表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/35

[3―7]得るものなきデュエル

「偉いな。ぼくが手を下すまでもなく、自ら起きるとは」


 701号室に入るや否や、ツバサが皮肉をぶちまけてきた。

 俺は布団をたたみ、ベッドに腰かけている。出撃の支度と心構えは万端。心身ともに、戦場へ臨む武士のごとしだ。


「ツバサ、覚えているか。ガキのころの話だ」

「昔話なんて、どういう風の吹き回しだ。感傷的になっているのか」

「そうかもしれない。おまえと心ゆくまで語り合いたい気分なんだ」


 ツバサはうろんな面構えでワークチェアに腰を下ろした。

 続きを話してよし、という合図なのだと自己完結する。


「一緒に行ったピクニックで、俺が蛇に噛まれたときのことだよ」

「ああ、かすかに覚えている」

「犯行に及んだ蛇は噛み逃げしたけど、俺泣きわめいて身じろぎさえおぼつかない有り様だったろ。家族がテント張ってるキャンプ場へ、とても一人じゃ帰れそうにない。だからおんぶしてもらったんだ」


 ツバサは、やや言葉をためた。


「そんなことも、あったな」

「本当に感謝してる。俺はあのときの広い背中を、すげー心強く感じたもんだ」

「感謝されるいわれはない。苦境にあえぐ人がいて、救える力が自分にあれば、手を差し伸べるのが人情だろう。ましてやぼくたちは親友じゃないか。おまえを助けるのは、半ば義務みたいなものだ」

「俺を救うのは義務、か」


 ソフィアの話がなければ俺も額面通り、ツバサのセリフに感じ入ったろう。

 自分で仕組んだことなのに、言い知れぬわびしさを覚えた。


「すまない、ツバサ。カマをかけさせてもらった」

「なんの、ことだ」


 問い返すツバサ。こいつには何がカマかけか、不明確なのだろう。

 当たり前だ。だって幼少期の俺たちに、〝接点などない〟のだから。


「俺が蛇に噛まれて立ち往生したのは真実だ。でも肩を貸してくれたのはおまえじゃない。俺の姉さん、阿部倉チナツだ。生意気に指図するのが板についているけど、姉はここぞというとき、弟の俺を甘やかすんだよ。それが放任できないゆえんでもあるけどな」


 ツバサが絶句した。続いて舌打ちする。


「何がしたいんだ、ケン。ドッキリにしても、品性に欠けるぞ」

「そりゃ、こっちのセリフだぜ」俺は悪友を見据える。「おまえも俺をずっとたばかっていたろうが。『親友』なんつー、まことしやかなデタラメ引っさげてさ」

「気でも触れたか。ぼくがおまえをたばかり、どうなるっていうんだ」

「だから、それが聞きたいんだよ! 俺の『腐れ縁』などと粉飾して、おまえにどんな得がある。おまえはいったい、どこの誰なんだ!!」


 けしきばむ俺に、ツバサもしらを切り通せないと腹をくくったのかもしれない。大きく嘆息する。


「どこで気づいた。ボロを出したつもりは、なかったが」

「正直なところ、俺が見抜いたわけじゃない。ソフィアだよ。俺が死んだときのおまえの立ち居振る舞いに、不審な点を見いだしたらしい」


 ツバサが長い脚を組んで、乾いた笑いをあげる。されど瞳の奥は微塵も笑ってない。


「女の第六感は侮れんな。しかし察知するとしたら、彼女だと思っていた。もっとも『女だから』なんて、取ってつけた理屈じゃない。ソフィア嬢が慎重で弱腰だからだ。肝っ玉の小さい生き物は自分の身を守るため、外部刺激の些細な変化さえ目ざとく嗅ぎ取ろうと専心する。ぼくの偽装工作では、そのセンサーをかいくぐれなかったか」


 寡黙なツバサはどこへやら。いつにもまして饒舌だった。


「言い訳じみているが、彼女をぼくの監視下に置くことは反対だった。おまえだけでも手を焼くのに、正体が露呈しかねないリスクを背負いたくはなかったから。しかし上の判断でね。一介の雇われ人には、異議を申し立てる権限がない」

