夜明けの召喚(1)
2、夜明けの召喚
「う……ん……」
――来イ
寝苦しかった。その夜は猛烈に寝苦しい夜だった。
――コチラヘ来イ
割と肌寒い気温のはずなのに布団はむしむしして暑く、姿勢も落ち着かないで何度も寝相を直していた。
――君ハ……選バレタ
それでも寝ようと何時間も煩悶を繰り返したがやがて我慢の限界に達した。
「はぁ。仕方ない」
ため息をついたこの俺、永阪修司はベッドを降りて台所で水を飲むことにしたのだ。
眠さから半ば目をつむってベッドを降りる。一歩目のフローリングの床は少し冷たかったがなんとか我慢できる。だが、二歩目で踏んだ石畳の冷たさは目を覚まして悲鳴を上げさせるには十分だった。
「うおおおおおおおっ!? 冷たいィィィィィ!!? なんで!? 超冷たい!!」
「「「おおお~~!」」」
――なんでこんなところに石畳!? え? え? てか今の歓声何? 誰かいんの?
急いで目を擦りぼやける視界をクリアに戻す。
「はぁ……? ここ、どこよ?」
見開いた場所は住み慣れた我が部屋ではなかった。少なくとも自分の部屋より遥かに広く天井も高い。
そこはつやつやした石を積み上げて作った薄暗い古風な部屋で、電灯ではなく松明の炎が部屋を照らしている。その炎に照らされているのはおっさん、またおっさん、更におっさん。おっさんばかりざっと20人はいるだろうか?
さらに奇妙なことにその20人は世界史の教科書に出てくるような中世のフランス、スペイン風の服を装って半円状に俺を取り囲んでいた。
なんなんだ、この状況……俺の脳の理解できる範囲をあまりに超え過ぎている。
「え、えっと? どっきり……ですか……?」
返事はない。
最近テレビを見る機会が減っていたためこんな大がかりな目覚まし番組があるとは知らなかった。というかこんなインパクト抜群の状況で起こされて面白くリアクションできる人なんているんだろうか?
何にせよ、寝起きに沢山の視線に晒されるこのような状況はシャイな日本人としては心臓に悪すぎる。
何か脱出の手がかりは無いものかと誰とも泣く周囲のオッサンを見回しているとおっさんの中でも一人、汚い黒のローブを着た異様な風体の老人だけはなぜか俺を睨み付けているのに気が付いた。
何か気を悪くするようなことをしただろうか? と、困惑しながらその老人を見ていると、おっさんの中でも恰幅が良く揉み手を欠かさない一人が囲みから進み出てきた。
「トルゴレオ王国へようこそいらっしゃいました! 私は内務卿のトスカナと申します。陛下のお名前を教えていただけますかな?」
何?まだカメラ回ってんの?てか普通起きたら終わりじゃないの? 部屋の雰囲気もそうだが何より20人もの人間に囲まれていることが混乱に拍車をかける。
「しゅ、修司です。ナガサカ・シュージ」
途中、聞きづらそうにしたのでフルネームをはっきりと発音する。
「おお、シュージ様ですね!」
……シュージ陛下…………シュージ王……
と回りのエキストラの人たちもざわざわと繰り返す。
そういえばさっきも陛下って呼ばれた気がしたけど……。へーか、へーか……なるほど、この番組では俺は王様の役なんだな。
「ひょっとして俺、王様になるの?」
「まさにその通りでございます! シュージ様にトルゴレオの臣民達を正しく導いていただきたく異世界よりこの国に召喚させていただきました。なにとぞこの国をお救いください」
「はぁ、異世界ですか……異世界、異世界ねぇ……」
この質問がよっぽど嬉しかったのか我が意を得たり! と満面の笑みで答えるトスカナさん。
しかし異邦人の王様ねぇ。愛用の携帯サイト「小説家になろう」で読んだことがあるけど…いくつかパターンがあるんだよな。
「何? ひょっとして魔王討伐の旅とかすんの? それとも統治して国家を繁栄させて欲しいとかそっち系?」
この質問をして少し"しまった"と思った。これがテレビ番組なら視聴者は俺の驚く顔が見たいのであって冷静に先の展開を予想するなんて絵は全く欲しくないのだ。
案の定トスカナさんは少し困った顔をして
「この国には今、大いなる闇が迫っております。陛下に置かれましては臣民を纏め上げ、これを打ち払って欲しいのです」
ベテランらしく先を読ませない、どちらとも取れる答えを返した。
演技派なのかこんな薄暗いシーンでも掘りの深い顔立ちを歪ませたり薄青の瞳を細めて心苦しいといった感情を非常によく表現している。
……うん? よくみたらこの人日本人じゃないんじゃないか?よく見たら周りの人間もそうで明らかに東洋人の顔立ちではない。ってか何人か明らかに耳が長い。
エルフ? RPGお約束の異種族って奴ですか?
……はて? 仮にこれが特殊メイクだとしても、果たしてたかだか素人のどっきりにここまで凝る番組などあるだろうか?
振り返って確かめたベッドは正真正銘自分の物。ということはこれがテレビ番組だとすれば少なくとも部屋どころか家まで改築しなければこんなセットは作れない。
長い耳、知らない建物……そして目前のおっさん達の妙に熱のこもった視線。
サァッと一気に血の気が引いた。目も覚める。
相変わらず裸足の足は石畳の上で、その冷たさがこれが夢ではないことを俺に伝えている。
「すみません、ここは日本ですか!?」
「は?」
「俺は今どこにいるんですかっ!?」
突然剣幕を変えて詰問する俺にトスカナがたじろぐ。
「は、はい、先ほど申しましたトルゴレオ王国の首都であるレオスです。ここはさらにその主城の隣の塔の最上階になります」
「トルゴレオ王国? レオス?」
(番組内の設定にしても細かすぎる!)
俺はあたりを見回して少しでも自分の予想が外れている証拠を見つけようとした。
(とにかくカメラだ、カメラがあるはずだ)
最初の余裕綽々の態度から急変した俺に驚いたトスカナが
「あの、よろしければ外をごらんになりますか?ちょうど朝日が出てレオスの美しい街並みが……」
「それだっ!」
最後まで聞かずに俺はドアを押し開いた。目の前にあった階段を少し上ると、日光の漏れているドアがありそこからベランダに飛び出した。
そこにあったのは
「…………嘘じゃ、ないの?」
目の前に広がるのは中世の石造りの町並み、城壁、さらにその向こうに広がるのは広大な麦らしきものの耕作地。それらをちょうど上ったばかりの太陽が俺を正面から照らしていたのだ。
「……は、ハハハハハ、そうかホントに……」
こんな町並みは日本ではあり得ない。ヨーロッパやロシアにだってここまで古都然とした町並みなど残ってはいないだろう。
そう、もはや疑う余地無く
「……俺、異世界に来たんだな」
数日後、また思い出すこの光景を眺めながら、俺はこの異世界で始めての朝を迎えた。




