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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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第121話 科学の力

 夜のライナルト陣地。グロッセンベルグ南部の平原に設けられた古城を使った陣地には、緊張が漂っていた。

 《アテナ》に搭乗したユリウスは、月明かりにその姿を晒し、平原に踏み出す。あえて囮となることで、敵の目を引きつけるためだった。

 そして、それに応えるように敵陣から姿を現したのは、雷を纏った剣を持つライナルト・フォン・ヴァルトハイン。


 「囮? 策? そんなものに意味はない。お前が死ねば、それで終わる!」


 雷を纏い、ライナルトが前に出る。宿命の対決、その二回目が始まろうとしていた。


 ――同時刻。


 舞台はライナルトが野戦本陣として使っている、南部の没落貴族の古城。その一室、物資庫から続く裏階段を、侍女姿のリィナが駆けていた。手には偽造した許可証。

 すでに何人かの見張りをごまかし、城内に潜入していた。


 地下牢の扉を開けると、奥の鉄格子の中には、囚われのセシリアがいた。


 「……リィナ?」


 「迎えに参りました。セシリア様。ここを離れましょう」


 「どうして……あなたが?」


 「ユリウス様の命です」


 セシリアが口元を手で覆い、震える瞳で頷いた。

 二人は静かに牢を出て、階段を上がり、地上階の廊下に出る。だが、出口に近づいたところで複数の兵士たちが押し寄せてきた。


 「誰だ!」


 「侵入者だ、止めろ!」


 「っ……!」


 リィナ一人であればどうということは無い相手。しかし、セシリアを守りながらとなれば話は別。

 万が一にも彼女を傷つけさせるわけにはいかない。

 リィナはセシリアの手を取り、別の窓辺へと飛び込む。


 「少し揺れます、我慢してください!」


 「ま、待っ――きゃっ!」


 窓を蹴り破り、リィナは飛行ユニットを展開。魔導推進器が唸り、二人の身体を月空へと押し上げる。背中にしがみつくセシリアを庇いながら、リィナは夜の城壁を一気に飛び越える。


 眼下には、ライナルトとユリウスの戦場が広がっていた――。

 リィナは魔導通信機を使用する。

 アテナに取り付けられた通信機から微かな声がユリウスに届いた。


「ユリウス様、脱出に成功しました。今、城壁を越えています――」


 リィナの声だった。その背後に、安堵したセシリアの声もわずかに混じっていた。

 ユリウスは小さく笑った。

 ライナルトに距離を詰められないよう、常に一定の距離を保つようにして雷撃を躱していた。

 しかし、それは確実にユリウスの体にダメージを蓄積させていたのだ。

 もういよいよ限界というところであった。


「よし……あとは、僕が引く番だな」


 月光に照らされた平原を、アテナが身を翻して駆け出す。背後から、雷鳴のような怒声が響いた。


「逃がさんぞ、ユリウスッ!!」


 ライナルトだ。

 雷帝のスキルを帯びた雷撃が空を裂き、ユリウスの背へと迫る。逃げる背に放つ無慈悲な一撃――だが、次の瞬間。


 ガギィィィン!


 強烈な光と音が交錯した。雷撃は、アテナの背中に装備された巨大な盾――《アイギスの盾》にぶつかり、霧散した。

 ライナルトが目を見開く。


「……なに?」


 彼の驚愕をよそに、ユリウスは速度を落とすことなく、荒野へと走り抜けていく。その通信回路を通じて、彼の独り言が僅かに漏れた。


「やっぱり雷も電気なんだな。なら――絶縁すればいい。魔導アルマイトは、電気を通さない。防げるさ」


 ミリにお願いしたのは魔導アルマイトコーティングであった。時間が無く条件を決められない中、逃走するさいに背中を見せ隙が出来た時のためのものであった。

 先ほどの一撃で魔導アルマイト層が破壊され、次にもう一撃食らえばユリウスは再び致命傷を負うのである。

 しかし、アテナの機動力は既にライナルトが追い付けないほどの距離を稼いでいた。

 ユリウスは誰にともなく、静かに笑った。


「この世界がどうなっていようと、原理は変わらない。……さよならだ、ライナルト」


 彼の声は、風にかき消されていった。


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