お嬢様は、懸念する(10)
「さて、まずはこちらをご確認下さい」
クレイグの言葉に全く反応することなく、アルバートはそう言って屍の山を指した。
オルコットはアルバートがしでかす事に耐性があるからか僅かに顔を歪めるだけであったものの、アッシャーの顔色は既に真っ青であった。
「冷凍保存しているとはいえ、見て楽しいものではないでしょう。ですが、何人が携わったのかは第三者として国に仕える貴方たちに検分頂く必要がありましょう?」
「ああ、その通りだ」
オルコットが重々しく同意すると、四人でその屍の数を確認していく。
「以上、述べ百十二人です。処理は我々の方で行いますが、報告はよろしくお願いします」
「分かった」
「さて、クレイグの移送ですが、護衛にトーマスを付けさせます。今は見ての通り大人しいものですが、万が一に備えてです」
「そ、そうか……それは、助かる」
「そういえば、我が主人はいつもご迷惑をおかけしているオルコット卿に、何か報いるべきかと悩まれておりましたが……」
「いやいやいや、いらない!いいです!……ほら、国家公務員として、特定の有力者から頂き物をするのは、見え方としてよろしくないんです!」
全力で拒絶した。
これ以上、仕事を増やさないために。
オルコットは、良くも悪くもアルバートとのやり取りに慣れるほど、アビントン伯爵家が関わる事案に巻き込まれてきた。
そして悲しいかな、今後も逃げることはできないであろうという確信もある。
けれども、それでも少しでも仕事を押し付けられるリスクを減らそうという精一杯の抵抗だった。
「まあ、そうですよね。主人には、心遣いに感謝していた、と伝えておきます」
「ああ、それで良い!さ、さっさと帰ろう!」
半ば強引に、オルコットはクレイグを連れて出て行った。
彼らをアッシャーとトーマスが追いかける。
「お疲れ様でした。またお会いできる機会を、楽しみにしています」
その背に向かって、アルバートは綺麗に一礼したのだった。
……オルコットの勢いに呑まれ、一行は特に何の準備もなく出立した。
けれどもその割には、トーマスが護衛をしていたおかげか道中何事もなく帰還することができた。
「先輩ー。あれ、一体何だったんですか?」
王都で無事クレイグを収容し、トーマスと別れた後、アッシャーはオルコットに問いかけた。
顔には疲労が浮かんでいる。
「だから、言っただろうが。とんでもない化け物に遭うって」
「先輩、そこまでは言ってないですよ……。よしんばそう言っていたとしても、まさか、あんな化け物なんて想像できないですよー……」
「……うん、まあ、それはそうかもしれないな」
「今でも思い出すと、体が震えます。……本当、何なんですか……あの人たちは」
「さて……実は俺もたまに人間なんだか分からん時もある。とは言え、今後はお前もアビントン伯爵家の担当になるだろうから、ま、その内慣れるだろう」
「ええ、待ってください!何なんですか、その担当って」
「……アビントンの恐ろしさを骨身で知った今のお前だからこそ話せるが、実はアビントンはよく厄介ごとを持ち込む」
「は、はあ……」
「ああ、厄介ごとと言っても、別にアビントンが何らかの悪事に手を染めて、その後始末をして欲しいって訳じゃないんだ。……ここだけの話、学園都市の一件も、最初に察知したのはアビントンだ。そんで、その後処理を任されたのが俺って訳だ」
「ええ……っ!?」
「ただなあ……今回のクレイグ逃亡事件で上の大掃除があったから、残念なことに、俺も簡単にホイホイ動ける立場ではなくなった」
トラヴィス・レルフはアルバートとの会合後、早々に軍部の粛清を行った。
国内警備部のその範疇にあり、イートン・レルフの子飼いたちは降格か放逐の憂き目に遭ったのだ。
結果、トントン拍子でオルコットは昇格を果たしたのだった。
アビントン伯爵家と繋がりを持つオルコットを便利使いしたいというトラヴィス・レルフの思惑も大いにあったであろうが。
「という訳で、今後はお前がアビントンとの窓口な」
「嫌ですよー!!アレに平然と接することができるほど、俺の心は強くありません!」
「そうは言ってもなぁ……お前さん、アルバートに関心を持たれていただろう?」
「全く嬉しくありません!!」
「気持ちは分かるが……残念ながら、お前さんがアルバートの気を引いたっつうことは、軍務卿もご存じだ。それで、お前さんなら適任だとご指名が入ったぞ」
「……逃げ場、ないじゃないですか」
「まあな。とは言え、良い経験になるぞ!あそこと対峙できれば、大抵のことには動じなくなるもんだ。俺のことを貴族と対峙することを恐れないって、お前は褒めてくれていたが、じきにお前もそうなる!」
「嫌ですー!!」
そうして、アッシャーの絶叫が響き渡ったのだった。




