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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第191話 アーデルハイトからの使者

 ヴァルトハイン城の執務室には、冷たい朝の光が差し込んでいた。

 机の上には戦力配備の報告書と、難民に紛れたスパイの調査記録。山積みの紙を前に、ユリウスは無言で紅茶に口をつけた。その隣にはアーベントとセシリアが控えている。


 そのとき、扉がノックされ、警備兵が顔を覗かせた。


「ユリウス様。アーデルハイト侯爵の使者が来ております」


 ユリウスの目が鋭く細まった。


「わかった、行こう」


 数分後、黒衣の男が待つ謁見の部屋にユリウスは現れた。使者の歳は三十代半ば。礼儀正しい仕草ではあったが、どこか胡散臭い笑みを絶やさぬその姿は、まさに侯爵の臣下というべきだった。


「これはご丁寧に。まさかヴァルトハイン様直々に我らの城にまで使いを――」


 アーベントが皮肉交じりに言うと、使者は軽く頭を下げて言った。


「失礼ながら、本件は侯爵閣下が『誤解が生じぬように』との強いご意向でして」


「誤解、ね。どんな?」


 ユリウスが言葉少なに尋ねると、使者は懐から封書を取り出した。


「閣下の言葉をお伝えします」


 封を開け、丁寧に綴られた筆跡を読み上げ始める。


---

《ヴァルトハイン殿へ》


 近頃、我が協力者であったヴィオレッタ殿下が私の庇護を離れ、自らの意思にて行動しているとの報告を受けました。


 もはや、彼女の思想と手法に私は与しません。


 万が一、彼女が暴走し、ヴァルトハイン領に害を及ぼすことがあれば、それは断じて私の関与によるものではありません。


 彼女の行動は彼女自身の責任であり、私もまた、彼女の制御を放棄したと明記しておきます。


---


 読み終えた使者は、気取ったように手紙を閉じると、口角を上げて言った。


「閣下はこの件を『遺憾ながらも、ヴィオレッタ殿下が失踪し、我が方としてもこれ以上関与しておらず、誤解のないように』とお考えのようです」


「要するに、ヴィオレッタが暴れたら、お前たちは関係ないって言いたいわけだな」


 アーベントが呆れ気味に呟くと、セシリアは険しい顔で一歩前に出た。


「彼女が今どこで、何をしているか……それについての情報は?」


 使者は肩を竦める。


「詳細は不明。ただ、最後に目撃されたのは、南東の山岳地帯とのこと。魔素精製炉の搬出と、それに必要な物資が持ち出されている記録があったそうです」


「魔素精製炉……」


ユリウスは眉を寄せた。


「それに、侯爵閣下はこのようにも仰っていました。『彼女はセシリア殿下を非常に敵視している』と」


「…………!」


 セシリアが息を呑む。

 使者はさらに、意図ありげに視線をユリウスへと向けた。


「そして……“あなた様”を、その才と力ごと手に入れようとしているのではないか、とも」


 一瞬、室内の空気が重く沈む。

 ユリウスはゆっくりと椅子から立ち上がり、使者と向き合った。


「――伝えてくれ。君たちが無関係を主張するなら、それでもいい。だが、それを信じるかどうかを決めるのは、僕たちだ」


 使者は軽く頭を下げ、退室した。

 その背が完全に見えなくなったところで、アーベントがぼそりと呟いた。


「さて……蜥蜴の尻尾を切り落としたつもりでいるが、あの侯爵が次に何を狙っているか。今のうちに探るべきですな」


 セシリアもまた、袖を握りしめたまま呟いた。


「……ヴィオレッタが本当に、ユリウスを狙って動き出したのなら……私が止めないと」


 ユリウスは、ふたりの様子を静かに見つめていた。


「糸の切れた凧、手綱を振り払った馬。彼女を止める手段は……もう、殺すしか残されていないのかもしれないな。いや、元からそのつもりではあったが……」


 ユリウスの言葉にセシリアは頷いた。


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