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外れスキル〈工場〉で追放された兄は、荒野から世界を変える――辺境から始める、もう一つの帝国史――  作者: 工程能力1.33
1章

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111/213

第111話 開戦前

 ヴァルトハイン公爵邸・夜明け前の私室

 窓の外に淡く差し始めた黎明の光が、黒曜の鎧をまとう男の背を静かに照らしていた。


「閣下……もう、行かれるのですか?」


 声をかけたのは、膨らみはじめた腹を抱えながらも凛と立つ一人の女。

 エリザベート。かつてユリウスの婚約者だった女であり、今はライナルトの妻。


「俺の準備は整った。あとは雷帝と、あの“雷槍投爆”が全てを焼き尽くす」


 ライナルトは鏡の前で兜を手に取った。冷たい金属の中に、野心と憎悪が揺れていた。


「ユリウスの首は、必ず持ち帰る。……お前の“未練”も断ち切ってやるさ」


「っ……!」


 エリザベートの唇が震えた。ライナルトは彼女を見もせず、まるで告げるように言い残す。


「俺がいなくとも、この子を無事に産め。それが、貴族の妻の務めだ」


 そのまま、足音も高く部屋を後にする。


バタン——


 重々しい扉の音が響いた瞬間、エリザベートの膝が床に崩れ落ちた。


「ユリウス……ごめんなさい……」


 涙が静かに、唇を濡らした。


「私は……あのとき、あなたの手を取るべきだったのに……」


 床に手をつき、嗚咽をこらえながら懺悔するように顔を伏せる。

 傍らには、沈黙のまま立つ一人の侍女マルティナ。

 彼女は何も言わず、ただ静かにエリザベートの肩に手を置いた。


「奥様、泣かないでください。……あなたは、もう一人じゃありません」


「……うん……ありがとう、アマーリエ……」


 彼女は涙を拭いながら、わずかにうなずいた。

 それでも、胸の奥に刺さる罪悪感は消えなかった。

 戦が始まる。

 かつての恋人と、今の夫が命を懸けてぶつかる時が——

 目前に迫っていた。


 そのユリウスであるが、ライナルトが自ら軍を率いてやってくるという情報を得て、既に動いていた。

 進軍してくるであろう経路から、野戦陣地をグロッセンベルグの先にある平原に作り待ち構えていた。

 そこに予想通りライナルトがやってきてにらみ合いとなっている。


 風が草原を撫で、夏草の青い香りを運んできた。ここは荒野から遠く離れた平原地帯。空気に濃密な魔素の気配はないが、空は広く、視界は限りなく開けていた。


「魔導コイル、全門正常。発射準備、完了しています」


 セシリアが報告を終えると、涼やかな風に銀の髪を揺らしながら、静かに目を細めた。


「ありがとう。砲撃部隊が君に任せられるのは心強い」


 ユリウスが穏やかな笑みを返すと、セシリアは少しだけ頬を染め、微笑みを返した。


「三ヶ月前は、理論だけの絵空事でした。今では……これが現実です」


「現実にしてくれたのは君たちの努力だよ。僕一人じゃ到底、ここまで来られなかった」


 後方に控えるのは、魔導錬金砲サジタリウス。荒野で得られた遺跡の知識と、砦での技術蓄積によって再現された、魔素加速式の重砲だ。

 魔素の薄いこの地では効率が下がるものの、それでも一撃の威力は凄まじい。


「ライナルト軍、未だ陣形を崩さず。前進の気配もありません」


 セシリアが遠眼鏡を使い、敵軍の動きを確認する。


「……沈黙が長すぎる。こちらの出方を窺っているな」


 ユリウスが目を細める。指先で地図をなぞりながら、いくつかの可能性を考える。


「相手が警戒しているのは、間違いなくこの砲撃です。なら、こちらは堂々と構えればいい」


 セシリアの言葉は、静かだが芯が通っていた。


「勝てますよ、ユリウス。あなたが指揮を執るなら」


「……頼もしい言葉だけど、信用が重たいね」


 そのとき、工具を手にミリが走ってきた。作業服に油が跳ねている。


「おい、砲台の脚がまだ微妙に浮いてるんだ。これじゃ撃ったときにズレる可能性がある。調整させてくれ、五分でいい!」


「ミリ、気持ちはありがたいけど、もう十分動く状態だ。時間も弾も限られてる」


「……ちぇっ、了解」


 ミリは渋々頷きながらも、手にしたレンチをぶらぶらと振った。

 夕陽が傾き、平原に長い影を落とす。

 まだ始まらぬ戦の静けさの中、ユリウスたちは勝利を確信していた。

 だが、誰も知らなかった。まだ見ぬ敵の新兵器《雷槍投爆》が、すでにその口を開きつつあることを。


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