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伯爵令嬢の我儘  作者: 澪亜
EP6.我儘の結果
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お嬢様は、後片付けをする(3)

その後、クリスティーナとアルバートはチュター商会から領都にあるヴェルナビル教の教会に移動した。


「……珍しいですね。クリスティーナ様が、公式行事以外で教会を訪れることは」


「貴方の言う通りよ。これが、初めてのことじゃないかしら」


ヴェルナビル教は、オールディス王国の国教に制定されている。

総本山はヴェルナビル聖教国にあり、オールディス王国のみならず大陸全土が国教に制定しており、世界各国で相応の発言力を有している宗教だ。


アビントン伯爵領の領都にあるその教会も、殊更豪奢ではないものの、歴史の重みと共に厳かかつ清廉な空気を醸し出す、素晴らしい建物であった。


二人は建物の中に入ると、他の信徒と共に祈りを捧げる。

その仕草は……特にクリスティーナのそれは堂に入っており、容姿以上に人の目を惹きつけた。


「……失礼致します。ご挨拶を宜しいでしょうか」


祈りを捧げて出口に向かうところで、二人に司祭が話しかけた。

クリスティーナが無言のまま頷くと、そのまま二人揃って礼拝堂の奥へと案内される。


「お初目にお目にかかります。私、この度アビントン伯爵領の司祭を勤めることになりましたエディソンと申します」


室内に入ってすぐに、その部屋にいた男が頭を下げた。

アッシュに近い薄金色のストレートの髪は結ばずにそのまま垂らしていて、それが司祭の白金色の服によく合っている。

人々が親しみやすく感じる、柔らかな笑みを浮かべていた。


「ご丁寧にどうも。私はクリスティーナ・アビントンです。エディソン司祭は、いつアビントンに?」


「丁度昨日到着しました。本日、お屋敷には赴任のご挨拶に伺う旨の前触れを出そうとしておりましたが……」


「私は今ここで顔合わせをさせて頂きましたし……私以外の家族は不在ですので、挨拶は結構ですわ。忙しい司祭様の手を煩わせるのも、忍びないですし。次回のシーズン・オフは戻るかと思いますので、是非、その時にでも」


「畏まりました。お心遣いに感謝申し上げます」


「司祭様は、ヴェルナビル聖教国からいらしたのでしょうか?」


「ええ、その通りです。此度、初めて聖教国を離れましたので、見るもの触れるもの全てが珍しく、不謹慎ながら楽しさを感じています」


「あら……アビントン伯爵領に、司祭様を楽しませるようなモノなどあったでしょうか?」


「ええ、それはもう。むしろ私の無知で皆様にご迷惑をおかけしないか、呆れられるのではないかと心配するほどです」


「まあ……」


彼女は貴族らしく笑みを隠すように扇子を口元で開いた。


「確かに、オールディス王国では各地それぞれで地域特性が様々ありますものね。他国からいらしたのであれば、尚更、私どもにはない視点で見て頂けるのかもしれません」


「そうありたいと、私も思っています」


司祭が頭を下げた。キラリと光る何かが、陽の光に反射して輝く。

輝いたのは、ネックレスのチェーン部分だった。


「あら……首から下げているのは、もしかして聖紋様レリーフでしょうか?」


クリスティーナは興味深げに、そのネックレスのチェーンを眺める。


「え? ええ、まあ……」


対してエディソンは、笑みを浮かべつつも、そのチェーンを服の中に仕舞い直した。


「やっぱり。そうしますと、司祭様は学院に通っていらしたことがありますの?聖教国の学院は、聖職者になる為に学びに来た方々のみしか入れないとお聞きしたことがありますが……。私、その学舎が歴史的にも価値があるものと聞いて、とても気になっていましたの」


「え、ええ……それはクリスティーナ様の仰る通りかと。確かに学院は、大聖堂の敷地内にありますので、歴史的価値は相応に高いとは思います。ただ、関係者しか入れませんし、学院のことをあまり外部の方に語るのもよろしくないこととされておりまして……」


