お嬢様は、懸念する(9)
……それから、数週間後のことだった。
国内警備部に勤めるオルコットは、部下のアッシャーと共にアビントン伯爵領に向かっていた。
二人揃って職務中のため、警備部の制服を着ている。
そのおかげか、平穏無事に進んでいた。
「……大体、上も一体何なんですかね。クレイグを逃した責任をウチに押し付けようとしたと思ったら、いきなり無罪放免、アビントン伯爵領にクレイグの引き受けに行け、だなんて」
馬を走らせながら、アッシャーが呟く。
「雲の上の人たちのやり取りなんて、俺たちには分かるもんでもないだろう。むしろ、無罪放免になってラッキーぐらいに思っておけ」
同じく馬に乗るオルコットが、アッシャーを宥めるように言葉をかけた。
実はオルコット卿は、レルフ侯爵より直々に経緯の説明を受けていた。
それは迷惑料という思いが一つ、それからアビントン伯爵家と僅かなりでも縁のある人間を繋ぎ止めておきたい、という理由があった。
「良いか、アッシャー。頼むから、これから行く先で失礼な態度は絶対取るなよ」
「先輩、気にし過ぎですよ。たかが、ハンターに会うだけでしょ?」
オルコットの懇願に、けれどもアッシャーは鼻で笑う。
「だー!全然、伝わってねえ……。良いか、もう一度だけ言うぞ。今回会うのは、クレイグを捕まえたハンターだ。俺とお前二人が幾ら睨もうが威圧しようが、全く通じねえ。むしろ、それで不興を買おうもんなら吊し上げにあう。そんぐらい、強くてヤバい相手なんだ」
「でも、ハンターなんでしょ?」
「そりゃそうだけどよ……あの、アビントン伯爵家の家人でもあるんだぞ」
「先輩らしくもない……いつだって、先輩は例え貴族であろうと阿らないじゃないですか。そんで、そう俺たちにも教えてきたじゃないですか。それを貫いたからこそ、学園都市の事件だって、あんなに早く解決することができたっていうのに」
「いや、まあ、それは……。はあ……この世にはな、触れちゃならないものがあるんだよ」
オルコットの言葉にアッシャーは首を傾げたものの、それ以上オルコットが言葉を重ねることはなかった。
そうして、一行はアビントン伯爵領に到着する。
そしてアッシャーはオルコットの言葉の意味を理解するのであった。
「ようこそ、アビントン伯爵領へ」
出迎えたのはアルバートとトーマスの二人。
アッシャーはアルバートを見て固まる。
実は、彼は特殊な目を持っていた。
それは、自身の目で見た人物の魔力の痕跡を測れるというもの。即ち、魔力量や魔法を行使する頻度が分かるもの、ということだ。
より直上的に表現するのであれば、魔法使いとしてのレベルが分かる、というものであった。尤も、彼が見ることができるのは数値化されたものではなく、ぼんやりとした黒い靄の形で見える為、レベルと言っても数値ではなく、あくまで彼の経験則から測るしかないあやふやなものではあるが。
そして今、彼が見えているものは、恐ろしいそれであった。
トーマスはまだ良い。……良いと言っても、彼が今まで見た王宮勤めの魔法師以上の魔力量と使用頻度であったが、まだ人として認識できる範疇にあった。
けれども、アルバートのそれらは決して人の範疇にない。
まるで深淵を覗いたかのような、黒よりも暗い漆黒。それが全身を塗りつぶしているのだから、使用頻度も計り知れない。
ヒト以外の、ナニカ。
それが、アッシャーに可能な表現であった。
「……おや?珍しい瞳をお持ちですね」
アルバートが興味深そうにアッシャーを見つめた。ただ、それだけでアッシャーは恐ろしさを感じる。
「……分かるのか?」
答えられないアッシャーの代わりに、オルコットが問いかける。
「ええ、まあ。僅かに魔力の流れが目に集中していますので。昨今、鑑定の魔法を使える者はいないと認識していましたが、いるところにはいるもんですね」
「……こ、これは、体質ではない……の、でしょうか?」
恐怖心よりも好奇心が上回り、アッシャーはアルバートに問いかけた。いつもの闊達さはなく、怯えを隠しきれない様子ではあったが。
「いえ、列記とした魔法の一種ですよ。無論、私どもも使えます。とは言え、意識せずに使えていて、更にはいくらおざなりな隠蔽とは言え、私の隠蔽を看破したのですから、余程貴方は鑑定魔法と相性が良いのでしょうね。そういった意味では、ある意味体質と言っても差し支えないでしょう」
「そ、そうなんですか……」
「コイツを同行させたことに、戦力を測る為だとかの他意はない。俺の部下で、たまたま手が空いていたのがコイツだったんだ」
「左様でしたか。別に、気にしていませんので問題ありません。むしろ、私としても鑑定魔法だけとは言え、このレベルの使い手がいることを知れた良い機会でした」
アルバートはその気になれば、アッシャーであろうが完璧に騙せる術を持っている。
それを敢えてしていないのは、協力者たち五人組を試している為であった。
今のところ、鑑定魔法のみだけではあるもののその精度は五人組よりもアッシャーの方が上だとアルバートは密かに評価を下した。
「さて、時間もないでしょうから、早速引き渡しに移りたいと思います」
そうして案内されたのは、屋敷からも離れた小屋だった。頑丈な造りではあるものの、古めかしいそれ。
中に入ると、まず目に入るのは、幾多にも積み重なった屍の山。
そしてその奥の檻で囲われた部屋に、クレイグがいた。
皆が入ったその時、クレイグは見る者が哀れに思うほどピクリと震えた。
けれども、アルバートとトーマス以外の人間が入ったことで、僅かに瞳に光が戻る。
「た、助けてくれ……」
懇願するように、そう呟いた。




