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カワラナイ朝  作者: 白空
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最終話 『過去』、『今』、そして『未来』

 「俺は、俺が許せないんだよ。興味本位で安易に首を突っ込んで、正義のヒーロー気取りをしていた自分を。小学生時代の無鉄砲な自分を、中学に入ったら変えられると思ってた。でも、何も変わってなかった。結局俺は、自己満足の世界で生きてたんだよ。だから、俺はその罪を償い続けなきゃいけない。彼女が許してくれるまで、何度でも」


 自分勝手に起こした行動は自分で責任を取るべきなのが世の常だ。結局、俺はメロスに同族嫌悪しながら、それでも最後に成し遂げた彼に嫉妬していたんだ。誰もが納得できるようなハッピーエンドを、迎えたかったんだ。けど、俺にはそれを迎える資格がない。今も遠いどこかで苦しんでいるであろう彼女を救うことでしか、その資格は満たされない。


 「だから、お前に何を言われても、ダメなんだ。すまない」

 「……ほんとに、変わらないわね」


 彼女は俺の目を見つめて、懐かしむようにそう言った。


 「ねえ、覚えてる?花火を見に行った時のこと」

 「さっきも言っただろ、覚えてるって」

 「ううん、ちがうの。『初めて』花火を見に行った時のこと。迷子になってた私を、神谷君は花火を見に行こうって誘ってくれたでしょ?」

 「……は?」


 白石は唐突に俺の知らない話をし始めた。だが彼女は俺の様子など気にすることなく勝手に話を進めた。


 「あの日、両親とはぐれて迷子になっていたとき、偶然私を見つけた貴方は花火を見に行こうって川辺まで連れて行ってくれたの。もう会えなくなるからって」


 遠い昔を思い出す話し方をする白石とは対照的に、俺は茫然としていた。確かに俺は片桐が引っ越す前、偶然にも夏祭りで出会うことができた。龍太と離れ離れになって街中を走り回っている最中に、だ。


 あの出来事は龍太を含め誰も知らないはずだ。だから、白石はあの件を知ることはできない。だが、彼女はまるで当事者かのような口ぶりで語っている。


 そのときふと、今まで白石に感じていた違和感がふつふつと頭をよぎる。なぜ俺は転校初日、柄にもなく彼女を助けた?なぜ俺は彼女に対して懐かしさを感じていた?なぜ、彼女はあの時『借り』があるといった?


 まさか、彼女があの時の――




 「片桐、なのか?」




 震えた声でそう問う。だが、俺はすでに心の中でその答えを知っているような気がした。彼女はその言葉に満足したような表情を見せる。




 「ただいま、神谷君」




 そう言って彼女は綻んだ笑顔をこちらに向ける。その顔は、あの時の彼女の笑顔と同じだった。


 「……はは、そっか。そうだったのか」


 気が抜けたように笑うしかなかった。俺はベンチに座ったまま空を見上げた。真っ暗な闇に、一つだけ力強く輝いている星が見えた。


 「あの後、私の両親は離婚して、私は母に引き取られたの。母の旧姓が白石だから、今は白石琴音と名乗っているわ」

 「……そうか」


 結局彼女の家庭の都合にまで踏み込めなかった俺は、今の今まで彼女がどのように過ごしてきたのかを知らなかった。


 ……彼女は今も恨んでいるだろうか。正義感だけは人一倍強く、それゆえに後先考えず彼女をひどい目に合わせてしまった俺のことを。俺は、彼女に顔向けできるような生き方をしてきたのだろうか。彼女が目の前にいるのに、俺はそれを聞けないでいる。


 聞くのが怖い。いや、聞く資格すら俺にはない。彼女の人生をゆがませてしまった俺が、今更どの面を下げて彼女に会うことができるのか。それを考え始めると、だんだんと罪悪感にさいなまれていく。



 「神谷君」



 いつもと変わらない声音。それが俺には容疑者に判決を言い渡す裁判官のそれに聞こえた。どんな言葉を言われても、彼女にはそれを言う権利があるし、俺にはそれを聞き入れなければいけない義務がある。ただ、彼女の気持ちを聞くのはひどく怖い。


 「貴方は花火を見に行った時に言ったわよね?『俺のしたことは正しかったのか』って」

 「ああ」


 俺は彼女が引っ越す前の夏祭りの時、花火を見ながら彼女にそう聞いた。


 「あの時、家のことでバタバタしちゃって時間もなくて答えられなかったけど、今なら自信を持って言える」

 「……聞かせてくれ」

 

