表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伯爵令嬢の我儘  作者: 澪亜
EP5.我儘の影響
26/37

お嬢様は、懸念する(8)

「払拭することは不可能です。故に、それ以上の話題性のある噂を流し、矛先を逸らすのです。……レルフ侯爵家とドブソン子爵家がアビントン伯爵家の没落を願い、クリスティーナ様の誘拐及びアビントン伯爵領の強襲を実行しかけたということを面白おかしく流布すれば、民の興味はそちらに移ると思いませんか?」


「なっ、それは……っ!」


トラヴィスはそう叫びつつ、立ち上がりかけた。けれども、やがて深い溜息を吐くと、再び席に着く。


「……戦をした場合の被害を鑑みれば、侯爵家一つと子爵家一つを生贄に捧げる方が遥かに安上がりということは、その通りだ」


「ですが、主人はこうも申しました。現在の状況を鑑み、軍部の一角たる軍務卿を排除することは即ち利敵行為であると。軍務卿が時勢を読めぬ愚か者であれば、むしろ害として排除すべきであろうが、そうでない場合はその椅子に座って頂いた方が良いと」


「だが、それでは民意をどう収めると?」


「レルフ侯爵家との共謀があった、この一点を表に出さなければ良いと。幸いにも、実際に民意を煽ったのは、ドブソン子爵家です。レルフ侯爵家が行ったのはクレイグを逃した、この一点のみであり、クレイグは既に確保済みです。よって、今回の件はドブソン子爵家が自らの家紋の利益の為に、開戦を声高に叫んだということのみを流そうと思います」


「……確かに、そう噂を流すことは可能であろう。だが、それで上手くいくのか?」


「民意は損得に敏感ですから。薬価の値段が上がった要因を流せば、その不満や怒りがドブソン子爵家に向かうでしょう。併せて、アビントン伯爵家より相応の量の薬を市場に流す準備があります。それを積極的に宣伝すれば、更に矛先はドブソン子爵家に向かうかと」


「なるほど……」


「弱腰外交という声に対しては、ドブソン子爵家の噂が十分に流れた後にカンザス侯爵家の暴走によってブローゼル王国も迷惑をしていた、という噂を流します。ドブソン子爵家の件を先に流すことで、ブローゼル王国も同様に一貴族の暴走であったということが理解を得やすいかと。無論、その準備としてカンザス侯爵家を失脚させるよう、アビントン伯爵家がブローゼル王国に対し働きかけますが」


「ブローゼル王国への働きかけも、アビントン伯爵家は可能なのか?」


「歴代当主が紡いだ縁がございますので、可能かと」


「なんと……」


「つまり、今回の件は国家間の問題ではなく個人の責に帰す問題であった、ということにしてしまうのが我が主人の計略です」


「モーガン殿の考えはよく分かった。だが、我が家には何の役割を求める?」


トラヴィスはアルバートの主人をモーガンと完全に勘違いしていた。

ただ、アルバートはそれを態々正してやるつもりはない。

自身の親族すら御しきれないような目端の聞かぬ者に教えてやる義理はない、と思ったことが理由の一つ。

けれども最も大きな理由は、彼女の価値を無闇矢鱈にばら撒く影響の大きさと危険性を理解しているからこそだ。


「イートン・レルフとその一派、それからクレイグの処理と、無関係の国内警備部の者を不問とするよう働きかけを」


「それらは無論、全て対応する。だが、それだけでは我が家がアビントン伯爵家に仕掛けた罪とは到底釣り合わぬ。ドブソン子爵家との共謀によってクレイグを敢えて逃したことは王国法を犯したことであり、更に逃した理由を鑑みればアビントン伯爵家より我が家に報復措置を取ったところで不問とされる程のことだ」


「ええ、私もそう思います。ですが、主人はこれを貸し二つと申されました。今一度貴殿にはアビントン伯爵家の力を理解して貰えれば良いと。背景には、ドブソン子爵家が伯爵家であった頃、アビントン伯爵家の隆盛を憂いた多数の家によってトドメを刺すことが叶わなかったことを悔いているとのことかと」


「……随分と、重い借りだな」


「そう受け止めて頂けますと幸いです。今後も全てが片付くまでは貴殿の動きは注視させて頂きますので、ご容赦を」


「そうであろうな。……貴殿に質問しても良いだろうか」


「何でしょうか?」


「今更な問いではあるが、我が家の家人は無事が?」


そう言って、トラヴィスは苦笑を浮かべた。


「ええ、勿論。皆、私の気配に気づかず、素通り頂きましたから。……尤も、今まで私の気配を察知できたのは、数えるほどの者しかおりませんので、家人のレベルが低いとは全く思いませんが」


「……そうか。では、最後の質問だ。貴殿のような人物に、どうすれば仕えて貰えるのだろうか」


「さて、残念ながらその問いに対する答えはありません。何故なら私は、生まれながらにして私の主人に仕えることだけを望んでいましたので」


そう答えた後、アルバートは一礼をして去って行った。

部屋に残されたトラヴィスはこの日何度目になるか分からない深い溜息を吐くと、力を抜くようにして椅子にもたれかかったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