「つまりおまえは、誰かに金で雇われてるってことか。クライアントは誰だ。俺をだます目的は?」

「質問攻めされても、答えられない。ぼくもプロの末席を汚す者。守秘義務がある」


 予期した展開とはいえ、ショックを隠せない。俺の中にどこか『虚偽であってくれ』と願う部分があったのだ。

 でも今の言葉で確定した。

 ツバサは俺やソフィア側の陣営じゃない。なんらかの組織か権力を有する人間に、派遣された思念体なのだ。〝敵〟ということにさえ、なるかもしれない。

 ツバサがイスから立つ。


「察知された以上、おまえを野放しにできない。ただしぼくの独断に余る案件だ。処遇は上に委ねる。それまでしばし勾留させてもらうので、あしからず」

「できれば……おまえと争いたくない」


 俺が哀願するように言うと、ツバサは刹那言葉に詰まった。


「真相を暴いたのが、運の尽きだ。世の中には──知らなくていいこともある」


 ツバサが片手にマインゴーシュを顕現させた。


「やるしか、ないのか」


 俺もベッドから腰を上げた。


「ひと思いに無力化してやる」


 ツバサが短剣を手に、躍りかかってきた。


「黙ってやられると思うなよ」


 俺は毛布を手に取り、投げつけた。


「小ざかしい。目くらましのつもりか」


 ツバサが宙に舞う毛布を一刀のもとに切り伏せた。

 俺の真意は別のところにある。ツバサの注意をそらしたかったのだ。


「出し惜しみ、しているのか」


 ツバサが俺の手もとを眺め、眼光鋭く目をすがめた。声色に怒気をはらんでいる。

 俺は間隙を縫い、武器を物質化させた。ツバサは俺が生み出した得物に対して、批判的な態度を取っている。

 俺が具象化したのは鍛錬用の剣、木刀だった。


「まさか。俺は戸愚呂弟も真っ青の、百二十%フルバーストだぜ」

「ぼくもコケにされたものだ。木刀ごときでいなせると、高をくくられるとは」

「だから過小評価なんかしてないっつーの。おまえが格上なのは重々承知している。サシの決闘じゃ、俺に勝ち目はない」


 歯がゆくなったのか、ツバサが語気を荒らげる。


「だったら真剣でも出して、殺す気で来い! 生半可な気迫で、ぼくを討てると思うな」


 俺は含み笑いを禁じ得なかった。

 敵に塩送ってどうするよ。受け取りようによっちゃ、エールと変わらねぇぜ、それ。

 俺はもう一つの確信に至った。

 ツバサは俺たちを裏切っていたかもしれない。でもこいつは極悪人じゃないのだ。仕事だからヒールを演じている。

 それが分かれば言うことなし。俺なりのケンカを全うできる、ってもんだ。


「おまえの尺度で測るなよ、ツバサ。俺はおまえを殺さない。というかおまえだって俺を殺せない。これはデスマッチじゃないんだ。いがみ合いによる同士討ちさ」


 ツバサがギリっと歯を噛み、剣先を向けてくる。


「おまえこそ、自分のせせこましい物差しで測った気になるな。ぼくはおまえを血祭りにあげられる。赤子の手をひねるようにな。今から実践してやろう」


 カーペットを蹴り、ツバサがマインゴーシュを振りかぶった。

 袈裟切りを俺は木刀で受ける。勢い余り、刃が木の刀身にめりこんだ。

 ベッドとベッドの間で双方、つばぜり合いする。


「どうしたよ。もうネタ切れか、ツバサ」

「たわけ!」


 ツバサが俺のひざにローキックを見舞う。

 命中。俺の体勢が崩れた。同時に集中が切れ、木刀が消える。


「なにくそっ」


 俺は諦めず、警棒を出現させる。創造するや、下方から切り上げた。


「遅い」


 ツバサが横っ飛びでよけた。警棒の一閃が空を切る。


「勝負あったぞ。敗因は非情になりきれないことだ」


 ツバサが横合いから『面』を食らわそうとしていた。

 俺は崩れた体勢からの反撃を空振り、いよいよ姿勢制御もままならない。警棒を消して防具をマテリアライズしても、手遅れだろう。

 手詰まりだ。あとは刃が振り下ろされる様を座視するのみ。俺は運を天に任せた。

 待てど暮らせど、短剣が襲ってこない。ツバサは上段に構えたまま、手を止めている。

『非情になれない』のは、俺限定じゃなかったな。


「ほらな。やっぱできないじゃん。おまえは俺との縁を、断ち切れないんだよ」

「おまえの八つ裂きに、刀剣など過当で不要」


 ツバサはマインゴーシュを手放し、俺に足払いを仕掛けた。すってんころりん、と俺は転ぶ。すかさず手首をきめたまま、ツバサが寝転がってエビぞりになった。

 腕ひしぎ十字固め。

 相手のかいなを粉砕する寝技だ。


「降参してぼくに服従するなら、離してやる」

「や、やだねったら、やだね」


 俺は『きよしのズンドコ節』をインスパイアし、否定してみせた。


「ふむ。片腕はいらないとみえる」


 ツバサが体をのけぞらせ、俺の腕に対する負荷を増加させた。


「いだだだだだっ」


 もはや強がりも出てこない。腕の節々がきしみ、断末魔をあげていた。

 こいつは俺を死に追いやれないかもしれない。さりとて腕の一本や二本くらいならば、躊躇なく破壊できるだろう。

 このままじゃ俺は、隻腕のアバターになってしまう。

 それと同時に俺の中に別の疑念が去来していた。ホールドされた二の腕から伝わる感触が妙だ。元来あるべきものが欠落した、空虚感。

 こいつ、よもや──


「おとなしく軍門に下れ、ケン。さもなくば腕、脚の順で腱を断裂させる」

「い・や・だっ。降伏するものか」

「是非もない。ぼくは『やる』と言ったらやる男だ」


 ツバサが一層腕に力を入れた。

 マジであとがない。数ミリねじりが加わるだけで、間違いなく腕の可動域を超える。

 潮時、か。背に腹は代えられない。〝伝家の宝刀〟の出番だ。

 可能ならば振りかざしたくなかった。相手の弱点をほじくり返すのは、フェアじゃないから。でも俺たちがやっているのはスポーツじゃない。ルール無用の果たし合いだ。

 俺は言った。タイマンでは勝算がない、と。

 けどそれは規則にのっとる試合の場合だ。倫理観や道徳を無視すれば、俺にだって勝機は残されている。

 俺はソフィアに宣誓した。『生き残って現実世界に帰る』って。

 だから、討ち死にするわけにいかないんだ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