[2―6]過激な愛憎を描く歌劇団
「か、彼は恋人じゃない」
すかさずソフィアが否定した。事実だけど、あっさり否認されると胸に刺さる。
「どうだか。あんたのお家芸である色目使って、悩殺したんじゃないの」
三人の女子がマオの後ろにつき、くすくす笑った。マオの取り巻きなのだろう。
「そんなこと、しないよ」
ソフィアの声音は消え入りそうだった。
「はぁ、聞こえないんですけど」
マオがわざとらしく耳に手を当てた。
ソフィアは握った拳を胸元に当てるだけで言い返さない。彼女の分が悪いようだ。犬猿の仲なのだろうか。
俺はそっとソフィアの傍らに身を寄せた。
「感謝してよね、ソフィー。あたしのおかげで読モになれたんだから。つーか、あたしと友達になれたこと自体、ぼっちのあんたには天の恵みか」
なぬっ、このサドJKと柔和なソフィアが友人? そりが合わなくないか。
「あっ、ごっめーん。彼氏の前で、浮きまくってたあんたの黒歴史、ばらしちゃって」
マオが『てへぺろ』という感じで舌を出した。
腰巾着の三人が哄笑する。
「だけどあんたと行動ともにする以上、本性知ってて損はないでしょ。ソフィアを思えばこその親心みたいなものよ」
「…………」
ソフィアは黙して語らない。
「入学したてのあんた、絵に描いたような孤独っぷりだったよね。目立つ容姿と相まって、人並みでない異物感醸してた。クラスのだーれも話しかけない。あのときって昼も便所飯だったんでしょ。でもあたしは自業自得だと思うの。だってあんた、片っ端から人の恋路邪魔するんだもん」
「……違う。私は何もしてない」
「今更しらばっくれても無意味だっつーの。あんたが中学のときにやらかした話なんて、周知の事実だから。クラスメイトのアイリと隣のクラスのイヨが、サッカー部と野球部のキャプテンに勇気出して告白したのに、口々に『好きな人がいる』ってフラれたんでしょ。しかも恋する相手が、どっちもおな中のあんたときた。いやぁ、マネできないわ。表では身近な女の子を欺きつつ、裏でこっそり男子を手玉に取るなんて。逆ハーレム状態よね。あんたみたいの『悪女』って呼ぶのかしら」
「根拠のない憶測よ!」
ソフィアは声を張った。ただ目頭にうっすら涙がにじんでいる。
「もちろんあたしは分かってる。だから声をかけてあたしのグループに入れてあげたの。不当に孤立するソフィアが、痛ましかった」
嗜虐的だったマオが、一転して優しい言葉をかけた。
「学校であんたの居場所、あたしらのグループだけよね」
ねっとり絡みつくような視線をソフィアに向けた。続いて取り巻きの少女たちも無言でガン見する。
ソフィアは気勢をそがれ、言葉を失った。過呼吸のように息が乱れている。
ああ、そうか。ソフィアが同性の視線を恐れる原因の一端は、彼女たちなのだ。
たとえ馬が合わなくともマオに逆らえば、唯一無二のより所を失う。そのジレンマが、ソフィアの恐怖症に輪をかけて悪影響を及ぼしたに違いない。
「仲間思いのソフィアはあたしのお願い、聞いてくれるよね」
「わ、私に、何をさせたいの」
ソフィアが苦しげにうめいた。
「ちょっとしたことよ。購買で全員分のランチ買ってきてもらうくらい、他愛ないこと」
この女、ソフィアにパシリみたいなマネさせてるのか。
だとしたら黙っちゃいないぞ。俺はマオに射殺すほどの目線を送った。
「仕事上の付き合いがあるスタッフとかモデル仲間いるでしょ。その中からイケメン四人くらい見繕って、食事会セッティングして欲しいの。あんたは不参加でいいよ。わいわい騒ぐの、好きじゃないもんね」
俺の威圧など、マオはどこ吹く風だった。そして無茶苦茶この上ない。合コンの企画者に「おまえは来るな」と突きつけているのだから。
「ごめん、マオちゃん。私、知り合い少ないから」
「あちゃ~。あんたが意地汚く食いものにする以外の交友関係築けないこと、ど忘れしてたよ。あたしったらそこつで、嫌になっちゃうね」
ソフィアは肩をわななかせた。涙腺が決壊間近に見える。
どうすりゃいい。俺が彼女のためにしてやれることってなんだろう。
敵が人と相いれないモンスターなら、剣を取ることもできる。けどかりそめにも相手は同世代の女子だ。問答無用で蹴散らすなんて野蛮なこと、していいのだろうか。
「じゃあもうちょいハードル下げるか。あんたの目障りな金髪、真っ黒にしてきてよ」
マオが半笑いで言う。
「あたしは常々思ってた。生まれ持っての優位性を見せびらかしてんじゃねーよ、って。ミヤビがどれだけの頻度で毛染めしてるか、あんた知らないでしょ」
腰巾着の一人がウェーブがかった茶髪だった。彼女がミヤビなのかもしれない。
「私だって、なりたくてなったわけじゃ」
