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[2―8]自作自演のジ・エンド

「だから言ったじゃん。あんたがどう思おうと勝手だ。俺は俺の意志で、ソフィアと交際している。あんたの許可なんかいらないね」

「世界を敵に回してまで、そんなさもしい女と添い遂げる覚悟があるのか」

「ややこしく考えすぎ。世界や世間なんざ、知らないって。俺は冒険したいから〈塔〉へ来た。親密になりたいからソフィアと一緒にいる。俺はやりたいことをエンジョイしてるにすぎない」


 マオは拳を握るだけで、反撃してこない。


「そういうことだ、ソフィア」


 俺は腕の中にいる金髪少女へ話を振った。


「え、でも、マオちゃんに言ってたんじゃ」


 ソフィアは急展開についていけないらしい。

 違うよ。俺はマオを通して、ソフィアと対話したつもりなんだ。


「ソフィアはどうしたい? もしも屋上から身を投げたいなら、俺はもう止めない。何を望むにせよ君が選んだ道を、俺は全力で支持する」

「私はマオちゃんから見限られると、学校で居場所が」


 ソフィアは即断できないようだった。


「ただ一個だけお願いがある。他人の意見に左右されないで。万人の顔色うかがったら、キリがないだろ。ソフィアの本音、聞かせて欲しいんだ」


 ソフィアがくしゃっと表情をゆがめる。


「私は……生きたいよ。ケンくんと、旅を続けたい」


 白皙の頬に、涙が一筋伝った。


「よく言ったね。やればできるじゃん。やっぱ素敵な女の子だよ、ソフィアは」


 俺は金色の髪の毛をなでた。ソフィアは泣くのに忙しいのか、嫌がらない。


「あたしに反旗を翻すってことかしら、ソフィア」


 マオが苦し紛れのセリフを吐いた。

 ソフィアは指で涙を拭い、


「腕をほどいてケンくん。私はもう平気だから」


 後ろ髪引かれる思いだが、俺は彼女の望み通りにした。

 ソフィアは離れると見せかけ、右手を俺の左手に絡める。恋人つなぎだ。


「でもちょっぴり支えてもらっていいかな。私に立ち向かう勇気、分けて欲しいの」


 俺はただ、彼女の指を強く握り返す。

 ありがとう、とソフィアはほほ笑んだ。


「ごめん、マオちゃん。私死ねない」

「あたしたちと絶交することになるよ」


 マオほか三名が、ソフィアに冷たいまなざしを縫いつけた。

 ソフィアが泣きはらした赤い目で、毅然と彼女たちを見返す。


「それも嫌だけど、旅路を途中で投げ出すのは、もっと嫌だから」

「ふん、好きになさい。あんたのことなんか、もう知らない。バカやって、野垂れ死ねばいいんだ」


 視線を先にそらしたのは、マオたちだった。

 すなわち、ソフィアが己の暗黒面に打ち勝ったのだ。


「行こうか」


 俺は勝者の手を引き、マオの脇を通り抜けた。

 給水塔の小高い部分に階段があり、タラップをよじ登る必要がある。スカートの関係上ツバサ、俺、ソフィアの順でトライすることになった。

 俺ははしごを登りきったあと、ソフィアに手を貸して彼女の登頂を補助する。さっきの流れでしばし手をつないでいると──


「あんた、心通わす仲間と巡り会ったのね」


 風鳴り音に紛れそうな声量で、マオが言った。空耳じゃないだろう。

 だってソフィアもぱちくりとまばたきしているから。

 マオは背中を向けたままで、こちらへ振り返ろうとしない。

 彼女のセリフが自律的なものか、ソフィアの本心か、俺には判断できなかった。



≒ ≒ ≒ ≒ ≒



 六階を攻略後、みたび俺たちはシャトレーゼへ帰投した。

 体調は万全でエナジーが尽きる懸念もない。ソフィアを落ち着かせるためだ。

 手を結んでいる間、彼女はずっと震えていた。だいぶ神経がすり減ったに違いない。

 俺がやんわり提案すると、ツバサは異を唱えなかった。一見すると鉄仮面の朴念仁だが、あいつもソフィアをおもんぱかったのだろう。


 俺は第二の我が家、701号室でくつろいでいた。窓寄りのベッドで大の字になる。

 眠くない。かえって目がさえていた。

 ソフィアの華奢な腰つきや手の感触が、まだじんわりあるからだろうか。試しに残り香チェックしようと手のひらを鼻のそばに持ってくと、扉をノックされた。

 どうせツバサだ。

 二時間後の集合を俺がすっぽかすと見越して、カギを強奪しに来たに決まってる。

 俺はルームキーを握り、出入口へ向かった。故意にしかめっ面をする。


「ほらよ、ご所望の品だ」


 扉を開けると、ソフィアがいた。ハトが豆鉄砲食ったような顔つきをしている。

 なんと間が悪い。これじゃ俺が因縁つけているみたいだ。


「ごめんなさい。取りこみ中、よね」


