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[2―7]自発的なジハード

「ソフィアさぁ、愚鈍なくせに男を囲いこむことだけはいっぱしよね。ほらのろまさん、ぐずぐずしてないで、早いとこ飛んでよ。あたしらだって暇じゃないんだから」


 マオが横にずれ、ソフィアと目線を交えようとした。

 すかさずツバサも横歩きし、盾の役割を継続する。


「あんたはお呼びじゃないのよ、部外者の優男くん」

「彼女はぼくのチームメイト。まるっきり無関係でもない」

「はんっ。聞き分けないようだと、きれいなお顔に醜い傷跡がつくよ」

「やれるものならやってみるといい。ぼくの仮説だと、負け犬の遠吠えでしかないが」

「誰が負け犬だ、こら!?」


 マオが色めき立ち、ツバサに詰め寄った。一触即発の気運が高まる。

 ツバサが掌中にジャックナイフを具現化させた。

 突然現れた凶刃に、マオがたじろぐ。


「おい、ツバサ。女相手にナイフで武装は、やりすぎじゃないか」

「妙な幻想も大概にしろ、ケン。おまえは女の怖さを知らない。ときには寄ってたかって仲間の一人をつるし上げるくらい、造作もなくやってのけるんだぞ」


 ツバサに言い返され、俺は反ばくできなかった。

 目の前の光景が、ツバサの証言が『正』であると裏づけている。


「これはやや特殊な例だがな。あと早合点するな。刃物はハンディキャップだ」


 ツバサがナイフの刃先をつまみ、マオに柄を差し向けた。


「使うといい。切れ味は折り紙つきの一級品。持った途端爆発する心配もない」


 マオは頭上にクエスチョンマークを浮かべつつも、凶器を受け取った。

 ツバサが学生服の第二ボタンを親指で示す。


「心臓はここだ。人体最大の急所を貫けば、いともたやすく人は絶命する」

「どうして、あたしがあんたを刺さなくちゃいけないのよ」


 マオの疑問はもっともだ。俺にも何が何やら分からない。


「ぼくが気に食わないんだろ。だったらやるといい。ソフィアくんの金魚のフンじゃないと証明してみせろ」

「あたしはソフィアのおまけじゃない!!」


 激高し、マオはナイフで刺突した。

 ただし狙いはツバサの胴体じゃない。〝ソフィアに向けて〟刃を突き出す。


「やはりぼくには攻撃できない、か」


 予見していたのかツバサが、ナイフを握るマオの手首をわしづかみした。

 ソフィアは突飛な展開に臆したのか、その場で尻もちをつく。


「離せ、スカし野郎」


 マオの要望に沿い、ツバサは彼女を腰巾着のほうへ払いのけた。ついでにイメージ製のジャックナイフも消失させる。


「どういうこったよ、ツバサ」


 俺は近寄り、声をかけた。


「おまえがドッペルと呼ぶ案内人に近しい存在だ。ただし、ぼくら一人ひとりに感応して形成されたわけじゃない。彼女たちは、ソフィアくんの疑心暗鬼の成れの果てさ」


 ツバサがひそひそと答えた。


「ピンとこない。少しレベルを落としてくれ」

「えーとな。思うに、彼女たちのパーソナリティーはソフィアくんが大本になっている。とりわけ、ネガティブな要素を抽出してな。ケンも他人に対して多かれ少なかれ『こいつ、自分の悪口言ってるかも』と被害妄想に駆られることがあるだろう。彼女らはそういった種々雑多なマイナス思考を凝縮したモブキャラ、と言える」


 俺はマオを始めとした四人のJKをチラ見する。


「つまり、ソフィアのダークサイドを濃縮した連中、ってことか」

「当たらずといえども遠からずだな。博愛主義者のソフィアくんは、他者への武力行使に抵抗あるようだ。ゆえに無意識下にせよ危害を加えられるとしたら自分のみ、と当たりをつけた。いわばこのフロア、彼女を責めさいなむステージなのだろうよ」


 ソフィア専用の煉獄か。やるせない話だ。代われるものなら代わってやりたい。


「どうすれば女どもを倒せると思う」

「何をもって『倒す』と定義するかにもよるが、有無をいわさず殲滅、というのが最速の方法だろうな」

「却下だ。そんなのは最終手段にもならない」


 ツバサが鼻を鳴らす。


「かたくなだな。とすればソフィアくんの意識を変革させるほかない。元凶を除去できるのは彼女のみ。だが心得ろ。彼女が恐れをなすほどモブを増長させ、脅威が増大する」

「苦手意識の克服、ね。だったらこの話、包み隠さずソフィアに教えてやりゃ、万事解決するんじゃないか」

「あまりおすすめはしない。それでなくとも彼女、困惑しているだろう。混乱した頭に、『気をしっかり持て』なんて当たり障りない忠言が届くと思えない」

「うー。そだな」


 間接的にソフィアの意識を改革せよ、か。至難の業だ。


「ソフィア、立てるか」


 とりあえず俺は、へたりこんでいる彼女に手を伸ばした。


「う、うん。ありがと」


 ソフィアは手を取り、緩慢に立ちあがった。


「優しくされてよかったね、ソフィア。いつもいつもあんたには手を差し伸べる男がいる。マジでムカつくんだけど。どうしてあんたばっか、いい思いするの。あたしらだって努力して、かわいさキープしてるのに」


