お嬢様は、懸念する(11)
「……終わり良ければ全て良し、ね」
クリスティーナはそう言って、アルバートの淹れたお茶を飲む。
机の上には、新聞が一部置かれていた。
その一面には、デカデカと隣国ブローゼル王国にてカンザス侯爵が爵位を没収されたことが記載されている。
そして開けば、既に流行は過ぎたものの、三面に未だドブソン子爵家が薬価を高める為に流通を止めていたことと開戦の噂を流していたことが掲載されていた。
「それにしても、お茶会って本当に大事よね」
「仰る通りかと。……今回、茶会で世論の傾向が掴めましたので」
「お兄様もこの重要性をご理解されると良いのだけど」
「一つ、質問を宜しいでしょうか?」
「あら、なあに?」
「当家とブローゼル王国は、どのような繋がりが?」
「ほら、二代前の当主の弟さんが医学の発展に貢献した……という話はしたでしょう?」
今回、ドブソン子爵の謀を潰すことができた一つの要因は、まさにそれだ。
アビントン伯爵家は、薬価を押し下げる為に、領外に薬を放出した。
それを可能にしたのは、件の弟のおかげ。
例えば抽出方法を変えたことによって、既存より材料を二分の一に抑えることで量を確保した薬だとか。
そもそも素材を変えることで、既存の薬よりも高品質なそれだとか。
それら五十年以上前に亡くなった弟が作り出したものを、ここぞとばかりに放出したのだ。
そしてそのおかげで、ドブソン子爵家は最早どうにもならない程に経済的に追い込まれた。
「ええ、覚えていますよ。……今なお大活躍されるその方を、忘れる筈がありません」
「その当時、ブローゼル王国では厄介な流行病が流行っていたらしいの。特に、時の王の弟が公爵位を賜って治めていた領地では爆発的に流行していたらしくてね。公爵の息子まで罹患してしまったものだから、さあ大変、ってことになったらしいわ」
「それを、二代前の弟様が治したと?」
「ええ、そういうこと。弟さんの評判を聞きつけて使者がやって来たのよ。……でも、ことは簡単ではなかったらしいのよね。どうも、オールディス王国の王は、弟さんが出国することを渋ったらしいの」
「駆け引きの一種でしょうか?」
「というより国の中でも医学の第一人者であった弟さんを、おいそれと他国に出せないと考えたらしいの」
「けれども、反対を押し切って治しに行った……と。大変失礼ながら、アビントン伯爵家の方がそこまで慈愛の心を持っていたとは思えないのですが」
アルバートの問いに、クリスティーナは笑った。
「ええ、貴方の言う通りよ。お祖父様から聞いたのだけどね、『山のような検体を前に行かない手はあるか!?』と突っ走ったらしいわよ。当主も当主でそんな弟さんを『健気に頑張る弟、尊い!』と、あらゆる手を駆使して援護したらしいわ」
「……非常にアビントン伯爵家の方らしいですね」
「そうなの。大切なものは譲らない。興味のあることしか、しない。そんな尖った人たちばかりね」
それは今もだけど……と、彼女は小さく呟く。
「そんな尖った方が受け入れられる場所だからこそ、この領地はここまで発展したのでしょう。ともすれば、外の世界は生き難いでしょうから」
「そうかもしれないわね。……話を戻すけど、そういう訳で当時助けた息子というのが先代の公爵でね。今なお、我が家に恩義を感じてくれているのよ。戦争を回避したいと考えていることは同じだったから、我が家にすぐに協力して下さったらしいわ」
「……今回、八面六臂の活躍したのは件の弟様ですね」
「あら、貴方も大活躍だったわ。流石、アルバート。弟さんの活躍も、貴方がクレイグを取り押さえ、レルフ侯爵家の頭を抑えてくれたからこそ切れた手札だわ。それがなければ、幾ら手札があろうとも使いようがなかったと思うもの」
柔らかく彼女は笑った。
「……前に、貴方は言ったでしょう?私がいなければ、息が苦しいと。景色が全て、色褪せると」
「ええ、言いましたね」
そう答えた彼の声は穏やかだった。
「私も、同じよ。二度、貴方を手放そうとしたわ。でも、貴方が私のもとに戻って来てくれた時、私は何よりも嬉しかったの」
そう言って、彼女は目を瞑る。
「この家は、心地良いわ。凍った私の心が、彼らを守りたいと思うほどには。……尖った私を、彼らは受け入れてくれるから」
彼もまた、彼女の言葉に集中するように、目を瞑った。
「でも、やっぱり……貴方がいないと、私の心は溶けなかった。貴方がいて、はじめて私は私であれるみたい」
「クリスティーナ様……」
「……貴方が、側にいてくれるだけで幸せなのに……ついつい貴方にだけは、甘えてしまうわ」
「……詰まらぬ嫉妬を致しました。私こそ、貴女様のそばにいることができて、幸せなのですから」
クリスティーナは顔を上げた。
そして、蕩けるような笑みを浮かべる。
それは、誰もが心を奪われ見惚れるような、極上の笑みだった。




