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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第144話 金剛の印

 ユリウスの言葉に涙ぐんだミリが袖で目元を拭っていると、ちょうどリィナがティーセットを乗せた銀の盆を抱えて部屋に入ってきた。


「お茶をお持ちしました、ユリウス様」


「ありがとう、リィナ」


 湯気の立つ香ばしいハーブティーが、ほのかに気まずくなった空気を和らげる。

 そこに、セシリアもタイミングを見計らって戻ってきた。

 ミリは気を取り直し、そっと口を開いた。


「……そういえば、ドワーフの王族の証って、何かあるのか?」


 その問いに、ユリウスとセシリアが視線を向ける。


ミリはもじもじと俯いた後、小さな声で答えた。


「……ある。お尻にね、金剛の印っていうのが……あるの。王族にしか出現しない痣みたいなものが」


 一瞬、室内が静まり返った。

 リィナが素早く一歩前に出て、顔色一つ変えずに口を開く。


「では、確認しましょう」


「えええええええええっ!?!?!?」


 ミリが耳まで真っ赤にして椅子から跳ね上がった。


「ちょ、ちょっと待って!? なんでそうなるの!? 今ここで!? 人前で!?」


「王族としての正統性を証明するためには、しかたのないことです」


「なんでそんな冷静なのぉぉぉおおお!!?」


 ミリは椅子を盾にして腰を隠し、必死に後ずさる。


「やめてーっ! 兄貴もセシリアも何か言ってぇえええっ!!」


 セシリアは口元を押さえながら「ぷっ」と吹き出し、ユリウスも頭を抱えた。


「リィナ、とりあえずお茶にしよう。な?」


「……承知しました」


 リィナは少し残念そうに盆を置くと、じっとミリの背中を見つめていた。

 ミリは顔を真っ赤にしながらも、意を決したように言った。


「……乙女の尊厳にかけて、見せるのは……セシリアとリィナだけにして……」


 そして、女性三人は部屋を出て行く。

 やがて小部屋に移動した三人が戻ってくると、セシリアが静かにうなずく。


「金剛の印、確かにありました。紛れもなく、王家の正統な血筋です」


 空気が変わった。お茶の香りがまだ残る部屋に、沈黙が訪れる。


 その沈黙を破ったのは、セシリアだった。


「でも……南部でも種族間の対立が消えたわけではないの。人間の傲慢さや、異種族への蔑視は根深く残っているわ」


 ミリが視線を伏せる。ユリウスは彼女の肩にそっと手を置き、静かに口を開いた。


「だからこそ、今のうちに、基盤を作らなければならない。共存のための現実的な方法を……」


 彼は視線を天井へ向け、遠い記憶をたぐるように語る。


「――ノルデンシュタイン砦を思い出してた。あそこには、自然と人間も異種族も集まり、共に働き、食べ、暮らしていた。まだ完全じゃなかったけど、理想が確かに息づいていた。僕たちの出発点でもあった、あの砦が」


 リィナがうなずき、補足するように口を開いた。


「初めからすべての偏見をなくすことは不可能です。しかし、居住地をある程度分け、仕事や学校、訓練施設などで自然な交流を生む環境を整えれば、次第に心の壁も崩れていくはずです」


 セシリアもまた、深くうなずく。


「時間がかかってもいい。偽りの平和より、少しずつでも心からの共存を。そうよね、ユリウス」


「……ああ。僕たちが最初に築いた砦を、帝国全土に広げよう。ノルデンシュタインは夢じゃなかった。きっと、どこにだって実現できる」


 小さな部屋に灯る、未来への希望の光。それは確かに、砦の頃と同じ輝きを宿していた。


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