第158話 プレゴン
ヴァルトハインの工房区――。
そこでは、巨大な鋼鉄の塊がうなりを上げていた。
「自走砲……動いたな」
ユリウスは汗を拭いながら、試運転中の車体を見つめていた。
以前、農業機械――コンバインの開発を通じて得た車両制御や足回りの技術。
それを軍事用途に転用する計画は、すでに始まっていた。
ベースとなったのは、対地攻撃に特化した重火力魔導兵装――通称「サジタリウス」。
だが、これまでは移動時に多くの兵と馬を必要とし、機動力に難があった。
「これで、どこへでも砲を持ち運べる。敵にとっては悪夢ですな」
側にいたアーベントが無表情に言った。
ごつごつとした無骨な車体に、リィナが刻印魔導回路の最終調整を施していた。
動力は小型の魔素変換炉と、従来よりも高出力な伝導ライン。旋回式砲塔と油圧式の安定脚が装備され、発射時の衝撃を吸収する設計になっている。
「命名は……『プレゴン』、炎の馬だ」
ユリウスがつぶやいた。
「いいな。今にも地を蹴って走り出しそうな名前だ」
ミリが笑って頷く。
「兄貴のネーミングセンス、たまには悪くないじゃん」
「たまには……って、いつも微妙って思ってたってことよね?」
セシリアが呆れ顔で突っ込む。
「だって、本当に微妙だったし……前の『オリオン』は良かったけどさ」
そんな軽口が飛び交う中でも、ユリウスの視線は真剣だった。
東部でうごめく不穏な連合――その脅威に対抗するために。
炎をまとい、砲撃とともに疾駆する鋼の獣――炎の馬。
それは、ヴァルトハインの新たなる牙として、静かに牙を研いでいた。
夕暮れの砦の広場に、量産型パワードスーツと新型自走砲「プレゴン」、そして改造されたサジタリウスがずらりと並ぶ。
漆黒の装甲に光を反射させながら威圧感を放つそれらの兵器は、戦場の風景を塗り替える力を持っていた。
「……これが僕らの力か」
ユリウスは感慨深げに呟いた。隣にはミリが腕を組み、誇らしげに胸を張っている。
「兄貴の〈工場〉と、あたしらの技術が合わされば、こんなもんさ。どこに出しても恥ずかしくねえよ」
「これほどの戦力を見せつけられたら、東部の貴族たちも震え上がるでしょうね」
セシリアは淡く微笑みながらも、その瞳には冷たい光が宿っていた。
リィナは無言で、パワードスーツとプレゴンを交互に見つめていた。やがて静かに口を開く。
「現時点での制圧率……八十五パーセント以上と推測されます。東部防衛網はこの戦力には耐えられません」
ユリウスはうなずいた。
この光景を見れば誰もが思うだろう――勝利はすでに掌中にある、と。
「だが、油断するな。敵は利害が一致すれば一枚岩となる。だからこそ、これを見せつけてやる。抵抗する気力も起きないほどの圧倒的な戦力差。スキルを持たない平民が、貴族と同等以上に活躍する戦場を」
その言葉に、皆がうなずく。
量産型スーツが、無言で陽の光を反射し、プレゴンの砲身が静かに夕日に向けてそびえ立つ。
その光景は、ただの兵器展示ではない。
――新たな秩序の象徴だった。




