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[4―3]一堂に会する思念体一同

「おまえ、ぼくを『童顔』とか思ったんじゃないか」

「め、めっそうもない。気品あふれる、成熟した顔立ちですとも」

「おまえは人の心の機微が、少しも読み解けないのだな。ソフィアくんの行く末が、思いやられる」


 ツバサが額に指を当て、かぶりを振った。


「ソフィアのことを思うなら、この話は内緒にしておいてくれ」

「確かに彼女、顔に似合わず猜疑心が人一倍だからな。特に恋愛方面で。どんな曲解するとも限らん。内密にしたほうが無難か。ケンも案外、女心がつかめてきたな」

「うっさいです。いろいろ苦い経験したら、嫌でも刷りこまれるって」


 ツバサが破顔する。


「おまえが尻に敷かれる未来、目に浮かぶよ。では二人の秘めごととしようか。おまえもぼくとの接し方、突如変えるなよ。出し抜けによそよそしくなれば、不自然さが際立つ」

「アドバイス、どうも。話は終わりだ。さっさと自分の部屋に戻りやがれ」


 俺はしっしと手を振る。


「前言撤回する。おまえはやはり唐変木だ」


 ツバサは憎まれ口を残し、退室した。

 どっちが人様の心、分かってないっつーんだよ。こんな秘密握ったら、意識しちゃうに決まってるでしょうが。

 俺は悶々とした気分を抱え、ベッドにダイブした。



≒ ≒ ≒ ≒ ≒



 めいめいの部屋で仮眠を取ったあと、再度701号室に集合した。今後の方針を三人でミーティングし、各自の歩調をすり合わせる。

 方向性は定まった。あとは実行するのみ。

 俺たちは決意も新たに〈塔〉を訪れた。無論攻略するためじゃない。

 無限地獄に咲く一輪の花をめでる──もとい、説き伏せるためだ。


「ご機嫌麗しゅうございますか、ケン様」


 ローツインテールにエプロンドレス、俺の初恋相手とうり二つの幼女メイドが出迎えてくれる。


「意気揚々、とは言えないかも」

「それは芳しくありませんね。言われてみれば、どことなく血相を変えていらっしゃる。わたくしで力になれることがあれば、なんなりとお申しつけください」

「ありがとう、ドッペルちゃん。本当はね、君の知恵を借りるのが今日のメインイベントなんだ」


 ドッペルちゃんは小首をかしげる。


「どういうことでしょうか。浅学非才なわたくしでは、あまり多くのことをお教えできると思えませんけれど」

「謙遜しないで。ドッペルちゃんは、いつも俺を後押ししてくれた。君のおもてなしで、どれほど力添えしてもらったか。だからこれは命令でなく、友としてお願いしたいんだ」

「わたくしが、『フレンド』ですか?」

「そうとも。俺は勝手に、マブダチと思っているくらいだよ」


 ドッペルちゃんが俺に続いて、ツバサとソフィアにも視線をやった。

 ツバサはぶっきらぼうながらもうなずき、ソフィアは笑顔で「当然」と言う。


「ケン様、恐悦至極に存じます。友の一人として、微力ながらお手伝いしましょう」


 ドッペルちゃんが感極まったように言った。


「恩に着るよ。実はこっちの世界に滞在する全アバターを、一人残らず招集したいんだ。それを実現する名案って、ないだろうか」

「ご主人様を一堂に会して、何をなさるおつもりですか」

「元の世界に帰る方法を議論したくて」


 俺の言葉を聞き、幼女メイドは若干悄然となる。


「お帰りになる、のですね。いえ、それが自然な成り行きでした。ケン様たちのいるべき場所は、こちらじゃないのですから」


 そうか。彼女はここの住人だ。リアル世界に拠点はない。

 自分のずうずうしさに辟易するな。一人取り残していく女の子に、『帰還のための便宜を図って』と相談持ちかけているのだから。度しがたいほど乙女心が分かってない。


「かしこまりました、マイマスター。あなた様の願いを受理いたしましょう」


 ドッペルちゃんは懊悩を振り払うように微笑した。


「エマージェンシー・シークエンス、起動。これより、全思念体を我がサロンへ招聘いたします」


 両腕を広げ、十字架のようになった彼女が、まばゆい光りに包まれる。

 目を開けていられない。

 神通力に近い何かが働いたのだと悟った。そこかしこから、ざわめきが聞こえるから。

 それも一人や二人じゃない。雲霞のごとき話し声がする。

 薄目になると、くずおれるドッペルちゃんが視野に入った。考える間もなく俺は動き、彼女の矮躯を支える。


「ありがとう、ございます、ケン様。お望み通りに、いたしました」


 ドッペルちゃんの呼吸は早く、荒くなっている。疲労困憊然と、つらそうだ。


「わたくしのことは、ほうっておいてくださいまし。出力過多によって今より二十四時間、存在維持に専念するだけですから」

「恩人を放置なんて、できるわけないだろ。横になったほうが楽になれるかな」

「壁にもたれかかって座りたく存じます。願わくば、これからあなた様がなさることを、目の当たりにできる配置が望ましいのですが」


 了解、と俺は彼女をお姫様抱っこした。


