[4―4]血気盛んな決起集会
「今から俺は、この計画の暗部を余すところなく開示します。そのうえでお願いしたいのです。どうか力を貸してください。俺一人が必死こいても、焼け石に水なんだ」
俺は一礼した。そして水を打ったように静まり返った面々に向けて、ツバサから教えてもらった話をすべて明かす。
お通夜ムードの公演会場には、ひときわ暗い陰が落ちた。
俺は知りうる限りの情報を、身振り手振りも交えて語った。話が前後したり、こんがらがってツバサに援助してもらったりもしたが、要所要所は押さえたと思う。
思念体の彼らにとって衝撃的だったのは、次の二点らしい。
一つは夢の世界で落命すると、自意識が徐々に薄れていくこと。もう一つは記憶が捏造され、旅のパートナーが縁もゆかりもないエージェントだったことだ。
どちらも人ごとでないため、抵抗感もひとしおだろう。中でも後者が人心をすさませた。隣に寄り添うのが、デフォルトで阿吽の呼吸さえできるくらいの仲間と思いきや、その実敵側の間者だったのだ。のんきに傍観してはいられない。
空気が張り詰めていた。中には「よくも裏切りやがって」と取っ組み合いを始めたペアもいるほどだ。剣呑な雰囲気が伝播し、次第に収拾不能になってくる。
見通しが甘かった。動転するだろうことは予想できたけど、ケンカ沙汰にまで発展するとは思ってなかったのだ。俺はおろおろと次の一手を模索する。
すると耳をつんざく大音響がこだました。俺と百人のちょうど中間地点からだ。
見ると、ソフィアが手に大口径のクラッカーを握っている。具象化させた物だろう。
「せ、静粛にお願いします。彼の話はまだ終わってませんので、いさかいも私語も慎んでください」
俺の目線を察したのか、ソフィアがほほ笑み返した。
胸の奥から力が湧いてくる。彼女の機転をふいにはできない。
「あんたの話、一応の筋は通ってる。しかし真実だという保証がどこにあるんだ。みんながグルになって、大金を山分けする策略かもしれないじゃないか」
「そーだそーだ」という合いの手も入った。
「おたくらをおとしいれて、ぼくらにどんな利点がある? 絵にかいたもちの賞金では、漁夫の利にならないと思うが」
エレベーターの前方を占拠するツバサが問い返した。
大扉は施錠され、階段は俺が占有している。そしてツバサがエレベーター前に陣取り、現在一階は陸の孤島も同然だ。
「ぼくはそこのお人好し少年を管轄するスパイだ。ぼくと同じ立場のやつがこの会場に、少なく見積もっても四十名はくだらない。それが動かぬ証拠だ」
ツバサの自白は説得力を持って、あらゆる反論を封じこめた。
「もののついでに言っとくぞ。エージェント諸君、決起せよ。安住のときは終焉を迎えた。我々は採点者であると同時に実験体でもある。アバターに貴賎はない。おしなべて、ぼくたちはかごの中の鳥なのだ。おかみに忠誠を誓っていれば安泰どころか、ぼくらの記憶もデリートされるぞ。クライアントに不都合な事柄は、十把一絡げに闇へ葬られる」
俺の話の信憑性に疑問を呈したやつは、ツバサと同じスパイだったのだろう。一言たりと無駄口を挟まなかった。
「ね、ねぇ。暗躍なんてしなくていいんじゃないかしら。救助されるまで静観していれば、運営者も飽きて実験を中断するかもしれない。わざわざ盾突くこともないと思うけど」
女性アバターの意見は一理ある。けれど──
「私たちは、飛んで火に入る夏の虫なんじゃないでしょうか」
ソフィアが代弁してくれた。
「〈塔〉に挑んでは、命を散らしていく虫けら。たぶん実験サイドの人たちはそう考えていると思います。私たちは脚本通りにストーリーをなぞってきました。だからこそ彼らはふんぞり返っていられる。けど前触れもなく羽虫が一斉に火元を警戒しだしたら、きっと『不測の事態が発生したのか』と勘ぐります」
「彼女の言葉は、先見の明がある」
ツバサがソフィアの言を補強した。
「ぼくたちが〈塔〉へのチャレンジをストップさせ、死者ゼロになったとしよう。すると終始受け身だった彼らがどう出るか。手をこまねいているわけがない。攻勢に転じてくるだろう。天変地異を人為的に巻き起こしたり、モンスターの軍勢を差し向けるかもしれん。のらりくらりと罠に挑むのと、どちらの生存率が高いか、論じるまでもないと思うがね」
「分かったよ。何か行動しなけりゃ破滅ってことだろ。んで、おまえたちは最終的に何を得るんだ。何をしたくて、僕たちを道連れにしようとしている」
これは思念体の心情を端的に表しているのだろう。彼らはおびえているのだ。
突然血なまぐさい裏話を突きつけられ、ろくに事態を咀嚼できぬまま協力を要請されている。これで疑り深くならないやつはいない。
