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[2―9]まことしやかなウソから出た誠

「えっ、そんな簡単に?」


 ソフィアが素っ頓狂に問い返した。


「うん。ってか、俺は君の主張を疑わないって。それとも全否定のほうがよかった?」

「う、ううん。ケンくんに信じてもらえて、本望。でも、あまりにあっけなくて肩の力が抜けたというか」

「君の友達に啖呵切ったとき、半分以上はマジ発言だったんだ。俺、自分がどう思うかを最優先にするんだよ。俺はソフィアを信じたい。だからそうする。仮に君の、真に迫った釈明が建前だとしても、俺に人を見抜く目がなかっただけだから」

「自分のしたいことを優先する──初志貫徹ってこと?」

「そんな大層なものじゃないよ。俺は独善的で、自分の欲望に忠実なだけ」


 ソフィアはぽかんと開けた口を結ぶ。そしてつぶやいた。


「私は利己的に生きられない。だからケンくんが、うらやましい」


 俺は返事に窮した。だって人からうらやまれること、滅多にないから。


「マオちゃんがあれやこれやと、私に命じていたでしょ。『死ね』は夢での誇張だけど、習慣づいてるの。『宿題写させて』や『ジュース買ってきて』くらいなら、かわいいものかな。でも中には無理難題もある」


 ソフィアの風貌を当てにした『客寄せパンダ』のくだりか。

 でも「飲み物買ってこい」だって、かわゆくない気がするな。


「私、嫌なことでも断れないの。何かを頼まれたら私がどうしたいかより、断ったときに失うものを惜しんで、萎縮しちゃう。そういう優柔不断さと決別したくて【スリーピングビューティー】計画に志願したの。非日常のイベントを体感したら、何かが劇的に変わる気がして。幸い、私のバイト先にコネがあったみたいで、お願いしたら入れてもらえた。モデル事務所としても、このプロジェクトに所属タレントが参加したという話題作りとか、箔をつけるって思惑があったみたい」


 コネクション、か。もしかすると俺も高倍率を勝ち抜いたんじゃなく、金持ちのツバサの計らいでねじこんでもらったとか──考えすぎかな。


「夢の世界に来て、形から入ろうと思ったの。だから普段まずしない、男の子の格好してみたんだけど、かえって人目につく結果になっちゃった」


 男装が堂に入って、ホモのゴリラーマンを招き寄せたんだもんな。ソフィアに罪があるとしたら、美の女神に溺愛されていることなんだろう。


「そのおかげでケンくんたちと知り合えたんだし、悪いことばかりじゃなかったけどね」

「俺も君と会えて、よかったよ」


 ソフィアは照れくさそうにはにかむ。


「あっ、話がだいぶ横道にそれちゃったね。私は自分を変えたくて、夢の中にやってきた。そして『ケンくんが理想像に近い』と思ったの。他人におもねることなく、自分の意見を表明できる。そういう人に、私はなりたい」


 ツバサから言わせれば、「我が強すぎ」になるんだけど。

 ものの見方は一面的じゃない、ってことかな。


「物質化能力を身につけてステップアップを期待したけど、私は軟弱なまま。他人の見解に流されて、波風立てない方法ばかり腐心する。私ってダメだね」


 ソフィアが儚げに作り笑いした。

 似合わない。彼女の美貌には、明るい笑みこそふさわしいはずだ。


「ダメなものか。俺、言ったろう。君は『素敵な女の子だ』ってね」

「でも……私」

「俺からちゃちなアドバイス。まず君自身を肯定的に受け入れるところから始めてみちゃどうだろう。何かの本で読んだけど、『自分を愛せない人は他人も愛せない』らしいんだ。ありのままを許容したうえで、『こうなりたい』と目標掲げたほうが楽しいよ。自己嫌悪しながら変わろうとするの、見るに忍びないもの」


 ソフィアが金色の眉尻を下げる。


「私、人に誇れることなんて何もない。空っぽな人間だから」

「誰がそんなこと言ったの?」

「誰がって、私がそう思って」

「ストライクバッターアウトー」俺はサムズアップした。「まったく、ソフィアはなってないな。これで『変わりたい』とか、ちゃんちゃらおかしいね。へそで茶が沸くぜ」


 ソフィアがむっとした顔つきになる。


「私をバカにしてるの?」

「まーね。君は現状分析がおろそかだ。マオの言葉を借りるけど、進歩がない」

「私が人より数段劣っているのは、誰の目にも明らかでしょ。改めて言われなくたって、痛いほど分かってる!」

「だから、そうじゃないって。ソフィアは真面目で心が温かい、とってもチャーミングな女の子だよ。ぶっちゃけ、今のままで申し分ないと俺は思う。もし『付き合ってください』と告られたら、二つ返事でOKするね」