 俺は耳をふさぎたい気持ちを必死に抑えながら、白石のほうを見つめる。彼女の言葉を一言一句、聞き逃さないように。





 「正しいか正しくないかなんて関係ない。その気持ちに救われた人間が、ここにいる」





 白石は世界中に届くような澄んだ声で、俺の心を射抜くかのようにそう言った。やがて彼女は俺から視線を外し、空に語りかけるように喋りだす。


 「あの時の私は不安と孤独の中でさまよって、それでもちっぽけな勇気をもって先生のもとに行った。そして、裏切られた。その時、私の心は完全に折れたわ。幼いあの頃の私は、未来に希望を持てるほど強くはなかった。もう疲れた、何をやっても無駄なんだ。もう死んでもいいとさえ思った」


 彼女は、なおも言葉を紡ぐ。


 「でも、あの時神谷君が助けてくれたことが、絶望の淵にいた私に一つの希望を見せてくれた。私の悩みを聞いてくれて、一緒に戦ってくれる人がいることが、嬉しかった。その優しさが、私に生きる希望を与えてくれた。だから私はいじめに屈しないよう頑張ろうと思えたの。自分のために、そして、他の誰でもない、貴方のために」


 そして、彼女は空を見上げることをやめ、俺のほうに向きなおった。




 「ありがとう、神谷君。君は私の、ヒーローだよ」




 その言葉を聞いた途端、視界がだんだんとぼやけて、まともに白石の顔を見れなくなっていた。気づけば手の甲にはたくさんの水玉が落ち、それがつながって一筋の線になって流れていった。


 「……俺は、ずっと後悔してた。もっと他にやり方があるんじゃないかって。もっと君の話を聞いていれば、うまく解決できたんじゃないかって。この二年間、ずっとそれだけを考えてた。君を追い詰めたのは俺だって、ずっと自分を責め続けてた。この醜い自己満足が、君を傷つけたんだって」

 「違うよ」


 俺の独白を、彼女は否定する。


 「君のその自己満足のおかげで、私は今日まで生きることができたの」

 「……君の、その言葉を聞けた、だけで、俺は救われた、よ」

 

 いまだに瞳から流れ続ける涙を止めることができず、言葉が途切れ途切れになってしまう。彼女は俺を恨んでなんてなかった。逆に俺の起こした行動が、彼女の心の支えになっていた。そのことが、俺の心の中に燻ぶっていた後悔を、跡形もなく消し去ってくれた。


 「ほら、泣かないで。男の子なんだから」


 そう言って彼女はスカートのポケットからハンカチを取り出して、俺の頬にそっと当ててくれた。彼女らしくもないその気遣いが、今はあたたかかった。俺はそのハンカチを受け取り、涙を拭う。


 涙が完全に乾いたころ、俺は彼女の顔を正面から見つめ、そして一言。




 「好きだ」




 歯の浮くようなセリフだが、不思議と羞恥心は感じなかった。心の声が意識せずに漏れ出たのだろう。その言葉に彼女は驚いた顔をして、そして顔を赤らめてそっぽを向いた。


 「ずるいわよ……このタイミングでなんて」

 「俺らしい、だろ?」


 その言葉に俺と彼女はぷっと噴き出してしまった。


 「そうね、君らしいわ」

 「それで、返事は?」


 せかすようにそう言うと、今度はしっかりとこちらを向いてくれた。




 「私も、君のことが、好きです」




 ――俺が何よりも望んでいた、きれいで、美しい笑顔だった。




 ☆




 朝が来た。


 けたたましい目覚ましの音にゆっくりと瞼を開けてみると、そこはいつもの見慣れた天井だった。


 時計を見ると、まだ学校に行くまでには十分な余裕があるくらいの時刻を指していた。


 「……珍しく遅刻していないな」


 俺は独り言のようにそう呟いて、いつものように服を着替えてから朝食を済ませた。学校に行く準備をしてから、出かける前にちらっと卓上鏡をのぞき込んだ。そこに映っている俺の顔には、もう憂いはなかった。


 「行くか」


 そう呟き、玄関のドアに手をかけた。


 

 通学路をとぼとぼと歩いていると、いつも通りかかる交差点のところに、黒い髪を靡かせてたたずんでいる一人の少女がいた。彼女は俺に気づくと、可愛らしく頬を膨らませた。


 「遅いわよ、圭。何分私を待たせるのよ」

 「悪い悪い」


 そう言って彼女のもとにたどり着く。実際待ち合わせていた時間から遅れてはいないのだが、彼女はまだ不機嫌なままだった。


 その姿に俺は苦笑をして、彼女のほうに右手を差し出した。


 「じゃあ行こうか、琴音」

 「……うん!」


 その言葉に彼女は元気よく頷き、俺の手を取って歩き始める。


  



 ――そうして俺たちは、一緒の時を刻んでいく。

 

これでこちらの作品は完結といたします。こちらの小説を読んでブックマークしてくださった方、感想を寄せてくださった方、どうもありがとうございます。なかなか思う通りの展開にはなってなかったと自分で思います。それでも最後まで書ききることができてよかったです。最後に読んでくださった方、貴方たちのおかげで小説を書くことが楽しかったです。これからもどうか温かく見守っていてください。

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