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[4―2]のど元すぎれば元鞘なりけり

「くそ、ダメか」俺はシャドーボクシングをした。「いいアイデアだと思ったんだけどな。じゃあホントに俺たちは運営者の計画通り、ことを進めているってわけか。手のひらの上で踊らされているみたいで、むしゃくしゃするぜ」

「必ずしもそうじゃない。ぼくの知る限り、二つは事前資料にないことがある」

「なんだよ。俺とソフィアが、おまえの素性を見破ったことか」

「それもあったな。では合計三つになるか」


 ツバサは手を打った。

 こいつ、自分の落ち度は認めたくないのかもしれない。


「想定外の一つ目は具現化能力、及び事象改変。こんな異能はヒュプノスポッドの開発者にとっても青天の霹靂だろう。二つ目は、ケンが『ドッペル』と呼称する如才ないツアーコンダクターだ。ブリーフィングだと、〈塔〉の一階には紋切り型の案内人がスタンバイしているはずだった。判で押したような受け答えしかせず、想定問答集に未掲載の質問に際しては論理矛盾が生じて沈黙する。だから初対面時は周章狼狽した。彼女は人間固有の喜怒哀楽を織りなし、そつない応対をしたのだから」


 超能力とドッペルちゃん。その二つに、どんな因果関係があるのか分からない。

 でも脱出のキーポイントになる気がした。根拠薄弱な俺の直感だが。


「けど望み薄か。おまえ、超能力とドッペルちゃんのこと、雇い主に伝達してあるんだろ。だったら奥の手にはならないよな」


 俺は肩を落とした。


「ぼくは報告していない」

「は?」

「だから『ノータッチ』と言った。おまえたちの進捗については逐次伝えてある。ただし能力などについては、その限りでない。触れずに済むよう、巧妙に立ち回っている」

「なんで、だよ。契約違反になるんじゃないのか」

「向こうに戻って事後報告すれば済む話だ。把握するのが早いか遅いかの違いしかない」


 俺が腑に落ちない素振りをしたからだろう。ツバサが口を開いた。


「手札は残しておきたい性分なんだ。ない袖は振れないからな」


 野心家の不良スパイめ。依頼人に大目玉食らっても知らないぞ。

 まぁおかげで、一縷の望みは首の皮一枚つながったけど。


「私も、いいかな」


 俺とツバサの応酬に耳を傾けていたソフィアが、発言権を主張した。


「うん。何か思いついたことあるなら、言って。わらにもすがる思いなんだ。何が解決のきっかけになるか分からないし」

「たぶんケンくんの期待、裏切っちゃうと思う。先に謝っとくね。本当にふと思ったことなの。私とケンくんが実験の対象者なんだってことは分かった。甘んじて受け入れたくはないけど。ともかく私は思ったの。ツバサくんも、運営者同様にこの計画を外から眺める立ち位置なのかな、って」

「そう言っているだろう。ぼくは偽証などしない」

「違うよ。ツバサくんも〝だまされる側〟の気がするの」


 ソフィアのトンデモ発言に、俺とツバサはあんぐりした。


「ツバサくんはひたむきに仕事こなしていると思う。私たちに悟られることなく情報収集し、なおかつ私とケンくんに、きめ細やかなセーフティネットも張っていた。けどツバサくんを雇った人は、あなたも食い物にする算段じゃないかな」

「どういう、ことだ」


 ツバサから上から目線みたいなものが消えた。思い当たる節があるのかも。


「だってツバサくんも思念体で、命を落とすことだってあるでしょ。エージェントだから無敵、なんてことはない。あなたも民衆を人形化させるための『生贄』かもしれないよ。あとさっきの話が真実だとすると、こうも言えるんじゃないかしら。ツバサくんが現実へ戻ったときも、記憶を削除可能って」


 言い得て妙だ。そしてソフィアは言及しなかったけど、こんな見方もできる。

 ツバサが夢の中へ舞い降りた際、記憶をいじられてないとも限らない、と。

 もしかするとツバサにも、疑惑があったのかもしれない。だからこそ具現化能力を隠蔽したとも考えられる。


「君の予測がビンゴだとしても、何も策を講じられない。ぼくらが現実へ帰るには運営者の通行手形が必須なのだから。せいぜいできて彼らが調べあぐねて実験を終了するまで、懸命に生き延びること。ケンやソフィアくんだけが無力じゃない。ぼくも捨て駒同然だ」


 ツバサがシニカルに笑った。

 きっとこいつは実験の裏側に勘づいたうえで、一人苦悩したのだろう。使命を全うする義務感と、人身御供として歯車にされることへの反感で、板挟みだったのかも。

 だったら俺たち、相互に譲歩の余地がある!