 マオが再び口撃を始めた。気もそぞろだったソフィアが、我に返ったからだろうか。


「街角で読者モデルのスカウトマンに声かけられたときだって、そう。あんた、露出度の高い服着て、フェロモンまき散らしてたもんね。男を誘惑しないと気が済まないんでしょ。猫かぶりの色香にだまされ、あいつはソフィアだけに名刺を渡した。あたしのことは歯牙にもかけず」


 マオが歯を食いしばる。きしめく音が聞こえてくるようだ。


「あのときはマオちゃんが『薄着しろ』と指示したんじゃない。そのほうがナンパされる確率上がるから、って。私は恥ずかしいから嫌だったのに」

「そんなの、事前に一言も言わなかったでしょ。あたしが無理やりやらせた、とでも? なんでもかんでも後付けで他人のせいにする、あんたの常套手段ね。まるで進歩がない。『私は悪くないの。だってやれと命令されたんだもん』と誰かに泣きつけば、丸く収まると思ってる。そういうぶりっ子根性が鼻につくんだよ」


 ソフィアはまたうなだれた。見る間に気概がしぼんでいく。


「だからお願い、ソフィア。一回死んでよ。あんたはいなくなったほうが、世のため人のためになるんだから」


 マオは合掌した。

 たとえ意思なき傀儡でも、やっていいことと悪いことがある。これは明白に後者だ。

 いいだろう。一肌脱ごうじゃないか。俺が演じる道化、しかと見届けるがいい。


「俺の女にいちゃもんつけるの、やめてくれるか」


 俺はソフィアのくびれた腰を抱き寄せた。


「ちょ、ケンくん。唐突にどうして」

「いいから俺に任せて。ソフィアは恋人のふり、してればいいから」


 ソフィアに口裏合わせを申し出て、俺はマオと視線を交差させる。


「あんたのは世間一般じゃ、『逆恨み』って言うんじゃないかな」

「なん、だって?」

「だってそうじゃん。スカウトマンに見向きもされなくて、ソフィアだけが読モになれたのが悔しくてしょうがないんだろ。同情するよ。選ばれないって、つらいよな」

「ブサメン風情が、なめた口きくな。てめぇにあたしの何が分かるっ」


 マオが化粧で整えた美貌をいびつにして、叫び散らした。

 ツバサの仮定がピタリ賞なら、彼女の言動はソフィアの深層心理を投影してるんだよね。とすればソフィア、俺のこと『ブサイク』と思ってるの?

 やっばい、泣きそう。


「どうせてめぇも、すぐに使い捨てされるんだ。飽きたら『ぽいっ』とほうり投げられる。ソフィアがあんたにベタぼれだと、本気で信じているわけ? おめでたいにもほどが」


 マオに皆まで言わせない。


「俺は阿部倉ケンであって宝翔ソフィアじゃない。彼女の本心を知るわけねぇよ。つーかソフィアの本気度なんて、俺にとっちゃ些事だし」


 これにはマオのみならず、俺を除く面々がけげんな面差しになった。

 要補足説明、ってことかな。


「俺は自分本位でね。相手がどう思うかより、自分がどう思うかに重きをおいてる。要は俺がソフィアを好きなのが第一であって、彼女が俺と同じくらい好意を寄せてくれるかは別個の話だ。飽きられないよう手は尽くすけどね。捨てられちゃったら、わんわん大泣きして次の恋でも探すよ」

「手ひどくフラれても、ソフィアを恨まないと?」


 俺はマオに、首をかしげてみせる。


「恨むとか、お門違いじゃねーの。俺は見返り求めて恋愛してないし」


 失恋のなんたるかを知らぬ分際で、見栄張りすぎたかな。

 でもときにはハッタリも大事だと思うんだ。


「無償の愛とか、きれいごとぬかすな。あんたも、ソフィアの外見だけが目当てなくせに。そいつ、おぞましいくらい性悪のブスなんだから」

「まあね、俺は面食いだよ。ソフィアの容姿にメロメロさ。それのどこがいけない?」


 言い返されてマオは動揺した。

 イコール、ソフィアの心にもさざなみが立っている、と意訳していいのだろうか。


「いけないってか、ソフィアは魔性の女で」

「ずいぶんと詰めの甘い魔性だな。もっと徹底すりゃ、大勢の異性を虜にできるだろうに。散々まくし立てたあんたは、ソフィアの何を見てきたんだ」

「おめぇこそ、そいつの色気に惑わされただけだろ。ソフィアの裏の部分なんか、見ようともしない。不純な動機ってのが、見え見えなんだよ。純愛が聞いてあきれる。あたしは断じて認めないぞ」


 いよいよ罵倒のバリエーションが乏しくなってきたな。マオ、もとい幻影のソフィアが風前のともしびなのだろう。

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