[5―2]延期になる縁結びの儀
もう言葉がソールドアウトし、俺は回れ右した。ソフィアと顔を合わせていられない。
誤算だ。彼女から、変人扱いされるのが、こうもクリティカルとは思わなかった。
ツバサにだってなんて声かければいいやら、皆目見当もつかない。お先真っ暗だな。
「今の、どういう意味?」
背後から呼びかけられた。俺は気乗りせず、ソフィアと対面する。
「忘れてください。いっときの気の迷いでした」
「いったい何をたくらんでるの」
ソフィアが詰問した。
奇人だと思われるのみならず、イカサマ師の嫌疑をかけられるとは。人生最悪の日だ。
家に帰って、炭酸飲料でもラッパ飲みしたいよ。
「他意はないっす。別にあなたからは何も略奪しないし、何も売りつけません。進路妨害して、申し訳ありませんでした」
俺が尻尾を巻いて退散しようとすると、
「さっきから話が見えないんだけど。ちゃんと説明してくれないかな、ケンくん」
俺の呼吸が止まった。ひょっとすると心臓も刹那、停止したかもしれない。
「今、なんて」
「だから、なんでよそよそしい態度になっているか、私は尋ねたの。あっちでは子供扱いとかスキンシップも、散々やってきたくせに」
ソフィアはくびれた腰に手を当て、柳眉を逆立てている。
「ご、ごめん。ちょっと頭ん中、すっきりさせて」
俺は二度三度、深呼吸を繰り返した。
「オッケー。確認するね。君は、寝ていた間の記憶があるの?」
ソフィアはまごうことなくうなずいた。
腰が抜けそうになるのを、俺はカプセルにもたれかかることで回避する。
「どうしてかな。理由を教えてくれないか」
「自分の胸に手を当ててよ。ケンくんが発端でしょ」
「身に覚えがないんだけど」
ソフィアが鼻白む。『脳みそ腐ってるのか、ブタ野郎』という顔つきだ。
「あなたが太陽の中に突入後、思念体は次々消えていった。もちろん私もね。そこで私は、ドッペルちゃんと面談したの」
「ドッペルちゃん、が」
俺はオウム返しした。
「うん。で、私は二者択一の質問された。『記憶を残しますか、残しませんか』って」
「えぇと、どうしてそんな二択が出てきたんだろう」
「ケンくんが夢の世界で、ゴールに一番乗りしたからでしょ。お忘れかもしれないけど、私たちチーム組んでたよね。そしてあなたは乞い願った。こっちの記憶をとっておきたい、と。だからチームメイトの私にも、おこぼれにあずかる権利があったってわけ。ドゥー・ユー・アンダースタン?」
そのネタ、俺がファーストコンタクトの折、やったやつだ。
「じゃあ俺とのたわいない応酬も」
「覚えてる」
「俺たちの大冒険も」
「忘れないよ」
ソフィアはすべて覚えている。それがこんなにうれしいとは。
「ついでに言っとくと、私をかばったこととか、抱きしめたこととか……キスしたことも記憶にあるし」
照れくさそうに言う彼女を見て、辛抱たまらなくなった。
俺は彼女のもとにひとっ飛びして、抱擁する。
「ちょ、ケンくん。どうしたの、急に」
「ははっ。夢だけにドリームチームだよ、俺たち」
彼女の問いの答えにはなってないが、とにかく俺はソフィアのぬくもりを感じた。
「みんな、見てるって」
「見せつけてやりゃいいんだ。俺たちの結束力をさ」
もうっ、と言いつつもソフィアは離れようとしなかった。むしろ俺の背中に腕を回してくれる。大凶から一転、大安吉日となった。
「おいおい、そりゃ結束とベクトルが異なる、ご乱心だぞ。もっとも人探しする分には、格好の目印になったがな」
背後から声があがる。首だけ後ろに回すと、
「ツバサ」
「起きがけに女子をたぶらかすとは、絶倫恐れ入るよ」
