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[2―3]東奔西走、狂想曲

 ツバサは急停止し、大岩と対峙した。


「どうだっ」


 遠くの地面を盛り立てて、塗り壁のようなバリケードを急遽作る。

 だが岩石は物ともせず、障壁を紙切れのごとく破砕した。


「そうは問屋が卸さないか。いいや、幾重にもミルフィーユ状に重なり合わせ、勢いだけでもそげれば御の字」


 ツバサは壁を一挙に十枚以上顕現させる。さながらドミノ倒しのごとしだ。

 けど岩は頑強だった。バリケードを蹴散らし、敵を押し潰さんと侵攻してくる。ただし乱立する障害物で、若干スピードが落ちた。

 今だ。ツバサが切り開いた絶好の機会。ふいにするわけにいかない。


「ストップ、ソフィア」


 俺は先に止まって彼女にも停止を促した。


「はぁ、はぁ。も、もぐらでしょ。ゆ、床に穴開ける、の?」

「大正解。頭の回転、俺より速いね。いけそうかな」

「うん。さっきの名誉挽回、しないと」


 ソフィアは青い両目に闘志をみなぎらせた。

 俺はしゃがんで地面に手をつく。


「その意気だ。じゃあ『せーの』でやろう」

「オッケー」


 ソフィアも俺の傍らに並び、同じ格好をした。深呼吸で息遣いを整える。

 俺は彼女とアイコンタクトを交わし、


「せーの!!」


 俺たちとツバサの真ん中の地が、円柱形に陥没した。

 井戸に似たセーフティーゾーンへソフィアを誘導する。


「ツバサ、ダイブしろ」


 彼女に続いて俺は飛びこみながら、合図を送った。


「承知した」


 ツバサも従い、塹壕の中で三人が勢ぞろいした。身を寄せ合い、頭上に大岩が転がっていくのを粛々と見送る。

 石つぶては数個降ってきたものの、ダメージを負うほどじゃない。

 災厄が通過したあとで、俺はひょっこり顔を出した。

 岩トラップは一発で打ち止めらしい。追撃で何かが差し迫る予兆もない。

 俺たちは一度通った回廊を登り始めた。

 三歩進んで二歩下がる。往年の歌謡曲みたいな一部始終だった。

 あとはひたすらウォーキングするのみだ。手持ち無沙汰な感は否めないが、かといって際どい罠も食傷気味。

 ふかふかのベッドが恋しいな、と俺は思った。



≒ ≒ ≒ ≒ ≒



 俺たちは四階をクリアし、出現したエレベーターで一階まで降りた。

 能力の乱発で、エネルギー残量が底をつきそうになっている。精根尽き果てたまま五階へ挑むのは無鉄砲と判断し、ドッペルちゃんに安眠可能な場所を尋ねてみた。最悪個室のネットカフェで妥協するけど、とにかく横になりたい。


「〈塔〉から最寄りの宿泊施設は、『シャトレーゼ』というビジネスホテルでしょうか。座標は南南西に徒歩五分です」


 教えてくれたものの、幼女メイドはいぶかしげだった。

 たぶんこんな質問、されたためしがないのだろう。

 物質化能力未使用の思念体に睡眠欲は生じない。食欲もないので、そもそもアバターに『休養』の必然性はないのだ。骨休めするより、〈塔〉をワンフロアでも先へ進むほうが格段に合理的といえる。

 にもかかわらず、リフレッシュする施設を聞く面々。怪しさ満点だ。

 ドッペルちゃんは俺とソフィア、ツバサを順繰りに眺めて閃いたらしい。


「『快楽に溺れる』ということでしたか。わたくしに生殖機能は備わっていませんので、見落としておりました。徒歩十分になりますけど、『スウィートラバーズ』というホテルをご利用されるのがよろしいかと存じます」


 いかにもピンクい名称だ。彼女、すさまじい曲解した気がする。


「ドッペルちゃん、俺たち別に『酒池肉林』的な催しするわけじゃなく、具現化に必須な──むぐっ」


 俺はツバサに口をふさがれた。


「愚にもつかない応酬するな。ホテルの位置は判明した。とっとと行くぞ」


 拉致に近い形で俺は首根っこをつかまれ、ツバサに連行された。


「離しやがれ、ツバサ。彼女に俺の真意を伝えたいんだってば。ソフィアからも、なんか言ってくれよ」


 ソフィアはゆでダコみたいになって、一言も発さない。

 ドッペルちゃんが生暖かいまなざしで手を振る。言葉はなくとも雄弁に物語っていた。


「暴発した性欲で、くれぐれも羽目を外すことなかれ」と。


 ピュアメイドの誤解を解けぬまま、俺たちは〈塔〉を退出した。



≒ ≒ ≒ ≒ ≒



「おまえの部屋のカードキーだ」


 ツバサが俺の胸に『701』号室のカギを押し当てた。

 俺はそっけなく受け取る。じゅうたんの上を歩き、ロビーにあるエレベーターに乗った。ソフィアとツバサが同乗したことを認め、『7』のボタンを押す。

 シャトレーゼは月並みな七階建てのビジネスホテルだった。現実世界で一泊五・六千円の宿を思い浮かべてもらえば、おおむね正解だろう。

 夢の中の特色としては、俺たちを除いて宿泊客がいない。あとフロントや廊下に従業員すら人っ子一人いやしなかった。とどのつまり、もぬけの殻ってこと。幽霊ホテルなのに荒れた形跡もなく清掃が行き届いてて、狐につままれた感覚だけど。

