表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/35

[3―5]なにげない日々に入るヒビ

 九階は『運』が試されるステージだった。フロア正面に巨壁があり、珍しくメッセージプレートがある。


『正しき行路を選択せよ。不正解の場合、なんじに死の鉄槌が下るであろう』


 手前にトロッコが五台あり、巨壁にもすだれのかかったほら穴が同数ある。トロッコに乗って五つあるルートのどれかに突入しろ、って趣旨に違いない。

 俺は、高校生クイズの『○×問題』を想起した。『○』と『×』が書かれた発泡の板に突撃して当たりはマットレス、外れは泥池にダイブするあれだ。

 ただ通常のクイズではあり得ないギミックがある。

 トロッコと壁の間が虚空なのだ。

 へりまではレールが続くのに、断崖までくるとぷっつり途絶えていた。これじゃ五ある関門へ到達する前に、暗闇の深淵へ真っ逆さまじゃないか。

 試しにレールを開始地点から手でなぞってみると、奇妙なことに〝途切れなかった〟。レールがないのに鉄の感触だけある。見えはしないけど存在する、ってことだろう。

 すなわち五つの門まで、不可視のレールが続いているのだ。

 だとしたら対処のしようもある。


「カンニングさせてもらおうぜ」


 どのルートを選べばいいか事前に知っていれば、いきおい、犬死にすることがなくなる。ツバサとソフィアも異議申し立てしなかった。

 俺は砂粒を具現化させ、インビジブルレールに降りかけた。異物が混じってステルス性が損なわれ、薄ぼんやりと姿を浮かび上がらせる。不正かもしれないが、高校生クイズと違って審判員はいない。これは確実性を高める方策と割り切り、断行する。

 俺は砂をまぶした枕木を歩きつつ、ゲートに到着した。すだれの奥をのぞき、またぞろ砂を降ってみる。真ん中の道はダウトらしい。

 次に隣の、右から二つ目のルート。こっちがビンゴだった。

 すだれから顔を出し、二人に成果を告げる。


「おーい。ここが正解みたい」


 俺たちは右から二番目のトロッコに搭乗し、快調に死のあみだくじをクリアした。

 ただし『終わりよければ、すべてよし』とまではいかない。ソフィアとツバサがやたら疎遠なのだ。

 もとよりツバサは人付き合いに消極的だけど、ソフィアもかかわり合いを避けている気がしてならない。俺が他界している間、口論でもしたんだろうか。

 確かめるのも踏ん切りがつかず、口にできぬまま俺たちは九階を攻略した。



≒ ≒ ≒ ≒ ≒



 二桁の大台、十階へ挑むにあたって二人は俺のコンディションを案じ、シャトレーゼで仮眠することになった。

 俺は布団をかけずに眠気がくるのを待ちつつ、ベッドであおむけになっている。

『コンコン』とノックされたのは、俺がまどろみ始めたときだった。


「はーい、ちょっち待ってね」


 ぼやける目元をこすりながらドアまで歩く。

 扉を開くと、何やら切迫した人相のソフィアがいた。


「どした。神妙な面持ちなんかしちゃって」

「起こしちゃった、かな」

「いいよ。本来はインターバルなしでも十階に行けたんだから。どうぞ入って」


 俺が招くと、会釈してソフィアが入室する。なんだか他人行儀だった。

 俺は定位置の窓側ベッドに座り、もう一つを彼女の着座場所として勧める。

 ソフィアは座って居住まいを正し、俺と真正面から向き合った。


「折り入って、大切な話があるの」


 自然と俺の気分もしゃきっとした。

 もしや彼女、一大決心して愛の告白とかしにきたんじゃ。

 ご都合主義がむくむくと膨れ上がる。


「な、何かな」


 俺の口調がどもり気味なのは致し方ない。

 プラチナブロンドの美少女から愛をささやかれるなんて、一世一代の正念場だ。


「単刀直入にいくね。ツバサくんって、ケンくんの親友なのかな」


 俺の落胆ときたら筆舌に尽くしがたい。全身に張り詰めていた力が抜けた。


「今更どうしたの。そんなの当たり前じゃん」

「ツバサくんがどういう人か、言える?」

「言わなくても分かるでしょ」

「いいえ。ちゃんとケンくんの口から聞きたい」


 ソフィアがきっぱり言いきった。

 ツバサと彼女の確執、予想以上に根が深いのかもしれないな。


「はいはい、分かりましたよ。榊ツバサは小中高と同じ学校に通う、俺の腐れ縁。榊電子の一人息子で、眉目秀麗に文武両道ってゆうチートボーイだ。あれで愛嬌がありゃ、鬼に金棒なんだろうね。神様も一つくらい欠点を与えてくれて、良かったよ。でないと逆立ちしたって歯が立たないし」


 俺の説明を、ソフィアは一語一句漏らさず傾聴している。


「小学校から一緒なんだよね。だったら二人の思い出話、してみて」

「まだ疑ってるの。これってなんかの心理テストかな」

「お願いよ、ケンくん。どうしても確かめておかなきゃならないの」


 女子に懇願されて茶化しては、男の名折れだ。

 俺は腰を据えて、ソフィアと相対することにした。


「あいつとのエピソードだろ。よりどりみどりだから、どれをピックアップしようかな。たとえば──」


 言葉が続かなかった。

 彼女をだまくらかそうとか、いたずら心に火がついたんじゃない。

 俎上に載せるはずの思い出が、行方不明なのだ。ツバサとの記憶が混濁している。

 そんなわけがない。ツバサは俺のダチ公だ。


 なのにどうして〝一つも〟出てこない?