「だったらいいじゃん。あたしたちは男を幻惑する金髪がうざい。あんたは未練がない。ほ~ら、利害は一致してる」
「で、でも両親に相談しないと」
ソフィアは抗弁したものの、濃厚な敗色を覆すまでに至ってない。
「あんたって、何歳なわけ? 何をするにもパパ・ママの認可がいる、箱入り娘でもないでしょうに」
「だって、この髪は親からもらったもので」
「結局さ」マオが肩をすくめる。「あんた『自分が選ばれた特別な存在』って思ってるんでしょ。そしてあたしらのことを『粗野な下々のやつら』と見下してる」
「マオちゃんどうして。どうして今日は、そんなむごいこと言うの」
「旗色悪くなると、すぐ被害者面。そういうとこ虫ずが走るのよ。男にしてみれば上辺にころっとほだされて、保護欲かきたてられるのかもね。中身は男あさりがライフワークで、自己顕示欲にまみれたイタい子なのに」
ついにソフィアは絶句した。瞳から透明な涙があふれる。
「『三つ子の魂百まで』って格言によれば、あんたの女に嫌われる性質は不変ってことになる。ソフィアもあたしが親身にアドバイスしたところで、聞く耳持ってくれないでしょ。だってあたしはあんたにとって、『持たざる卑しい輩』だから。でもね、解消する裏技はあると思うんだ。あの世に行くまで性格が曲げられないなら、いっぺん死ねばいいの」
マオはかわいい顔して平然と、辛辣で非道なセリフを吐いた。
『死ねばいい』
曲がりなりにも、友にかける言葉だろうか。
「飛び降りてよ、ソフィア。あたしの網膜に勇姿を焼きつけて」
マオが腕を水平にし、フェンス方向を指さした。
「ここは夢の世界。落っこちても、命が燃え尽きることはない」
ソフィアは彼女の指先を目で追い、マオのほうを向いて、横に首を振った。
「ふーん。あたしたちの友情って、そんな脆いんだ。な~んか、しらけちゃったな」
マオは真顔になって、ソフィアを見返す。
「要約するとこういうことよね。『おまえなんか友達と思ってない。私は高校生活三年間、敵だらけの独りぼっちで過ごすから、うせろビッチ』って」
ソフィアに視線を固定したまま、まばたきすらしない。
マオと同調して、取り巻きの三人も目線を一極集中させる。
「私は」
ソフィアは魅入られたように、うつろな表情になった。
「マオちゃんと、お友達でいたい」
ふらふらと千鳥足で、金網のほうへ歩き出す。
「うふふ。そうよ、ソフィア。あたしが見込んだ通り、あんたならできる」
マオが愉悦混じりに口の端をつり上げる。
俺はぞっとした。美少女のなりをしているこいつが、悪魔に見える。
「早まるな、ソフィア。命まで投げ出すことはない」
俺は彼女の手首をつかんで、歩みを止めさせた。
「離してっ」ソフィアがヒステリックに駄々をこねる。「私は行くの」
「そこまでしなくていい。モブの言うことなんかに、耳を貸すなよ」
「じゃあケンくんがどうにかしてよ。嫌なこと突っぱねて、かつ学校の友達に嫌われない方法あるの? あなたは何しても外野にいられるから、『やめろ』なんて言えるんだよ。当事者の私とは、抱えている本質の重みが違う!!」
ソフィアの口調には、ありありと拒絶が介在していた。自己満足の慈善事業はお断り、と言外に告げてる。
どうする、阿部倉ケン。平手打ちしてでも、彼女を正気に戻すか。
しかしこの場を乗りきれても、根本的な解決にならない気がするし。
「彼女たちはきっと、例のツアーコンダクターの親戚筋にあたるのだろうな」
八方ふさがりな俺の後ろから、声がした。新手出現かと戦慄して、首を回す。
ツバサだった。マオたちを子細に観察している。
「脅かすなよ。いつからそこにいたんだ」
「ずっとだ。割りこむのも芸がないかと思って、息を潜めていた」
「涼しげな顔してないで、ソフィアを止めてくれ。マジで投身自殺しかねないから」
「そいつは一大事だ」
ツバサがソフィアのもとへ回りこむ。
「君のパンツな、先ほどから丸見えだぞ。むっつりスケベのケンは、これ幸いと言及せず、我を忘れるほど見入っている」
ソフィアがはっとなってプリーツスカートを押さえた。腕にある俺の手を外し、涙目のままにらんでくる。
磯野家のワカメちゃんじゃあるまいし、下着丸出しに無頓着な女の子などいるものか。ツバサのやつ、彼女の注意をそらすにしても、たちが悪い悪手使いやがって。
「こいつの悪ふざけだよ。君のランジェリーは神秘のヴェールに包まれたまま──」
「へ~、美少年じゃないの。あなたもソフィアの男なのかしら」
俺の弁解にかぶせて、マオが詰問した。
「ノーだ。信じる信じないは、君らに委ねるが」
ツバサがソフィアの前に立ちはだかる。マオとソフィアの間に入った形だ。




