第134話 ライナルトの討伐を決意する
時は少し遡る。
秋の気配が色濃く漂い始めた夕刻、グロッセンベルグの市街地から少し離れた旧貴族の館にて、ユリウスは三人の仲間と対面していた。
彼の前には、古代の魔導を操る天才・セシリア、ドワーフの王族の血を引く鍛冶師・ミリ、そして古の遺産たるゴーレム・リィナ。皆、黙したまま、主の言葉を待っていた。
「……今、砦に届いている嘆願書、何通目だと思う?」
ユリウスの声は低く、どこか張り詰めていた。
「十七通目だそうです」
リィナが答える。
「『雷帝を倒してほしい』『家族の仇を取ってほしい』と、涙に滲んだ書状が、日々増えています」
「ほとんどが、子どもを殺された親からのものだよ」
ユリウスの拳がゆっくりと机を叩いた。
「俺は……“工場”のスキルを授かったとき、戦うためじゃないと思ってた。人を殺すために作るなんて思ってなかった」
彼の視線が宙を泳ぎ、何かに縋るように三人を見回す。
「でも、俺たちは、もう……見過ごせないところまで来てしまった」
「ユリウス」
ミリがそっと椅子から立ち上がり、目を真っすぐ見て言った。
「私たちは、戦えるよ。あんたの作ったこの町も、スーツも、武器も、もう“戦う理由”はある」
「ミリさんの言う通りです」
セシリアが続く。
「あの人は、私たちの技術を盗み、兵を虐げ、民を道具のように扱う。私たちが黙っていたら、あの炎はもっと広がるわ」
「我らには、守るものがあります」
リィナが言った。
「そして、奪われた者たちのために、刃を向ける理由もある。――命令を。ユリウス様」
しばしの静寂。
ユリウスはゆっくりと椅子から立ち上がる。
そして、深く息を吸い、静かに言った。
「……ならば、決めた」
三人の視線が一点に集まる。
「雷帝ライナルトを――討つ。戦争を始める」
窓の外では、夕陽が町を黄金に染めていた。
その光に包まれながら、静かなる決意の火は、確かに燃え始めていた。
――――
グロッセンベルグの一角、静まり返った作業場の屋上に、ユリウスはひとり腰掛けていた。夜風が頬をなで、遠くで聞こえる機械の稼働音すら、今はただの子守唄のようだった。
戦の決断を下した直後。誰もいない場所で、ふと、心の奥に沈んでいた記憶が浮かび上がってくる。
――あの頃の僕たちは、兄弟だった。
まだ、スキルの有無も、家の期待も、何も関係なかった幼き日々。冬の朝に手を繋いで凍った池まで走ったこと。夏の日には林で虫を追いかけ、一緒に怒られたこと。
思い出せば、いつもライナルトが先を走っていた。僕はその背中を追いかけていた。彼は眩しかった。努力家で、負けず嫌いで、誰よりも優秀だった。
「……どうして、こうなったんだろうな」
独り言が夜空に溶ける。
ライナルトの瞳には、いつから僕が敵に映っていたのだろう。僕が“工場”を得て追放された日か? “雷帝”のスキルで領民から讃えられた日か? それとも――もっと前から?
(兄弟なんて、ただの幻想だったのかもしれない)
胸が痛んだ。
彼を倒さねばならないと、頭では理解している。ここで引けば、守るべき人々を裏切ることになる。でも、どこかで期待していた。ライナルトが、もう一度手を伸ばしてくれるのではないかと。
「……待ってるだけじゃ、誰も戻らないか」
ユリウスは小さく目を伏せ、背中で風を受けた。今の彼には、支えるべき民がいる。託された命がある。そして、たった一つの願い――かつての兄が、あの笑顔をもう一度取り戻してくれること。
けれどそれは、夢だ。
夜空を見上げる。星が瞬く。
ユリウスはそっと呟いた。
「……ライナルト。僕は、お前を止める。たとえ、この手で全てを断ち切ることになっても――」




