お嬢様は、懸念する(7)
一方、アルバートはレルフ侯爵家のもとを訪れていた。……非公式で。
「夜分遅くに失礼します」
急に当主私室に見知らぬら男が現れ、当主であるトラヴィスは当然驚く。
けれども軍務卿を務める誇りからか、あるいは、武の名門たるレルフ侯爵家の当主としての矜持からか、怯える様子は見せない。
「……何者だ」
トラヴィスはアルバートに対して睨みをきかせつつ、剣を抜いて構えた。
「アビントン伯爵家使用人、アルバートと申します。火急かつ内密の件につき、一介の使用人が前触れもなく訪問させて頂いたこと、何卒ご容赦を」
そう言って指し示したのは、ジャケットの内ポケットに付けられたアビントン伯爵家の家紋が掘られたバッチだ。
「……さて、仮にそのバッチを信じるにしても、随分と穏やかでない訪問だな」
けれども当然、レルフ侯爵家当主たるトラヴィスに、アビントン伯爵家の権威が通じることはない。
「……私は、全ての事情を話せば貴殿が私の行いを不問にすると考えております」
「ほう……?」
「貴殿の従兄弟、イートン・レルフがドブソン子爵と共謀し、アビントン伯爵家が長女クリスティーナ様を狙ってアビントン伯爵領にクレイグを放ちました」
「……は?」
そこから、アルバートはクリスティーナにした説明と同じそれを話した。
「イートン・レルフとドブソン子爵家が共謀した証拠として、ドブソン子爵家より書状を回収してあります。それから、既にアビントン伯爵領内に侵入したクレイグは確保済、彼からもレルフ侯爵家の指示によるもの、と証言を得ています。お望みならアビントン伯爵領内にクレイグと彼の部下の屍がおりますので、お見せすることも可能ですが」
「待て、待て……いや、待ってくれ……っ!」
トラヴィスはそう叫ぶと、溜息と共に椅子に座り込んだ。
「……何故、イートンはドブソン子爵家に共謀したんだ……?開戦に流れを持ち込む、その為に手を組んだということは理解はできないが話は通る。だが、ドブソン子爵家の復讐にまで手を貸す必要などない筈だ」
「さて……ご本人にお聞きになれば宜しいかと」
トラヴィスの苦悩に満ちた表情を浮かべての質問に対し、アルバートはさらりと答えた。そこに同情心は一切見えない。
「いや、そうだが……。すまない、詮なきことを聞いた」
「客観的かつ考え得る共謀のメリットとしては三点あります。一点目、自らの手を汚すことなく民意を開戦に傾かせることができること。二点目、ドブソン子爵家の復讐に手を貸す見返りとして、開戦後にドブソン子爵家で作られた薬剤を軍に優先的に納品させること。三点目、反対派の先鋒であるモーガン様を黙らせることができること。……復讐に手を貸すという観点では三点目が理由かと思いますが、如何でしょうか?」
アルバートの問いかけに対し、トラヴィスは深い溜息を返す。
「……すまない、少し考えれば分かることであった」
「軍務卿も動揺されることがおありなのですね」
「当たり前だぞ!身内が不正を犯し、おまけにそうまでして売った喧嘩の相手が、アビントン伯爵家!あの馬鹿、一体何を考えているのか……」
もう一度、トラヴィスは深く溜息を吐いた。
「……それで?事前に教えてくれた、ということはアビントン伯爵家は私に協力して頂ける、という理解で良いのであろうか」
「お答えする前に、一つ質問をさせて頂けますでしょうか」
「何なりと」
「軍務卿は軍部の約半数を占める開戦派を抑える動きをしている、と聞きました。それは一体、何故でしょうか」
トーマスからの報告を踏まえ、アルバートが問いかける。
「軍部の役割は、開戦の是非を決めるものではない。そもそも、軍部とは国の一つの機能であり、戦争とは目的ではなく手段だ。そして軍部の役割は、戦という手段を取ると仮定した場合に、果たして勝てるのか、勝つ為にはどれ程の物資や人員が必要なのか、ということを分析して奏上することだ。或いは、分析の結果が芳しくないということであれば、戦を回避すべきではないかという提言ぐらいはあろうが」
「つまり、軍部は手足、頭である国の中枢が体の提言を踏まえ戦争という手段を取るかどうかを決断すべき、と。……確かに此度の件のみで言えば、外交圧力、経済制裁、取り得る手段は他にもあるでしょう。その上でお聞きしますが、仮に戦という手段を取った場合、ブローゼル王国に、この国は勝ち得ますか?」
「ブローゼル王国のみであれば……勝ち得る」
「第三国の介入があり得ると?」
「知っての通り、ブローゼル王国は我が国と、大国シャビルディ皇国の狭間にある。仮に我が国がブローゼル王国に侵略した場合、シャビルディ皇国は支援という大義名分を得て、我が国と相対する可能性がある。そうなった時、戦力は均衡あるいは劣後する。……戦は泥沼化するであろう」
トラヴィスの言葉に、アルバートは笑みを浮かべた。
「無責任な噂のせいで、既に民意は開戦に傾いています。弱小国であるブローゼル王国への弱腰外交は如何なものか、大義はオールディス王国にあり。戦に勝ち、ブローゼル王国の領土・資源を奪い、この国を更に豊かにすべし、と。我が主人はその現状に憂い、矛先を逸らせと指示されました」
「噂を払拭し、民意を開戦から厭戦に変えると……?そんなこと、可能なのか」
トラヴィスは期待するような視線をアルバートに向ける。既に、会合当初に浮かべていた所詮は一介の使用人であるといった侮りは彼の瞳からは消え失せていた。