「疲れているところ悪いけど、大扉を閉めるカギ、貸してもらえるかい。暫定的に〈塔〉を封鎖して、出入り禁止にしたいんだ」


 ドッペルちゃんがエプロンドレスの胸元から、銀色のカギを取り出した。


「ツバサ、頼めるか」

「よしきた。おまえは彼女を丁重にエスコートしろ」


 ツバサは言い残し、カギを持って入口へ向かった。

 俺はエレベーターの付近までドッペルちゃんを抱えて歩く。途中、横目で一階のフロアを眺めた。

 人だかりができている。年齢や性別、身分など様々な老若男女が集っていた。皆、けむに巻かれたような面構えだ。

 無理からぬこと。だって現在地から強制転移させられ、瞬間移動したのだから。互いに「なんでここに」と探りを入れているものの、誰も明快な回答ができない。

 俺はエレベーターと二階への階段が一覧できる壁際に、ドッペルちゃんを座らせた。


「何かほかにして欲しいこと、あるかな。俺ができることなら、なんだってするよ」


 ドッペルちゃんは壁に細身の体を預けて、天井を仰いだ。そしてためらいがちに言う。


「差し支えなければ、せ、接吻をしていただけないかと」

「キスってこと!?」


 矢面に立つ俺ではなく、ソフィアがどぎまぎした。


「はい。過日、文献で拝読したのです。親しき者同士で口づけすると気分爽快になる、と。わたくしめの疲労回復の一助になるのではないかと、愚考しまして」


 彼女が目を通した資料って、なんなのだろう。わたし、気になります。

 情操教育上、十八禁本でないことを祈るばかりだ。


「ケンくん、まさかやらないよね」


 ソフィアが念押ししてきた。心なしか、群青の瞳が血走っていらっしゃる。


「でも、彼女たっての願いなら、やぶさかでないというか」

「相手が切望しても、遵守しなくちゃいけないモラルがあるでしょ。TPOを考えて!」


 あんまり耳元で叫ばないで欲しい。『キーン』と耳鳴りがするじゃないか。


「分かったよ。両者の言い分、間を取るから」


 俺はドッペルちゃんの前髪をたくし上げ、額にキスした。

 でこちゅーだ。これなら文句あるまい。

 俺が唇を離して澄まし顔すると、ソフィアはねめつけてきた。ほとばしる眼力だ。アイビームとか発射できそう。


「ご厚情、ありがとう、ございました」


 ドッペルちゃんがほうけ気味の表情で礼を述べた。のぼせたようになっているが、大事ないのだろうか。


「恋の鞘当てしてないで、本題に入れ。アバター連中の不満が噴出しそうだ」


 枕ことばに激しくツッコミたかったけど、俺はツバサの指摘に従った。階段の半ばまで登り、大きく息を吸う。


「元気ですかぁぁ~~」


 俺はアントニオ猪木顔負けの先制パンチをかました。

 総勢百名余りの思念体が、『何が始まった』といういぶかしげな顔を向けてくる。


「皆さん、はじめまして。俺は【スリーピングビューティー】計画の志願者、阿部倉ケンです。以後お見知りおきを。本日は足元の悪い中、お集まりいただけて恐縮です」


 俺のつたない前口上に、失笑が漏れる。


「じゃあ僕らがここに集められたのは、おまえの仕業か。どういう魂胆だ」


 アバターの誰かが野次を飛ばした。


「集まってもらったのは、お話がしたかったからです」

「こっちは会議なんてしてる暇ねぇんだよ。〈塔〉に登って賞金ゲットするんだから」


 俺は順繰りに思念体たちを眺めた。

 はやし立てた犯人を捜査するためではない。自身の緊張をほぐすためだ。

 おっ、知り合い発見。ソフィアを襲ったゴリラ男じゃありませんか。その節は同性愛者と疑って悪かったね。あんたはツバサの同業者だったんだろ。

 ほかに見知った顔ぶれは──地下の墓場で対面した、メガネの男子大学生もいる。壁際に寄って、ひざをかかえていた。彼の自意識は、あとどのくらい残されているのだろう。この分だと例の女性もどっかにいるな。

 二人とも、できることならヒュプノスポッドに入る前の状態に復帰させてあげたいけど。これからする俺たちの行動いかんにかかってるんだよな。気張らないと。


「前置きはこれくらいにして、結論を述べます。この〈塔〉に終わりはありません。どれだけ登っても、永遠に最上階へ到達することはない。当然このシステムを運用する人たちは、一千万円を支払う用意などしてないでしょうね」


 俺の言動がバカげていたからか、ほうぼうから冷笑が起こった。


「じゃあ〈塔〉に挑戦する意味って、なんだよ。物見遊山か?」


 誰かのたわごとが、せせら笑いを助長した。

 俺は構わずに続ける。


「思念体を、皆殺しにすることです」

「おまえ、脳みそ大丈夫か。変な薬やって、ラリってるんじゃねえの」

「現実逃避もしたくなりますが、残念ながら俺たちに逃げる場所なんてありません。この世界全体が、狩場も同然ですから。俺もあなたも、ここにいる全員、実験動物なのです」


 嘲笑と野次が収まった。俺が顔色一つ変えず長広舌していることで、計り知れない気配を肌で感じたのかもしれない。

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