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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第49話 口食み酒

 パン工場の隣に、新たに建設されたウイスキー工場。重厚な木造の外観からは、すでに麦芽を焦がしたような香ばしい香りが漂い始めていた。


「まさかパンの次はお酒なんてね。あなたの発想には、ついていけないわ」


 セシリアが苦笑しながらユリウスを見上げる。その表情には、呆れとともにどこか楽しげな色が混ざっていた。


「いや、必要だからだよ。人が増えて、息抜きができる場もいるだろ。……それに、また地下から何か出るかもしれないって、ちょっとだけ期待してたろ?」


「ふふ、バレてた?」


 セシリアが小さく肩をすくめると、ユリウスも笑った。

 ふと工場の扉が開き、中からミリが飛び出してきた。


「おーい、兄貴ー! 樽の中身、そろそろ確認していい頃だぞ!」


「もう蒸留終わったのか?」


「終わったもなにも、お前の〈工場〉スキルで一瞬だったじゃないか。とにかく、一回飲んでみようぜ! 味見、味見!」


「ちょっと待て、まず構造の確認を――」


「そんなの後だ後! 飲んでから考えろ!」


 そう言ってユリウスの腕をぐいぐい引っ張るミリ。工場の中には、ユリウスのスキルで配置された巨大な木樽が何本も並び、精密に組まれた銅の蒸留装置が堂々と鎮座していた。


「うわ……本当にできてるな」


「当たり前だろ。兄貴のスキル、マジで便利すぎるぞ……。これで本格的なドワーフ酒場が夢じゃなくなってきた!」


「だから、お前何もしてないだろ……」


「いや、飲む役は大事だからな!」


 カップを手にとったユリウスは、琥珀色の液体を一口含んで――


「……強い! けど、うまいな」


「だろだろ? この香りと刺激が命なんだよ、ウイスキーは!」


 その様子を少し離れたところで眺めていたセシリアが、クスッと笑った。


「……こうして人が笑い合える場所があるって、素敵なことね」


――――


 ウイスキー工場の一角、銅製の蒸留器が陽光に輝き、静かに湯気を立てていた。

 その前で、リィナは真顔のまま仁王立ちしていた。


「……こんな無機質な機械に、ユリウス様が心を奪われるとは思いませんでした」


「え、いや、これは工業製品としての――」


「私の、口食み酒のほうが、きっと……」


 ピタ、と場の空気が止まった。

 ミリが目を見開き、セシリアは手に持っていた木のコップをぽとりと落とす。


「リィナ、いまなんて……?」


「私は古の酒造法に詳しいのです。穀物を口に含んで酵素で分解し、それを――」


「待って、待って、まってえええええっ!!!」


 ユリウスが顔を真っ赤にして手を振った。


「リィナ、それは歴史的に実在する技法だけど、なんか……その、君がやると……なんか変な気分になるんだ!!」


「変な気分とは?」


「それはだな……あー……っ、セシリア、フォロー頼むっ!」


「むり……っ。酔ってて無理……」


 セシリアは頬を紅潮させ、ふにゃふにゃとユリウスの腕に抱きついていた。


「ユリウスぅ……リィナの口……ふふ……口……お酒……」


「だーっ! セシリアも想像しないでっ!!」


 ミリは両手で顔を覆いながら、ちらちらとリィナを見た。


「……あたしも勝てる気しないけど……でもそれ、ユリウスに飲ませるの!? ほんとに!?」


「もちろんです。ユリウス様の喉を通る最後の一滴まで、私の手で……」


「それ、違う意味にしか聞こえないからっ!!」


 ユリウスは顔を両手で覆った。もはや工房は蒸留器の熱気よりも、場の空気で茹だっていた。

 その日、ユリウスは生涯忘れられない教訓を得た。

《酒造りは、理性を溶かす前に、誤解を生むことがある》――と。


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