 とにもかくにも泊まれそうなので、一人一部屋ずつ借りることにした。金銭を所持してないので無賃外泊になるけど、大目に見てもらおう。

 ちなみにソフィアが『702』でツバサが『703』という部屋割りになった。


「性急に水先案内人と引きはがして悪かったよ。膨れっ面するなって、ケン。せっかくの二枚目が台なしだぞ」


 エレベーター内で俺がへそを曲げていると、ツバサが歩み寄ってきた。


「俺が、二枚目?」

「そうとも。ケンはジャニーズにも引けをとらない色男だ」

「ふ、ふんっ。おだてたって、何も景品ないからな」


 俺は少し機嫌を直した。過去の過ちにネチネチ固執するなんて、みっともないし。

 ……別段お世辞に滅法弱いとかってことじゃないから。


「分かってるさ。ぼくは禍根を残したくないだけだ」

「ふふっ。美形のツバサくんならいざ知らず、ケンくんがジャニーズだって」


 ソフィアがエレベーターの隅で笑いをこらえている。


「何かおっしゃいましたかね、ソフィアさん。俺にご意見あるなら、どーぞ」

「い、いえ何も。あっ、もうすぐ七階ね。どんなお部屋か楽しみ~」


 ソフィアのはぐらかし方は大根役者ばりだった。目的の階に達して扉がオープンになるなり、そそくさと廊下へ出てしまう。

 深く追及しないけども、ちょっとぐらいうぬぼれさせてくれたってバチが当たらないんじゃないかな。夢の中で無慈悲な現実、突きつけないで欲しい。

 各々が寝泊まりする部屋へ入る。

 701号室はツインルーム仕様だ。窓は一つでベランダなし。洗面所はユニットバスで、蛇口をひねると水が出た。娯楽用のテレビはない。

 俺は学ランの上着を脱ぎ、備えつけの机にほうる。そして窓側ベッドへうつぶせに倒れこんだ。布団もシーツも枕も爽やかな香りがする。手入れに余念がない。

『瞳を閉じれば、たちまち寝れそう』と思った矢先、ドアをノックされた。

 俺のゴーストがささやく。

 ──ソフィアじゃあるまいか。


「一人じゃ眠れないの。ケンくん、添い寝してくれないかな」


 ふふん、手のかかる子猫ちゃんだ。頼りになる兄貴分として、かくまってあげるか。

 俺はベッドから飛び起きて、出入口へ向かった。ドアノブを回し、引っ張る。


「子守唄のリクエストはあるかい、ベイビ……」


 戸口に金髪碧眼少女はいない。いたのはうろんに見つめてくるクールボーイ、榊ツバサだった。まなざしが極寒クラスに凍えていく。


「今のは寝ぼけと解釈しておく」

「う、うん。そうしてくれ。んで、なんの用だ」

「周知事項だ。各自仮眠をとってきっかり三時間後、ロビーに集合。〈塔〉に到着次第、五階の攻略を開始する」

「そんなの、内線電話で事足りたろう」

「まあな。実はもう一つ目的がある」ツバサが手のひらを差し出す。「ケンのルームキーをもらい受けに来た」

「どうして」

「おまえは十中八九寝坊する。たたき起こすには解錠せねばならん」


 手短な回答だ。かんにさわるけど、あながち外れてないのも確か。

 俺はふてくされながらカギを預けた。


「ちょうだいした。ではおやすみ、我が友よ」


 ツバサは白々しく言い放ち、扉を閉めた。


 アナログ時計の長針が三周したころ、ツバサの予言通り、俺は寝過ごした。毛布と布団をはがされ、ロビーに連れてかれる。寝ぼけ眼をこすりつつ〈塔〉へ移動した。


「よろしければ、お持ちになってください。人数分ございますので」


 一階のエレベーターに乗りこむ直前、ドッペルちゃんから手荷物を一つ渡された。布でくるまれている。弁当だろうか。


「ありがと。道中、開けさせてもらうよ」


 俺が謝辞を述べると、ドッペルちゃんは折り目正しく目礼した。

 エレベーターの扉が閉まるや、布をほどいた。行儀悪いかもしれないけど、彼女の力作を一刻も早く拝見したい。

 えーと……このメニューにはどういったメッセージ性があるのだろう。

 布の中身は、マムシサプリとすっぽんドリンクだった。これでもかと精力がつきそうなラインナップだ。

 きっと勘違いが悪化したのだろう。ドッペルちゃんはよかれと思って、夜の営みに有効な食品を差し入れてくれたに違いない。素直に喜べないけど。

 ただ、特選紅茶の事例もある。具現化能力のエネルギーをチャージできるかもしれない。食わず嫌いはドッペルちゃんに失礼だ。

 俺はビンのフタを開封してみた。


「うっ……。生臭い」


 ソフィアが高い鼻をつまんだ。ツバサも彼女に倣う。

 生き血でも入ってるのか、密閉されたエレベーター内に独特の刺激臭が満ちた。慌ててフタを締めたものの、充満した臭気は容易に消えてくれない。

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