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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第194話 夢

 ユリウスは夢を見ていた。

 灰色の空。どこまでも続く荒野の中、ぽつりと三人の姿が立っていた。

 リィナ、エリザベート、ライナルト。

 ユリウスは歩み寄り、静かに告げる。


「……倒したよ。ヴィオレッタを」


 三人は何も言わなかった。ただ、微かに口元を緩め、満足そうに、安堵するように、頷いた。

 それだけでユリウスの胸は熱くなった。喉が詰まり、もう一言、何かを伝えようとしたとき、三人は背を向けた。


「……待って……」


 手を伸ばそうとするが、腕が重くて動かない。まるで自身の体が鎖で縛られているようだった。


「行かないで……お願いだ、まだ……」


 だが三人は振り返らず、薄明かりの向こうへと静かに歩いていく。

 焦燥が胸を締めつけ、呼吸が浅くなっていく。


――行かないでくれ。


 その心の叫びが喉までせり上がった瞬間、目の前の光景が溶けていった。


 ユリウスは目を覚ました。

 重いまぶたをゆっくりと持ち上げると、見慣れた天井があった。ヴァルトハイン城の医務室。

 自分はベッドに寝かされていて、隣のベッドには……ミリがいた。彼女もまだ眠っている。顔色は良く、呼吸も穏やかだった。


 それを確認してから、ユリウスはようやく大きく息を吐いた。


――終わったんだ。あの悪夢は。


 ミリの傍らには、絞った冷たい布が置かれている。きっと誰かが額を冷やしてくれていたのだろう。ユリウスはその心遣いに、感謝と申し訳なさが入り混じった気持ちになる。

 そのとき、小さくミリが身じろぎした。


「……ん……兄貴……?」


 掠れた声で目を覚ました彼女は、ユリウスの顔を見るなり、ほっとしたように微笑んだ。


「良かった……生きてた……」


「君こそ……」


 ユリウスも微笑み返す。その瞬間、視界がにじんだ。


「あれ……」


 頬を伝う熱い雫に、自分でも気づかなかった。


「兄貴……泣いてるの?」


「夢を見たんだ。リィナと、エリザベートと、ライナルトに……ヴィオレッタを倒したって、報告した」


「うん……」


「でも、三人とも何も言わずに頷いて、それで……行っちゃったんだ」


 言葉にした瞬間、胸の奥で締めつけられていたものが、ふっと緩んだ。


「……もう会えないんだって、そう思ったら……気がついたら、泣いてた」


 ミリは静かに手を伸ばし、ユリウスの頬に触れる。震える指が涙をぬぐった。


「大丈夫、兄貴。三人とも、わかってるよ。ちゃんと見ててくれた。兄貴が、どれだけ必死だったか」


「……そうかな」


「うん。だから、私たちが生きていかなきゃ。三人のぶんまで」


 ユリウスは頷き、そっとミリの手を握った。

 あたたかいその手が、今、たしかにここにあるという事実に、救われる思いだった。

 その時、医務室の扉が静かに開き、セシリアとアルが顔をのぞかせた。


「ユリウス……!」


「お兄ちゃん……!」


 二人の姿を見て、ユリウスは微笑んだ。すぐにセシリアがベッドへ駆け寄り、ユリウスの手をそっと握りしめる。

 アルも反対側のベッドから身を乗り出して、ユリウスの胸にぽすんと額を預けた。


「無事で、よかった……っ」


 セシリアの手が震えている。普段は気丈な彼女の瞳に、うっすらと涙が滲んでいた。


「心配かけてごめん。でも……終わったよ」


 ユリウスの声はまだ本調子ではないが、確かな決意と静かな満足感があった。


「リィナと……ライナルト、そしてエリザベート。みんなの仇は、取れた」


 静かな言葉に、セシリアとアルは息を呑む。

 セシリアはしばらく何も言えず、ただユリウスの手を握りしめていた。その白い指先が少し強くなる。


「……ありがとう、ユリウス」


 そう言って彼女は、ベッドの縁に腰を下ろした。静かに、語り始める。


「……ごめんなさい。ヴィオレッタのこと……もっと早く気づいて、止められたはずだったのに……」


「セシリア……」


「わたしの家族だったのに……あんなにも狂っていくのを、私は……目を背けてた。どこかで、きっと理解し合えると……姉妹だからって……甘えてた」


 彼女の声はかすれていた。言葉の端々に、苦しみと悔いがにじんでいる。


「でも、もう……終わったんだね……」


 セシリアは顔を歪めて、涙をこらえるように笑った。


「あなたが……ヴィオレッタを止めてくれた。家族である私には、できなかったことを……あなたがしてくれたの……」


 その言葉に、ユリウスは目を閉じて静かに頷く。


「君の気持ちは、分かるよ。僕だって……できるなら、こんな結末は望まなかった」


「でも……」


 セシリアが顔を上げ、涙をこらえながら言う。


「それでも、あなたがいてくれてよかった。ユリウスが……私のそばにいて、闘ってくれて……本当に、ありがとう」


 ユリウスは小さく微笑み、手を返してセシリアの指を握り返した。


「こちらこそ……ありがとう。君がいたから、僕はここまで来られたんだよ」


「お兄ちゃん、アルもがんばったよっ」


 突然割って入ってきたアルが、得意げに胸を張った。


「お兄ちゃんのこと、心配で、何回も診察室の前で待ってたし。泣いたセシリアちゃんの背中もさすってあげたんだから」


「アル……」


 セシリアは微笑みながら涙を拭い、アルの頭を撫でる。

 それは、ほんのわずかにほころびかけた姉妹の呪縛から、ようやく一歩を踏み出したような穏やかな表情だった。

 静かな、けれど確かな絆の温もりが、医務室を包んでいた。


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