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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第172話 アンチ魔素フィールド

 ユリウスが報告を受けたのは、朝食を終えた直後だった。


「怪しい旅人が、荒野方面に向かっているとのことです。三人組、ひとりは特徴が――枢機卿ベルンハルトに酷似していると」


 自警団員の言葉に、ユリウスの目が鋭く細まる。


「場所は?」


「ノルデンシュタイン南西の監視路を越えた地点、現在、我々の斥候が尾行中です。しかし、問題がありまして、連中の近くでは魔素を使った武器が使えなくなるんです」


「わかった、すぐに出る」


 ユリウスの決断は早かった。

 魔素を使った武器が使えなくなるということで、ユリウスはアテナではなく馬を使うことにした。

 ミリとセシリアもすぐに支度を整え、馬にまたがってユリウスとともに砦を出る。

 空は晴れ渡り、荒野の風が三人のマントをはためかせた。


 ほどなくして、自警団の一隊と合流する。すでに旅人たちを見つけ、囲む形で対峙していた。


「貴様らの身元を明らかにせよ! この地に入るには通行証が必要だ!」


 自警団のひとりが声を張り上げる。が、中央に立つ男は何も言わず、ただ風をはらんだ法衣の裾を揺らしていた。

 もうすでに、何度も繰り返した警告である。

 隣には、短槍と盾を持った無表情な男と、全身黒づくめの女。その立ち姿からして、ただ者ではない。


 ユリウスが前へ進み出ると、男がゆっくりと顔を上げた。年老いた、だが瞳の奥に炎を宿すその表情を見た瞬間、セシリアが息をのむ。


「……あれは、ベルンハルト枢機卿」


 ユリウスの顔にも緊張が走る。


「自警団の武器が効かないのです!」


 一人が叫んだ。


「投射機が沈黙して、刃も通らない。魔導錬金術の武器が、まるで……機能しないのです!」


 事前の報告どおりであり、その状況は今でも変わっていないようだった。


「魔素の流れが……止められてる?」


 ミリが眉をひそめる。

 その時、セシリアが硬直したように口を開いた。


「……もしかして、“アンチ魔素フィールド”……!」


「セシリア?」


 ユリウスが振り返る。セシリアは唇を噛み、まるで記憶の底から何かを引きずり出すような目をしていた。


「アルケストラ帝国には……ありました。魔素そのものを遮断するための道具。フィールドを展開し、一定範囲内では魔導錬金術も魔法も使えなくなる……!」


「そんなものが……本当に?」


「私が見た記録では、魔導反応炉の暴走を抑えるために開発されたもの。制御不能なゴーレムや兵器の封印にも使われていたわ」


 セシリアの声はかすかに震えていた。

――それは、リィナやアルのような存在を無力化する技術だった。


「つまりあの三人は、その“道具”を持っているということだな」


 ユリウスが睨みつけるように旅人の男――ベルンハルトの影に目を凝らす。

 護衛二人は周囲を冷静に見回しており、隙はない。だが戦意もないように見える。


「包囲を広げろ。だが下手に動くな。武器が使えぬなら、策でいく」


 ミリは唇を結び、セシリアは拳を握った。


「まさか旧律派がそんな技術まで……。遺跡で何を手に入れていたの……?」


 荒野の風が再び吹き抜ける中、三人の中に静かに緊張が走った。

 魔素を使う魔導錬金術が使えないとなると、ユリウスたちの優位は消える。

 そこで、魔法使いでもあるセシリアが動いた。


「魔法、発動……!」


 セシリアが詠唱を終えた瞬間、空間が一瞬揺れた。

 目に見えない衝撃波がベルンハルトの足元へと走り、砂利を跳ね上げる。防御の構えもなかった彼の法衣の裾が裂け、埃にまみれた。


「――通った……!」


 ミリが呟いた。直前まで、どの魔導錬金術の装備も、魔素の流れを絶たれて動作しなかった。

 それでも、セシリアの魔法だけは干渉されていない。


「……スキルは?」


 ユリウスが自らの掌を見つめる。意識を集中し、魔素の流れとスキルの発動条件を呼び覚ますように念じる。

 空間が淡く脈動する感覚があった。


「いける……!魔力を使うスキルは影響を受けてない」


 ユリウスの瞳に確信の光が宿る。


「ミリ、セシリア、下がってくれ。ここからは、僕の領分だ」


 彼は一歩前に出ると、静かに息を吸い、右手を掲げた。


「〈工場創造〉――発動」


 光が地を走る。大地に幾重もの魔導回路が浮かび上がり、空間がねじ曲がるような音を立てながら変化を始めた。

 突如、ベルンハルトたちの足元に鉄の床が出現した。

 乾いた音とともに立ち上がる金属の壁、整然と並ぶ大型機械、天井に巡らされた配管と照明。

 工場の巨大な躯体が、荒野に突如として出現した。


「な……なんだ、これは……!?」


 ベルンハルトが目を見開く。彼の背後で護衛たちが素早く反応するが、戸惑いを隠せていない。


「これは……魔導兵器か……いや……これは――!」


 視界に飛び込んでくるものは、錆び一つないステンレスの設備、無骨に組まれた鋼鉄製の搬送ライン。

 作業着を着た作業員こそいないが、その場にいる者すべてを威圧するような、近代日本の自動化工場そのものだった。


「圧倒的な、異質……!」


 護衛の一人が無言のまま剣を抜き、立ちはだかろうとする。しかし、彼の足元から突如として金属製のロボットアームがせり出し、脚をからめ取った。


「うおっ……!? こ、この機械は……生きているのか……っ!?」


「違う、これは……人の手で整えられた“秩序”だ」


 ユリウスの声が工場に響く。


「僕の世界で、人々が汗を流し、未来を築くために築いた空間だ。魔素がなくても、魔法がなくても……ここでは“技術”が支配する」


 ベルンハルトが後退しながら、振り返る。


「なんだ、この空間は……どこだ!? いつの間に……我々は別の場所に転移させられたのか……!?」


 彼の動揺は隠せなかった。


「いや、場所は変わっていない。ただし、君たちは“異物”になっただけだ。ここは、僕の“世界”だよ。理解できるかな? 旧律派の枢機卿殿」


 工場の奥では、巨大なプレス機が鎮座していた。

 順送の金型は綺麗に磨かれ、いつでも動作を開始できる状態になっている。

 機械のインジケーターランプが息づき、鉄と油と汗の匂いが立ち込める。


 この空間で、魔導錬金術もアンチ魔素装置も――通用しない。


「覚悟してくれ。ここから先は、“お客様”扱いは終わりだ」


 ユリウスは前に進み出た。背後では、ミリがにやりと笑い、セシリアが呆れたように溜息をついた。


「……本当に、やることが派手ね」


 ベルンハルトの護衛が慌てて構え直すが、もう遅い。


 “こちらの土俵”に引きずり込まれた者たちは、ただ無力に、圧倒的な“現代の工場”の中で取り残されるしかなかった――。


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