちろんです。ユリウス様のために、全部粉砕します』
敵軍陣営――そこではバスラーが配下の兵士たちに的確な指示を飛ばしていた。だが、彼の配下にいるのは主に槍兵と弓兵、それに投石機の組み立てと運用にあたる工兵たちで構成された軍勢。魔弾兵は見当たらない。
「くそっ、なんだあれは……!?」
突如現れた金属の巨人に、兵たちが騒然となる。その間も、リィナは高機動で側面を駆け抜け、工兵たちが必死に操作する投石機の一台を一瞬で破壊する。炸裂音とともに木片が吹き飛び、悲鳴が上がる。
『残り四台。ユリウス様、中央へ!』
「任せた、リィナ!」
ユリウスは正面の投石機に向かって一直線に突き進む。バスラーの護衛兵たちが立ち塞がるが、オリオンの強化外装は槍すら弾き、重い一撃で兵士たちをなぎ倒していく。
「ここで止める……絶対に砦まで届かせない!」
振り下ろしたハルバードが、二台目の投石機の支柱を真っ二つに叩き折った。