 ソフィアがきびすを返しかけたので、焦って引き止める。


「じゃなくてツバサと間違えたの。俺はご覧の通り、ぐうたらしてるよ。ニート阿部倉と呼んでくれたまえ」

「入っても、いいの?」

「もちのろんだとも。逆に聞きたい。俺が君の頼み、断ったことあるかな」


 ソフィアが口元をほころばせる。


「数えきれないくらい」


 はて、そうだったろうか。

 俺が思案していると、「お邪魔します」とソフィアが入ってきた。扉を閉め、彼女を奥に誘導する。


「適当に座って」


 未使用の廊下側ベッドを促した。


「私の部屋と間取りおんなじだね」


 ソフィアは室内をひとしきり眺め、布団の上に腰かけた。


「画一的で機能性に定評がある、ビジネスホテルだからね」


 俺も彼女と真向かいの形で、ベッドに腰を下ろした。

 ソフィアが所在なさげに口を開く。


「アポなしで来ちゃってごめん。変な意味じゃないから」


 変な意味とはなんぞや、と思って俺は気づいた。

 ホテルの一室に年ごろの男女が二人。考えようによっちゃ、アダルティーな展開かも。

 もっともソフィアに先手を打たれたので、下世話な行為に及べなくなったけど。


「俺はいつでも、ばっちこいだって。喜んで話し相手になるよ」

「うん。マオちゃんの件で、きちんとお礼言いたくて」


 ソフィアの切り返しは生真面目だった。

「人恋しくて」とかいう答えを期待した俺が、間抜け極まりない。


「改まって礼するほどのことじゃないよ。俺がしたくて首突っこんだわけだし」

「でもけじめはつけたいの。どうもありがとう。ケンくんがいさめてくれなかったら私、ここにいなかったかもしれない」


 ソフィアが座った状態で、こうべを垂れた。


「まぁ、なんだ」俺はほっぺたをぽりぽりかく。「ソフィアが快活でいてくれて、何よりだよ。これでチャラね。顔上げて」


 ソフィアは背筋を伸ばし、そろえた太ももに手を置く。


「ツバサくんから教えてもらった。マオちゃんたちのあらましを。私の負の側面を主軸に形成されてたんだね」

「じゃあ『おめでとう』と言うべきかな。君が晴れて、弱点を克服できたんだから」

「ううん、乗り越えられてはいないよ。未練がましくマオちゃんとの絆にしがみつこうとする自分が、いまだにいるもの。たとえまがい物の友情でも、ね」


 彼女は自認しているのだ。マオたちとの関係性が、友情と似て非なるものだと。


「幻のマオちゃんが言ってたことね、嘘八百でもないんだ。そりゃそうだよね。私の弱い部分が反映されているんだもの。擬似的な私、といっても過言じゃないし」


 ソフィアは一拍間をあけた。


「実はお礼のほかにも言いたいことがあるの。ケンくんはマオちゃんの話を聞いて、どう思った?」


 忌憚のない意見を述べさせてもらえるなら、「あんな連中とつるまないほうがいい」になる。けれど果たしてそうぶっちゃけることが、彼女のためになるのか判然としない。

 俺が口ごもってると、ソフィアは別の意味で解釈した模様だ。


「幻滅、したよね。いえ、『汚らわしい』と感じたかな」


 なぜ俺が彼女に幻滅せねばならないのだろう。


「ハブられる原因が、ボーイフレンドをとっかえひっかえじゃ、ドン引きもするよ」


 あー、確かに幻のマオ、そんなこと言っていたような気もする。


「私は共学の中学で、爪はじきにされることが多かった。おもに想いを寄せた男子を巡る、女の子との軋轢が絶えなくて。私が男の子に何か働きかけたわけじゃない。女の子を敵にしたくもなかった。でも私がどっちつかずの日和見主義だったせいか、事態は悪い方向に白熱しちゃって……。そういう男女関係の煩わしさに、疲れたの。もう懲り懲りで、女子だけの学校に行けば平穏無事に過ごせると思った」


 寵愛三昧ってのもバラ色じゃないんだな。

 モテ期到来の兆しすらない俺には、縁のない話だけれど。


「でも同じ中学に通っていた女の子からうわさが広まり、高校に私の居場所はなくなった。だからマオちゃんから話しかけられたことは、うれしかったの。たとえ打算で利用されると分かっていても、一人でいるよりマシだった」


 それなら分かる気がする。学校内で孤立無援は身の置き所がないから。


「私に友達が少ない、というのは本当よ。でもこれだけは信じて欲しいの。私は男の子をはべらせたことなんてない。二股や三股かけるほど、尻軽でもない。というか、そもそも恋愛経験がなくて……。私の言葉なんて、空々しいかもしれないけど」


 ソフィアは目を伏せた。太ももに載せたたなごころを、握りしめている。


「信じるよ」


 俺は間髪入れず答えた。

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