「ツバサ、共同戦線張ろうぜ。スパイ行為とか過ぎ去ったことを蒸し返しても、不毛だよ。俺たち、明日に向かって手を取り合えるはずなんだ」

「また突飛なことを。短絡的な思いつきが、おまえのみならず、ソフィアくんをも危機に陥れるかもしれないんだぞ」

「おまえこそ俺にアドバイスする癖、抜けてないな。これでもまだ『やり直せるはずない』と言い切れるのか」

「…………」


 ツバサが口をつぐんだので、俺は多数決を採択することにした。


「ソフィアは、どう思う?」

「野暮なこと聞かないでよ。賛成に決まってるでしょ」


 気のせいかこの娘、一回りも二回りもたくましくなった。

 なるほど、ここは政府主導の飼育場なのかもな。けど悪いことばかりじゃない。

 劣悪な環境下に置かれて、ソフィアは成長したのだから。

 何より俺は彼女と巡り会えた。現実では交わらなかったであろう、えにしだ。

 ツバサにだって当てはまることだと、俺はとみに思う。


「俺もおまえも被害者同士だ。敵の敵は味方だろ。その考えに抵抗があるなら、刹那的な協調路線でもいい。おまえの雇い主に、一泡吹かせるまでのな」


 俺はウインクしてみせた。

 ツバサは眼をしばたたかせ、やがてため息をつく。


「片目にゴミでも入ったのか」

「この流れでそういう解釈しかできないなら、おまえの発想力は悲惨なくらい貧困だな」

「ふふ、分かったよ。誘っている、と受け取ってやる。ぼくが欲しいのだろう」


 誤解を生みかねない表現だ。実際、ソフィアのまなじりもつり上がりかかっている。

 おまえ個人ではなく、『ぼくの力』となぜ言えない。


「承った。不義理な雇用主に一矢報いるその日まで、おまえのバカ騒ぎに便乗してやろう。まずは何をする?」

「よっしゃ。んじゃ、レジスタンス結成記念に円陣組もうぜ。気合いを注入するんだ」

「断る」「やだ」


 ツバサとソフィアが、味気ない音色をハモった。


「ケンよ、おふざけがすぎると、上に特殊能力や反抗勢力のこと密告するぞ」


 なんという脅し文句だ。ジョークにしても笑えない。


「分かった。じゃあせめて手を重ねるくらい、いいだろ」


 俺が率先すると、ツバサとソフィアも不承不承二方向から手を伸ばした。

 三つのたなごころが重なり合う。


「野郎ども、絶対リアルへ帰ってやるぞ!! ファイトー」


 俺は檄を飛ばし、『オー』という唱和を待った。

 しかし、ときの声はかからない。


「オー」


 やむを得ず俺が一人二役したので、ますます場がしらけた。なんて幸先悪いんだ。

 いったん解散する運びとなり、ソフィアが部屋に戻る。


「最後に一つだけ確認事項がある」


 ツバサも帰ろうとしたので呼び止めた。


「なんだ、改まって」

「単なる思い過ごしかもしれないんだけど……」


 とっくに701号室は俺たち二人しかいないのだが、あえて声のボリュームをしぼる。

 壁に耳あり障子に目あり。どこで誰が聞き耳立てているとも限らないし。


 ツバサは俺の当てずっぽうを傾聴して、


「うむ。まぐれにせよ、おまえの憶測は大正解だ」


 至極あっさり認めやがった。


「でも、どうしてそんな手のこんだマネを」

「ケンに取り入るには、それがベストと考えたのさ。おまえは愛情より友情を取る男だと思ってな。だが結果として、ぼくの読みは外れたらしい。四六時中宝翔ソフィア嬢に鼻の下伸ばしっぱなしの、ぞっこんのようだから」


 弱った。一概に「心外だ」と言えないから。


「図星らしいな。取りも直さず、ぼくのチョイスが失策だったことを物語っている」

「まったく、おまえには振り回されっぱなしだよ。『木を隠すなら森の中』とばかりに、ウソを十重二十重に塗り固めた感じだもんな。まだ品切れじゃないなら、言ってみ。膿は出し尽くしたほうが、精神衛生上いいぞ」

「あとは、そうさな」


 ツバサが腕を組んで長考した。


「年齢くらいか。ぼくは高校生じゃない」

「年もサバ読んでるのかよ。まさかの年下、ってことはないよな」

「忘れたのか。ぼくはもっぱら政府のダーティ・ワークを執行する掃除屋だぞ。中学生のわけがなかろうよ。ちなみにぼくは裏稼業で『ダブルフェイス』と称されることもある」


 なんだその、中二病的キラキラ異名。

 じゃあ張り合って俺は『二枚舌』とかで──ううん。ものっそい、あか抜けない。却下しとくのが吉か。


「年長者だったとは目からうろこが落ちましたよ。いやはや俺なんて、有能なツバサさんの足元にも及ばないなー」

「手のひら返したような敬語だな。風見鶏め。感じ入るついでに、日ごろの非礼を詫びるといい」


 このスパイ、つけあがらせたら手に負えないな。


「偉そうに。どうせ、一・二歳しか違わねぇんだろ。誤差の範囲じゃないか」

「いいや、ぼくはとうに飲酒できる年齢だ」


 おったまげた。成人していて学生服を着こなすとか、どんだけコスプレ達者だよ。お水の商売とかで需要あるんじゃないか。

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