「まあ、私ったら、催促しているような言葉で言ってしまったかしら。もしそうだとしたら、ごめんなさいね」


「いえいえ」


丁度そのタイミングで、鐘が鳴った。

時を告げるだけの鐘であるものの、場所が場所なだけに荘厳な響きに感じられる。


「あら……随分と長居をしてしまったみたいですわね。私はそろそろ失礼させて頂きますわ。エディソン司祭、今後ともよろしくお願い致します」


その後、二人は教会を出た。


「……あの司祭に会う為に、教会へと行ったのでしょうか?」


教会から大分離れたところで、アルバートが問いかける。


「それも理由の一つね。大分前から司祭交代の噂は聞いていたから、そろそろかな、って」


アルバートの中で、要注意人物の一人として頭のリストにエディソンの名が刻まれた。

クリスティーナが気にかけている、それだけで彼の中では警戒に値する人物となる。


「……ただ、久方ぶりにお祈りをしてみたかったっていうのも本当よ」


それから、彼女はアルバートを伴ったまま買い物をし始めた。

とある店で食材を買ったかと思えば、別の店では糸を買い求める。

ついでに何か注文していたのか、革製品の店では品物を受け取った。

そうして夕暮れ時まで買い物を堪能してから、屋敷に戻ったのだった。


屋敷に到着すると、早々にアルバートがお茶を淹れた。


「……ねえ、アルバート。何故、聖女は消えたのかしら」


ポツリと彼女は問いかける。


「魔法はレベルこそ退化しているものの、魔法師という職があるように、公のものとして魔法は存在しているわ。でも、今の時代、聖女は御伽話の中にしか存在しない」


魔臓という心臓下にある臓器で生成された魔力を対価に、魔法使いは魔法を行使する。


対して聖女には、魔臓がない。

その代わり心臓と対象の位置に聖臓と呼ばれる臓器が現れ、その聖臓が聖力を生成し、癒しの力を行使する。

聖女が魔法を一切行使することができないのは、それが理由だった。

そもそも体の作りから、聖女は普通の人間と異なる。


聖臓が生まれるのは、遺伝が全てではない。

遺伝することも稀にあるものの、それは絶対ではなく、突然変異のように聖臓持ちが突然生まれることの方が圧倒的に多かった。


つまり、聖女の家系が途絶えた為に聖女が消えた、ということは考え難い。


「……考え得るのは大陸全土を巻き込む戦が勃発し、大陸中の国家が壊滅状態となった為、ということはあり得ますが……それにしても、魔法が退化した理由にこそなり得るものの、聖女の存在そのものが失くなることは難しいかと」


「そうね。私が死ぬ前には、火種はあちこちに転がっていたから、いつ世界大戦が起きてもおかしくなかった状態だったわ。……懐かしい。でも……聖女見習い全員が全員前戦に出る訳がないから、聖女が全滅したというのは考え難いわね。よしんばそうだったとしても、その後に聖臓待ちが生まれなくなった理由にはならないし……」


「いっそのこと、神の意思、という方が説明がつきますね」


「そうね。……残念ながら、神を信じない聖女だったから、あまりその意見には同意したくないのだけど」


クリスティーナは、更に一口アルバートが淹れたお茶を飲む。


「教会に行ったのはね、それを神に問いたかったからなの。教会で祈れば、何か解が得られるかもしれない、って。……神が、答える訳もないのにね」


そういって、彼女は笑った。

自嘲めいた、冷たい笑みだった。


「ただ、全く手掛かりがないという訳でもなさそうなのよね。…….ヴェルナビル聖教国では、信心深い者に、偉大な神の力に触れる奇跡が起きるという噂があるのよ」


「随分と曖昧な、眉唾物のような噂ですね」


「ええ、そう思うわ。でも、大陸の最大勢力を誇る宗教なら、何かしら情報を溜め込んでいるのではないかしら?」


「それで件の学院のことが気になっていたのですね」


「そういうこと」


「私も気にかけておきます」


「ありがとう。でも、無理は禁物よ?私の興味関心でしかないし……何より、聖教国は明らかになっていないことが、多過ぎるもの」


「聖域のベールは、とても厚い……ですか」


「信仰心は純粋が故に、利用され易い。人が神の名の下の組織を運営する以上、そういった側面があることは仕方のないことだと重々理解したけれどもね」


「……仰る通りですね」


そう言って、アルバートもまた自嘲めいた笑みを浮かべた。


「……そういえば、アルバート。貴方、ちゃんと休みを取っているの?」


「今日も休みのようなものだったじゃないですか」


「ダメよ。貴方、ドブソン子爵家の件の時、ほぼ休みなく働いていたでしょう?今日だって、私は貴方とお出かけができて楽しかったけれども……貴方が休めていないことには、変わりがないもの」


「ですが……」


「今日の明日で取りなさい、は難しいでしょうから…….来月、通常の休みに加えて五日は連続で休みを取って」


「しかし……」


「……お願い。聖法で疲れを感じなくさせることも、体の不調も治すこともできるわ。でも、蓄積された心の疲れはとれないの」


彼女は、そっと彼の手を取った。

そして頬擦りするようにその手を頬に当てる。


「貴方が倒れたら、私もどうにかなってしまうわ」


彼は諦めたようにため息を吐いた。


「……畏まりました。五人組を鍛え直すので、少々お待ちいただきたく」


「あらあら、まあ……それは可哀想よ。彼らも、今の時代では十分な戦力よ」


「万が一のことを考えれば、妥協は許されません」


「貴方がいない間、私は屋敷の敷地内で大人しくしているから大丈夫よ」


「それは、本当ですか?」


「ええ。彼らのことも信頼はしているけれども、ね。わざわざ貴方がいない時に危険に飛び込むつもりはないわ」


「……それならば、まあ……」


「シーズンは王都に行かざるを得ないわ。多分、また忙しくなるでしょうから……しっかりリフレッシュをして、また、私の側にいてね」


「ええ、勿論です。クリスティーナ様」


そう言って、今度は自嘲ではない……心からの笑みをアルバートとクリスティーナは浮かべた。


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