皮肉がしっくりくる。正真正銘ツバサ本人だ。そしてこいつの言動、夢の出来事を抹消しなかったのだろう。
『おまえもこいよ』という意味で、俺は片腕を広げた。
スルーかと思ったものの、ツバサは半眼になりながら二人の輪に入る。
俺たちは三人で抱き合った。これでレギュラーメンバー全員集合だ。
まったく、幼女メイドはサイコーだぜ。
彼女のおかげで、目のさえる幕引きとなる──はずだった。
「あれ、ツバサくん」
ソフィアが疑念を抱いたらしく、俺たちの円陣が解けた。
「ちょっと体、触らせてもらっていいかな」
ツバサが首肯したので、ソフィアがやつの胸元に手を伸ばす。ツバサの胸倉に聴診器を当てる要領で、ポンポンした。
「もしかしてだけど……?女の子??」
「バレてしまってはしょうがない。いかにも、ぼくの性別は女だ。サラシ巻いて膨らみを抑えたつもりだが、同性の感性をもってすればフェイクにもならないか」
ソフィアは目を丸くした。俺が比較的超然としていることに、何かを感じたらしい。
「ケンくん、知ってたの?」
「あ、ああーと。うん、まぁね」
ツバサとの直接対決で腕ひしぎ十字固めをされたとき、こいつの股間に『男の局部』がなかった。具現化能力でまかなえる範疇を逸脱しているので、いや応なしにツバサの変装を見破れたってわけ。
「私に隠れて、二人でいやらしいことしてたんじゃ」
ソフィアの論理の振り幅にこそ、仰天させられた。どういう経路で、そんな結論に行き着くのか懇切丁寧に解説していただきたい。
「していたような、していなかったような」
俺の代理で、ツバサが曖昧に答えた。にやりとしとる。茶化したつもりだろう。
されども頭に血が上った女子には、ツバサのユーモアが看破できなかったらしい。
「ケンくんの、どスケベ!」
実験施設に『ばちこーん』という音が響く。少なくとも俺の耳朶にはそう届いた。
ソフィアが体重の乗ったビンタをかましたのだ。
ジャストミートしたからか、鼻の奥に熱を感じる。俺の鼻孔から液体が伝った。
「あ、鼻血噴いた」
ソフィアのおとぼけ口調がツボだったらしく、室内に爆笑の渦が巻き起こった。
「すまん、ソフィアくん。ぼくの思い違いだったよ。度胸と甲斐性のないケンに限って、手を出してくることはなかったと記憶している」
笑いをこらえるツバサの説得力は、地に落ちていた。
でも俺の株ほどじゃないけど。おかげで俺、仲間に粉かける無節操男ポジション、定着しちゃうじゃん。どう落とし前つけてくれるんだよ。
「ひとまず止血用のガーゼを借りられないか、スタッフと交渉してくる。それまでケンは上を向いて、鼻をつまんでいろ」
ツバサは言い残し、退散しやがった。薄情極まりない。
呪ってもせんかたないので俺はやつに言われた通り、顔を上向きにする。
「ご、ごめん、ケンくん。カッとなって、たたいちゃった。普段はこんなことしないはずなのに」
意外と直情径行なソフィア嬢が、手を広げる。看病でもするつもりだろうか。
「あ、そうか。こっちじゃ能力使えないんだ」
マテリアライズに挑戦して、空転した模様だ。
俺の鼻から流れる血液と物質化できないことで、くしくもここが現実なのだと痛感する。その代償が流血と、破格なほど高くついたけど。
「こんなの、そのうち止まるって。何かしてくれるつもりなら、俺のそばにいて欲しい。そうしてもらえるだけでいいから」
一人では、痴話ゲンカの見世物みたいに注目される現状に耐えられなかったからだけど、ソフィアは独特の解釈をしたようで「う、うん」と頬を上気させた。
「そういえばケンくん、こっちに戻ったら何か私に伝えたいこと、あったんじゃ」
