お嬢様は、懸念する (2)
……そして、その次の日。
アビントン伯爵家の屋敷の一角には、『令嬢の花園』と呼ばれる庭がある。
アビントン伯爵家長女、クリスティーナのために誂えられた場所だ。
その庭はクリスティーナのためにと、庭師が丹念に整え、四季折々に様々な花が咲き誇る。
けれども今この時は、そんな美しい花々よりも彼女が招いた女性たちの方こそが美しく咲き誇っている。
「今回も味だけではなく、目にも楽しいお菓子の数々ですわ。クリスティーナ様がオーナーのカフェがありましたら、大人気でしょうに」
楽しそうに笑いながら、その女性は菓子に口をつけた。
「確かにそうですわね。私、チーズのケーキでこんなに美味しいと思ったのは初めてですわ」
「ええ、私も。中に入っている、果物のコンポートともよく合いますし、何より、花形がとても可愛らしいですわ」
「カフェと言えば、この前、新しくできたカフェに行きましたの。そこの日替わりのお茶が、とても美味しくって。つい、茶葉まで求めてしまいましたのよ」
「まあ、それはどんなお茶なの?」
茶会に参加している人たちは、楽しそうに会話で花を咲かせている。
クリスティーナは、時折相槌を打っていた。
「カフェと言えば……そう言えば、聞きまして?学園都市スタントンの話」
まるで秘密の話をするように、一人の女性が囁く。
「勿論、聞きましたわよ。怖いですわよね。ブローゼル王国が、我が国の新技術を盗み取ろうとしたのでしょう?」
別の女性が、頷きつつ言葉を紡いだ。
「何でも、ブローゼル王国のカンザスという侯爵が関わっているらしいわ」
「ま、侯爵が!?」
「ええ。それで、ブローゼル王国も簡単に折れる訳にはいかなくて、彼の国との交渉は難航しているそうよ」
「でも、所詮はブローゼル王国。我が国の方が国力も兵力も上と聞いておりますが」
「……。少し、怖いですわね」
茶会の主人であるクリスティーナが、か細く呟いた。
それまで次々と言葉を紡いでいた女性たちは、ピタリと口を紡ぐ。
彼女たちの目から見て、クリスティーナは僅かに顔色が悪くなったように感じられた。
「皆様の国を思う気持ち、とても素晴らしいと思いますわ。ですが、他国との兵力を比べるということは、まるでその国との戦を望んでいるように聞こえてしまうと思いますの。勿論、皆様が国を思っているからこその言葉と私は理解していましてよ?」
「そ、そうですわね。私たちも、冷静にならなければ……」
「お茶会に相応しくない話題でございましたわね。大変失礼致しました」
クリスティーナの言葉と怖がる様子に、皆の興奮も冷めたようだ。
逆に勘の良い何人かは、クリスティーナの言動から圧を感じ取り見事に口を噤んでいる。
「私こそ……怖がりなせいで、楽しい場を中断させてしまって申し訳ございませんわ。……そういえば、皆様。家の者に、新しい茶葉を調達して貰ったの。是非、感想をお聞かせくださらない?」
そうして話題の変更に成功し、茶会は再び和やかな雰囲気を取り戻したのだった。
茶会が終わった後、クリスティーナは私室に戻るとすぐにアルバートを呼んだ。
「如何なさいましたか、クリスティーナ様」
「ねえ、アルバート。茶会の話題はどうだった?」
「若干、ご令嬢らしからぬ話題もあったかと」
「やっぱり、そうよね……。ねえ、アルバート。少し、話が拡散され過ぎているわ」
クリスティーナの表情は厳しい。
面倒なことにならなければ良いのに……という、まるで面倒なことが起こる前提のように考え、そしてその考えが迷惑そうな表情に映っていた。
アルバートもまた、真剣な表情を浮かべている。
実際、彼女の指摘は的を得ていた。
今日、彼女が茶会に呼んでいたのはアビントン伯爵領内の有力者たちの娘。
とは言え、国家の中枢に関わるほど高い位を持つ貴族の娘は一人もいなかったし、中には裕福な商会や著名な研究者ではあるが平民の娘もいた。
けれども、あの場にいた全員が学園都市スタントンの事件の詳細な顛末を知っていたのだ。
「事件の概要だけならまだしも、ブローゼル王国との交渉状況なんて、わざわざ広めはしないと思うのよね。難航中なら、尚更」
「仰る通りかと。本日ご参加された方々まで知っているとなると……相当、国内に広まっています。誰かがあえて広めたと考えるのが自然かと」
「やっぱり、そうよね。問題はそれが誰なのか、何故そんなことをするのか、なのだけど……」
考える素振りをして、けれどもクリスティーナは苦笑を浮かべた。
「……ねえ、アルバート。探って来て貰えないかしら。貴方が忙しいのは分かっているわ。でも、どうしても捨ておけないの」
「貴女が私に許しを乞う必要は、全くありません」
「でも、アルバート。私ったら、貴女にお願いばかりしているでしょう?」
「どうか、クリスティーナ様……そのように仰られないでください。貴女の平穏を守り、願いを叶えることが私の喜びなのですから」
「あら……私の平穏は貴方が健やかに、いつまでも私の横にいてくれることで叶うのよ」
クリスティーナは笑みを深めた。
一瞬アルバートは驚いたように目を瞬いたものの、次の瞬間、彼は蕩けるような笑みを浮かべていた。
クリスティーナもまた、笑みを深めている。
「それにしても……誰が、どうして広めているのかしら。私は悪いことばかり思い浮かぶのだけど、答え合わせが楽しみね」
「早急に対応致します。……ですが、クリスティーナ様。一つだけ、確認させて頂けますか?」
彼の問いに、彼女は小さく首を傾げて続きを促す。
「クリスティーナ様は、ブローゼル王国が欲しくありませんか?……もし必要であれば、私が獲って来ますが」
彼の問いは、この場に第三者があれば冗談と断定するだろう。それ程、酷く現実味がない。
まるで、近所でお菓子を買ってあげる、と言うような気軽さで国を獲ると言っているのだから。
「まあ、アルバートったら……」
けれどもクリスティーナは驚くことも訝しむこともせず、ただ楽しそうに笑っている。
その姿は、彼が単騎で国を獲ることを疑っていない。
「今のところ、必要ないわね。幾ら貴方であっても一人では、更地にしないと無理でしょう?ボロボロになった国を貰ったところで、後始末が大変だと思うの。何より、そもそもでブローゼル王国を手に入れたところで何の旨味もないでしょう?」
彼女はそう言って苦笑を浮かべた。
「……むしろ、貰ったところで厄介よね。緩衝地としてある方が、まだマシだわ」
「なるほど……畏まりました」