だから俺は、本心をぶつけよう。それが誠意ってものだ。
「俺は地位とか名声とか、ましてやお金が欲しいわけじゃない。ただ嫌なんだ」
「何がだ?」
「たとえばこの件に関して、いくつか意見が出ましたよね。俺をペテン師だと思う人も、嵐が去るのをひたすら待とうって人もいた。声にあげないけど、もっとたくさんの考えがあるはずです。たとえば『早く帰りたい』とか『面倒くさい』なんてのもあるでしょう」
「当たり前だろう」
俺は声を発した誰かさんにうなずく。
「そんな当たり前を、プロジェクトの運営者は没収しようとしている。いろんな考えの人たちを右ならえさせて、自由な討論をなくそうとしている。『カラスの羽が純白』と言われれば『白い』と信じこんだり、『お国のために命を捧げよ』と言われて特攻する庶民を培養したいんです」
ついに誰も口を挟まなくなった。
「そんな息の詰まる管理社会、俺は願い下げです。断固として許さない。今までの多様化した世界がいいから。たとえ天皇や総理大臣であろうと、俺たちの頭の中をいじくる権利なんてないんだ!」
一気呵成に発声して、息切れした。俺は唇を湿らせる。
「だからこの計画を推進するお偉方に、目にもの見せてやりたい。横っ面引っぱたいて、『あんたの思い通りにさせねぇ』ってつば飛ばしてやるんだ。それを実現すべく、皆さんに協力してもらいたいと思ってる。俺はアリみたいちっぽけで、敵はゾウみたいに強大だ。だけど一本の矢はたやすく折れても、百本の矢ならそうそう折れない。だから」
俺は階段の上で土下座した。
「子供じみたリベンジに一枚噛んで、俺の野望を成就させてください。後生です」
フロアは静寂に包まれた。誰一人うんともすんとも言わない。
力及ばずか。やはり熱意は伝染しなかった。これだけの人数をひとまとめにするなんて大仕事、俺の手に余ったのだ。
観念して顔を上げると、
「そいつは『野望』でなく『無謀』の間違いじゃないか」
「うち的には毛利元就よりも、上杉謙信さまを引き合いに出して欲しかった」
冷やかし役と歴女の思念体が、そろって俺にダメ出ししてきた。
もういいよ。俺のふがいなさは、嫌ってほど分かったから。
「プレゼンもずさんだな。おまえらだけじゃ見てらんないから、博打に乗ってやるぜ」
何を言われたのか、俺は脳内で処理できなかった。
「で、でも、手伝ってくれないんじゃ」
「誰も、んなこと言ってないだろ。気が変わったんだよ」
「骨折り損のくたびれ儲け、かもしれませんよ」
俺が最終確認すると、アバターの数名が笑った。
「リスキーだろうと負け戦だろうと、やらなくちゃならないときがあるだろ。それにガキばっかに見せ場、ぶんどられてたまるかよ。晴れ舞台は大人にも、均等に配分してもらわなきゃな」
何人かは、賛同してくれるってことか。百人力なくらい頼もしいや。
「感無量のところに水を差すけど坊主、具体的にはどう挑むつもりなんだ」
「は、はいっ」俺はにじみかけた目頭を指でもむ。「手始めにエージェントの全会一致で、現実とのリンクを確立します。そこが文字通り、突破口になるはずなので」
「だとよ。おまえさん、やってくれるよな」
ひげ面のごっつい男が、隣の針金みたいなもやしっ子の肩に腕を回した。
「陰険な陰謀に加担してたんだ。そんくらいの善行しとかねぇと、閻魔大王に舌を引っこ抜かれるぞ」
もやし君が根負けして、力なく首を縦に振った。
彼がスパイらしい。どう見ても配役を交換したほうが、収まりはいいけど。
「エージェントを一枚岩にしたあとは?」
「このアビリティを使います」
俺は手を広げて、花吹雪を物質化した。フロア一帯に桜の花びらを舞い散らせる。
思念体一同からどよめきが起こった。代表して半信半疑の声があがる。
「マジック、じゃないよな」
「れっきとしたスキルです。ここにいる誰でも、できますよ」
俺の回答に合わせて、ソフィアとツバサも能力を行使した。
ソフィアは石畳に、人の背丈ほどのミニュチュア『自由の女神』を創造する。
ツバサは事象改変で床を隆起させ、インスタントのお立ち台をこさえた。
「この異能を皆さんにも会得してもらいます。一日くらい練習すれば、使いこなせるようになるでしょう。これが俺たちの作戦を成功に導く、道しるべです」
「おまえたちのチーム、そんな特技があって〈塔〉の何階まで行けたんだよ」
てっきり一致団結してお開きかと思いきや、想定外の質問がきた。
「えぇと……九階、でしたかね」
「なんだよ、宝の持ち腐れじゃん。本当に頼りになるのか」
今のは単なる揚げ足取りではなかった。この一言を皮切りに場が和み、思念体が『自分にも教えて』と歩み寄ってくれたのだ。