 俺のこめかみと背中に、脂汗がにじんできた。

 過去を思い浮かべたとき、ツバサは記憶の中にいる。小学校時代の遠足、社会科見学に運動会、そして学芸会に修学旅行。卒業式も含め、どの催しにもあいつがいるんだ。

 にもかかわらず「二人で何をしましたか」と問われると、流暢に返答できない。空白が俺の脳内を埋め尽くす。先述の行事に関しても、ツバサとどういう言葉を交わしたかさえ定かじゃなかった。

 おかしい。絶対にこんなことないはずだ。

 だって一緒に過ごした思い出のない友達など、支離滅裂だもの。


「思い出せないのね」


 ソフィアが確信に満ちた面差しで言った。


「ち、違うんだ。少しとぼけているだけで……あっ、そうだよ。俺、一回死んだじゃん。いまだに記憶を司る海馬だけ、復調してないかもしれないし」

「現実から目を背けないで。あなたはそんな弱い人じゃないでしょ」


 ソフィアの断言に、俺はたじろいだ。

 確かに俺は記憶の落丁というパターンを、はなから排除している。それは『現実逃避』と呼ばれる自己防衛だ。


「もしかしてツバサくんを思い返そうとしたとき、心霊写真みたいにならない?」


 健常な人が耳にすると、「アホくさい」と一笑に付すかもしれない。

 けどソフィアの指摘が俺にはしっくりきた。

 そうだ。ツバサとの記憶は、心霊写真に近い。

 あいつは過去の風景に存在する。でもその季節、その場所で何をやったのか覚えてない。ツバサはいるのに、共有された思い出がない。

 あいつが、写真に紛れこんだファントムみたいに思えるのだ。


「どうしてソフィアは、分かるの?」

「簡単よ。『私も』だから」


 彼女の答えは短く、もろもろ省略しすぎだと思った。


「初めに違和感を持ったのは、八階でケンくんが消えちゃったとき」


 やおらソフィアが語り始めた。

 補足説明なのかも。とりあえず俺は聞き役に徹することにした。


「私、泣き崩れて、しばらく身動き取れなかった。ツバサくんも沈痛な顔つきしていて、動こうとしない。だから私、彼が引け目を感じて悲嘆に暮れてると思ったの。涙を拭いて励ましてあげないと、と決意した」


 ソフィアは自らを律し、他者に温情をかけられる人だ。誰でもできることじゃない。


「『ツバサくんのせいじゃないよ。ケンくんは望んで、ああしたんだと思う』と言ったの。そうすればツバサくんの肩の荷が下りると思って。でも彼は思いもよらない返事をした。『なぜぼくをかばうんだろう。なんのメリットもないのに』って」


 ややもすれば、損得勘定ととらえられる発言だ。ツバサにしてはうかつだな。


「私びっくりして『親友だからでしょ』と言い返した。すると彼、『ああ、そうだったね』と愛想笑いして……」

「深刻になることないんじゃない。口からついて出ただけ、って可能性も」

「ツバサくんも『冗談だから忘れてくれ』と念を押してきた。でも私、目の前で人が亡くなったのにジョークを飛ばす神経が信じられない。それも赤の他人じゃなく、最も親しい友達よ。笑いで済まされるレベルを超えてる」


 ソフィアに論破され、俺はだんまりを決めこむしかなくなった。


「そこで私の中に、突拍子もない仮説が芽生えた。ツバサくんはケンくんの友人じゃないかもしれない、という考えが」


 論理の飛躍じゃあるまいか。


「何を根拠にそんなこと」

「女の勘よ」


 取りつく島もない。


「でもさっきもう一つ確証を得た。ケンくんの中に、ツバサくんとの思い出がない。それは揺るがしがたい事実でしょ」


 そこを盾に取られては俺も閉口するしかない。

 事実、ツバサと積み重ねた記憶がないのだから。


「で、心霊写真の話に戻るけど、私にも残りカスがあるの。ケンくんと初めて会ったとき、大柄な男性とごたごたしていたでしょ」


 ゲイのゴリラ男だ。あいつも〈塔〉を登っているのだろうか。


「私はあの人の名前すら知らない。でもなぜか記憶のアルバムに、彼がいるの。あたかも『近所のお兄ちゃん』みたいなポジションで、頭の片隅に居座っている」

「名も知らないのに、接点はある? そんな摩訶不思議なこと、ないと思うけどな」

「うん。ここからは私の推測よ。あらかじめ言っておくと、証明する手立てはない」


 ソフィアがもったいつけて前置きした。


「リアルの私たちが眠りにつくヒュプノスポッド。あれには利用者の記憶をコントロールする機能が、搭載されているんじゃないかしら」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