第37話 小競り合い
砦の中央広場、井戸の前で緊張した空気が張りつめていた。
「……どけ。次は俺たちの番だ」
ドワーフの男が低く唸るような声で告げた。
だが、井戸に並ぶ人間の青年は一歩も退かず、逆に睨み返した。
「そっちがあとから来たんだろ。順番ってもんがある」
「こっちは労働のあとなんだ。道具も重い。先に汲ませろ」
「だったら最初から並べばいい。砦のルールは守ってもらう」
その言葉に、ドワーフの背後にいた数人の仲間がざわりと動いた。鍛え抜かれた筋骨隆々の腕が、一斉に緊張する。
それに対抗するように、人間たちの一団も、手にした道具を固く握り直した。
まるで火花が散るような空気の中、ミリが走り込んできた。
「やめて!」
その声に一瞬、両陣営の動きが止まる。
ミリは井戸の前に立ち、人間の青年とドワーフの男の間に身を差し出した。
「ここは……争う場所じゃない。誰もが生きるために来た場所でしょ? 力をぶつけ合うためじゃない!」
青年が歯を食いしばって言った。
「……でも、俺たちだって譲ってばかりいられない。ドワーフばっかり優遇されてるって、不満が出てる」
ドワーフの男も口を開く。
「人間のルールでばかり決めるな。こっちはこっちのやり方がある。対等って言うなら、言葉だけじゃなくて、形にしてくれ」
ミリは言葉を詰まらせた。だが、視線を上げると、静かに言葉を続けた。
「……私たちは違う種族だけど、どちらかが上じゃない。だからこそ……ぶつかるのは仕方ないかもしれない。けど……」
ユリウスがその隣に立ち、言葉を継いだ。
「だからといって、分裂したらこの砦は終わる。砦を守るのは城壁じゃない。ここにいるみんなの意思だ。だから、今だけじゃなく、これからも……考えてほしい」
しばしの沈黙のあと、ドワーフの男が舌打ちをして言った。
「……わかった。今回は譲る。だが、こっちの声も聞く場を作ってくれ」
「……ありがとう」
青年もバケツを地面に置き、目をそらしながら言った。
「……次からは最初に声をかけるよ」
その場の空気が、ようやく緩んだ。
セシリアは広場の片隅からその様子を見つめていた。いつもの冷静な瞳の奥に、かすかな憂いが揺れている。
「どうして人は、仲良くするのがこんなに難しいのかしら……」
その問いに、答えられる者はいなかった。




