第39話 処刑
砦の中央広場に緊張が張り詰めていた。ドワーフの工房を襲った犯人は捕らえられ、周囲にはドワーフたちと人間たちが半々に集まっていた。押し黙った空気を破るように、犯人の男が叫んだ。
「ちくしょう、なんで俺たちがあんな奴らと一緒に住まなきゃいけないんだ! 奴隷だったくせに、いい気になるな!」
その口汚い罵声に、ドワーフたちの中から怒号が漏れた。リルケットが手を挙げて制止する。
ユリウスはゆっくりと男の前に歩み寄り、その瞳をじっと見据えた。何も言わず、ただ静かにその言葉を受け止めていた。男は次第に言葉を失い、膝をつく。
「……っ、怖かったんだ……!」
泣き崩れる男の姿を見て、セシリアは唇をかんだ。ミリは顔を背けて肩を震わせていた。リィナだけが表情を変えず、静かにその場を見守っていた。
ユリウスはひとつ、深く息を吸った。そして、静かに、しかしはっきりと告げる。
「ここは、共に生きる場所だ。恐れを理由に、暴力を選ぶ者には、居場所はない」
少しの沈黙ののち、彼はリルケットを振り返る。
「リルケット。処刑を――頼む」
リルケットは表情を変えず、無言でうなずいた。
男が取り押さえられ、引き立てられていく。その背に向かってユリウスは厳しい眼差しを向け続けた。心の中では、怒りでも、悲しみでもない、ただ重たい責任の痛みがのしかかっていた。
――これで、本当に皆がわかってくれるだろうか。
そんな自問に、ユリウスは答えを見つけることができなかった。
その夜。
ノルデンシュタイン砦に冷たい風が吹き抜けていた。
処刑を終えたユリウスは、重たい足取りで砦の奥、自分たちの拠点へと戻ってくる。
ミリ、セシリア、リィナが無言のまま後ろに続く。
工房の明かりが、静かに灯っていた。
ユリウスはふと天井を仰ぎ、笑った。それは、まったく笑みのない、自嘲の笑いだった。
「……人を幸せにする工場を作りたかったんだ。なのに、僕がやってることは、まるで逆だ」
ぽつりとこぼれた言葉に、誰もすぐには答えられなかった。
ミリは唇をかみしめ、拳を握る。何かを言いたかったが、うまく言葉にならない。
セシリアは青ざめた顔でその場に立ち尽くし、震えていた。あの光景が、まだ脳裏から離れないのだろう。
沈黙が流れる中、リィナが一歩前に出る。
表情はいつもの無表情。しかし、その声には、どこか静かな響きがあった。
「人の感情というものは……わかりません。でも、ユリウス様。貴方は、間違ってなどいません」
ユリウスは目を伏せたまま、リィナの方を向く。
「間違っていない?」
「はい。正しさとは、時に誰かを傷つけるものです。ですが、それが皆の未来のためであるなら……それは、誰かが背負わなければならないものだと、私は理解しています」
淡々とした口調だったが、その言葉は確かに響いた。
ミリが目を見開き、セシリアがゆっくりとその肩の震えを収めていく。
ユリウスは静かに息を吐いた。
この罪悪感は消えない。だが、それでも前に進むしかない。