なんてタイミングで思い出すんだ、この金髪お嬢さん。
鼻血ブーの今、言ったらことごとくぶち壊しじゃないか。
「日を改めて言うよ。どっちにしても二人で写メ撮んないといけないでしょ。そのときのお楽しみ、ってことにしといて」
「え〜、先延ばしされると余計気になるよ。もったいつけないでったら」
ソフィアが俺の体を揺すぶった。
「か、堪忍して。血が凝固しなくなる」
「あっ。私としたことが、うっかりしてた」
本当かな。全部計算ずくで言ってるんじゃないか。
俺の真心にも薄々勘づいてそうで、末恐ろしい。
「分かった。待つことにする。もしケンくんの気が変わったら、いつでも言ってね。私は常にウェルカムだから」
ソフィアはうららかにほほ笑んだ。
笑顔につられて、打ち明けてしまおうかとも思う。
でも我慢だ。もっとムードのあるシチュエーションでないと。
俺が思いの丈を素直に伝えたら、彼女はどういうリアクションをするだろう。
喜んでくれるだろうか。それとも困り果てるかな。
関係が進展する可能性もあるし、これっきり絶縁のパターンだってなきにしもあらず。
まるで〈塔〉のトラップみたいに、予測不能だった。一方で分からないからこそ面白い、とも言えるけれど。
俺は夢の中での紆余曲折を経て思う。
人生とは冒険の連続だ、と。
一期一会に通ずるものがあり、一つの冒険が終わると、また新たな旅が始まる。試練は人によりけりの千変万化で進学や受験、就職や結婚なんて場合もあるだろう。
そのどれも成功率が『0』と『100』はない。本人の実力や適性、時の運などにより絶えず変動していく。人類等しく展望はおぼろげだから誰もが憂鬱になるし、明るい未来を願ってやまない。そして精進したりもする。
だからこそ有意義なのかもしれないと、俺は思うよ。だって最初から結末の分かる物語ほど、つまらないものはないじゃん。
『冒険の真髄は、自ら運命を切り開くことにある』とみた。どっち道、望んだ結果になるよう、俺は愚直にベストを尽くすことしかできないしね。
「うん。決してほったらかしにはしない。約束する。俺は必ず君に言うよ」
飾らず、おごらず、奇をてらわずに伝えよう。
──ソフィアのことが大好きです、って。
〔了〕
以上をもちまして、フィニッシュでございます。
トータルで13文字オーバー。
またもや自身の最長記録を更新しました。
といいますか、書くたびに分量が増えつつあります。
新人賞へ投稿するうえでは、コンパクトにまとめられる力が求められるんですけどね。
反省はしますけど、これでも短くなったほうだったりします。
仕上げるまでには七転八倒しました。
もともと本作はWEB上のコンテストに投稿することを念頭に置き、執筆スタート。
その賞は下限だけあって上限を設けていなかったため、思いつくままに文字数がかさんでいったのです。
しかし紆余曲折あり、投稿を断念することになりました。
すると残ったのは、枚数だけ膨れ上がった駄文の山。
この時点で僕は、『今作を出版社の新人賞へ送る』と方針転換します。
公募の規定枚数を軽く超えそうだったので、仕上げていたストックも泣く泣くお蔵入りにしました。
文字数にして、約8万字以上です。
僕がいかに迷走したか、ご理解いただけるでしょう。
そんな暗中模索の中、最後まで走り抜けたのは、読者さんがいたからだと思っています。
お気に入り登録してくださった皆様、誠にありがとうございました。
ご一読くださった方々にも、合わせて御礼申し上げます。
次回はどんな形で作品を発表するのか未定ですけど、もっと質の高いエンターテイメントをお届けできるよう、精進します。
2015年3月 木田真




