お嬢様は、懸念する(4)
彼女の部屋を去ったアルバートは、屋敷の離れへと向かった。
『全員、集まれ』
伝令魔法が瞬時に五人のもとへと届けられた。
そして瞬く間に、その五人の男女がその部屋に集まる。
「リーダー。何がありましたか?」
一人が先陣を切って声を上げる。
彼の名前は、ロナルド。
黒髪で長い髪を一つに括っている細身の男性だ。
「新しい仕事っすか?」
そう言ったのは、先日の毒薬事件で働いたトーマス。
「楽しい仕事だと良いなぁ」
そう言って微笑むのは、アルマ。
薄桃色の髪色がよく似合う、小さくて可愛らしい女性だ。
「お前は血みどろになりゃ満足なんだろ」
そう言って大きな笑い声をあげたのは、ブラッドリー。焦茶色の髪を短く揃えた、ガタイの良い男だ。
「あら、貴方は違うの?ブラッドリー」
最後に口を開いたのは、ベサニー。アルマとは対照的に長身な女性であり、この場ではロナルド、アルバートに次いで高い。
「勿論、違わねーな。ただ、ほとほど強くてたくさんか、めちゃくちゃ強い単騎か、どっちの敵が良いかは悩ましいなー」
「えぇ……そんなの、とっても強いたくさんが良いに決まっているよぉ」
アルマが言うと、五人全員が笑った。
「先ほど、クリスティーナ様より私に命令があった。クレイグを追え、と」
「あら、姫様からの……それはボスも気合が入るわね」
ふふふ、と笑みを漏らしながらベサニーが言った。
「クレイグを?一体、あんなおっさんに何の用があるってんだ?」
ブラッドリーの問いに共感するように、横にいたトーマスが頷く。
「どうやら用があるのは、クレイグの方らしい」
そこから、アルバートは先ほどのクリスティーナとの話を簡潔に五人に伝えた。
「身の程を弁えない愚か者の集まりですね。……国を巻き込んでのオイタもさる事ながら、まさか、一番喧嘩を売ってはならないところに喧嘩を売るなんて」
ロナルドはそう言って、笑った。
平坦なその声色を聞く限り、彼は冷静だと感じる。けれども、この場にいる誰もが見逃さない。瞳に微かに灯る、仄暗い色を。
「リーダーのお願いなら、頑張っちゃう!でもでもぉ……そんなおっさん一人じゃ、簡単過ぎるかな」
「要するに、早いもの勝ちってことか!」
「アルマ、ブラッドリー、落ち着きなさいな。まさか全員で一斉にその男を探せなんて雑な命令を、ボスがする筈がないでしょ?」
ベサニーの言葉に、アルバートが頷く。
「ベサニーは引き続き俺が留守中、クリスティーナ様の警護を」
「分かったわ」
「先ほど、アルマはクレイグ一人……と言っていたが、そうとも限らん。クレイグは、かつて盗賊団を率いていた。そしてその当時の部下は、捕まっていない者も多数いると言われている。もしかしたら、そいつらがクレイグと合流する可能性がある」
「へぇ……それは面白そうじゃんか」
「索敵はアルマに一任する。この領地全体を、お前の魔法で覆え」
「はぁい」
「ブラッドリーが殲滅してくれ。但し、クレイグ本人のみ生きたまま捕縛しろ。それから行動に移すのは、この領地に一歩でも入った後だ」
「あー楽しみだぜ!」
ブラッドリーが気合を入れていた。
「ロナルドは万が一、別働隊がいた時の為に待機。余裕があればアルマも参加して良いぞ。但し、索敵漏れがないようにだけは注意してくれ」
「まっかせて!勿論、撃ち漏らしなんかしないよぉ」
「異論ありません……が、王都のタウンハウスと学園都市は良いのですか?」
「クリスティーナ様のご家族は、ブランジュが守りを固める。先ほど、ブランジュとも情報共有をして、そのように取り決めた」
「分かりました」
「トーマスは、ブローゼル王国との交渉状況を探っておいてくれ。ブランジュとの連携は忘れるなよ」
「給料分、キッチリと働くっすよ」
「ボスはどうするのかしら?」
「もう少し、ドブソン子爵家とレルフ侯爵家を探る」
「ふーん、分かったわ」
「話し合いは終わり?」
「そうだな。伝えたいことは、これ以上ない。全員、気合を入れてやってくれ」
「……それじゃ、アルマが魔法を使う前に行ってくるっす」
「私も、クリスティーナ様のところに行ってくるわ」
アルバートの返答に、トーマスとベサニーがさっさとその場から去って行った。
「もー二人とも、私の可愛い友達を見て行かないなんて、信じられなぁい」
出遅れたアルマが頬を膨らませている。
「……ま、良いか。それじゃ、私の可愛い可愛い鼠ちゃんたち。おじさんを探して来て頂戴」
瞬間、彼女の魔力が幾多もの鼠の形を取り、方々に散らばって行った。
魔力で形を作ったそれを自在に操り、任意で視覚と聴力を共有することが可能な魔法。
索敵にうってつけなそれだった。
彼女の魔法の師であるアルバートも、その魔法を使うことはできない。
何故ならそれは、彼女のオリジナルの魔法だからだ。
それができたのは、趣味と偶然の産物。
アルバートから魔法の基礎を教えられた後、『何か可愛いモノを作れないかな』という思いつきで試した結果だった。
「なーにが、可愛いだ。あんだけの数がいれば、むしろゾッとするわ!あの二人、先にこの場からいなくなる口実があって羨ましいぜ」
魔力鼠が消えた後、ブラッドリーが吠えた。
「そんなこと言ってると、おじさんが見つかっても、ブラッドリーには教えてあげないよぉ?私が戦えるし、一石二鳥だよね」
「はあ?」
「……アルマ。リーダーの命令に逆らうのですか?」
一触即発の二人の間に割って入ったのは、ロナルドだ。
彼の問いに、彼女はピクリと体を反応させた。
「ロナルドったら。冗談だよ、冗談」
「そうでしたか。それなら、一向に構いません。見つけたら、教えてください」
彼女に向かってニコリと笑いかけた後、彼は目を瞑りその場で待機する。
「ちっ」
ブラッドリーもまた、大人しくロナルドの隣に座って待ちの姿勢になった。
「それじゃ、俺も行ってくる」
アルバートもそこまで見届けた後、その場を去って行った。
次回は明日21時更新です