「わわ、わらしがケンふんに、告白するわけないれしょ」


 テンパっているのか、ソフィアはところどころ噛み噛みだった。


「はいはい、身のほどはわきまえてますって。つまり俺が言いたかったのは、今の君でもまぶしいくらい魅力的、っつーこと。だからアイデンティティを否定的にとらえるのが、筋違いと感じたわけ。ご理解いただけたかな、プリンセス」


 ソフィアは微妙にむくれて、「はい」とも「いいえ」とも言わない。

 あとひと押し必要かも。


「もし世界中の人が納得しなくても、俺だけは言い続ける。宝翔ソフィアはかわいくて、いとおしくて、守ってあげたくて……それからそれから、ペロペロしたくて」

「も、もういい。やめてよ。顔から火が出そうになる」


 頭隠して尻隠さず。ソフィアは両手を顔面に添えて不可視にしたものの、真っ赤っかな耳は丸見えだった。


「一連のケンくんの言葉を参考にして、どうするか考え直してみる」


 くぐもった声音ながらも明言した。

 さとい彼女のことだ。前向きな結論に至ってくれるに違いない。


「あ、ソフィア。色恋ネタからインスピレーション受けて、閃いたことあるんだけど」

「今度は何」


 ソフィアは指の間から、青い双眸で見返してくる。

 やけに警戒してるな。取って食いやしないのに。


「逆ナンとかコンパ断りたくなったら、俺の名前使えばいいよ」

「どういう、こと?」

「新しい出会いを求める場に誘われたとき、『特定の男がいる』ってでっち上げれば切り抜けられるっしょ。『ヤキモチやきの恋人の束縛、きつくてさ』とか言ったら、君の友達だって折れざるを得なくなる。俺は世にも恐ろしい、ストーカー彼氏だよ」


 ソフィアが呆然とする。


「ケンくんと私が付き合ってる、と吹聴するの?」

「体裁上ね。偽物の恋人契約だよ。ドタキャンする名目で名前貸すくらい、どうってことないし」


 俺は拳で胸をたたいてみせた。


「マオちゃんに『証拠出せ』って言われたら、秒殺で露見しちゃうんじゃ」

「その発想はなかったな。どうしたものか」


 俺が手をつかねていると、


「プリクラとか、ツーショットの写メがあれば、信憑性増すかも」

「いいね。グッドアイデアだよ、ソフィア。でもリアル世界でやらなくちゃ、どうしようもないよな。ここで撮影しても物証にはならないし」

「ふ、ふ~ん。じゃあしようがないから、現実に帰ったら一緒に撮ってあげようかな」


 うん? いつの間に俺が、依頼する立場にチェンジしたんだろ。

 まぁいいや。だってその写真、俺だって流用できるもの。


「どーだ。俺の彼女、超イケてるだろ。今をときめく読者モデルなんだぜ」


 羨望の的になる俺がまざまざと見える。

 ぐふふ。ひれ伏すがよい、独り身の諸君。俺もリア充(自演乙)の仲間入りだ。


「了解だよ。絶対帰って、仲むつまじいツーショットを撮ろう」


 ソフィアはこぼれんばかりの笑顔で、小指を差し出してくる。


「約束だからね、ケンくん」


 彼女のおかげで現実に帰る理由が一つ増えた。

 よーしっ。なんとしても〈塔〉を制覇してやんぞ。そしてネクストステージ(ソフィアとのエア熱愛)へ羽ばたくのだ。

 小指同士を絡め、俺は抱負を刷新させた。



≒ ≒ ≒ ≒ ≒



「この恩はきっと返すから」


 701号室から去り際、ソフィアが言った。

『持ちつ持たれつの間柄なんだから、義理堅く構えることないのに』と思ったものの、口にすると頑として折れないと予想できたので、俺は「うん」とだけ答える。

 ソフィア、変なとこ意固地だからな。もっと寄りかかってくれていいのに。

 こういうぶきっちょな点から推察しても、彼女が逆ハーレムなんか作れてないと分かる。甘え下手な魔性の女、なんて商売上がったりだろうから。


 ただソフィアの恩返しが間を置かず実行されることになろうとは、つゆ知らなかった。

 人生万事塞翁が馬。思いもかけないことは、不意打ちでやってくるのが定石らしい。

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