第二十四話「魔法少女を終える存在」
「私のシナリオが覆されるなんて……! そしてまたしても阻むのはあの魔女メリッサ! ジギタリスめ、あの魔女は無力だと言ったではないですか!」
自分の親指を噛んで苛立ちを剥き出しにするカルネ。
「しかも、魔法を付与した人間を戦わせて……あの魔女は罰則を恐れていないのですか!? バカとしか言いようがない!」
震える瞳で焦り気味に表情を歪めるカルネを政宗は見上げ、そしてその視線は目の前で繰り広げられる乱闘へ。
結人と修司は四人の男達に対して圧倒的な力の差で交戦。一切の攻撃をもらうことなく、相手の隙を突いて攻撃を入れていく。
魔法少女のように決定的な力はないようだったが、それでも強化された拳は重いようで攻撃を受ける度に男達は向かっていく力を失う。
カルネにとって微塵も想像していなかったであろう光景。まさか――魔女がなりふり構わず暴力のために魔法を使うなどとは思わなかったのだ。
(メリッサ、ボクのために魔法の国のルールを破ったってことなのかな? ボクはみんなの尽力で助けられようとしてる。……ボクにそんな価値があるのかな?)
政宗は周りの皆が頑張れば頑張るほど申し訳ない気持ちになる。それは決して助けられるのが迷惑だと思っているのではなく、政宗の自尊心のなさによるものだった。
とはいえ――、
(このままいけばあの四人をやっつけられそう。二人が傷付かないためにも……どうか、このまま決着がついて欲しいよ)
もう全ては始まってしまった。
結人は助けに来たし、喧嘩は勃発した。
ならば、今は彼らの勝利を祈るしかない。
次第に結人と修司の攻撃を受け倒れた男達は立ち上がるまでに時間を要し、真正面から向かっていっても勝つことはできないと悟る。
すると一人が結人と応戦している間にもう一人が工場の隅へと駆けて行き、転がっていた廃材から鉄パイプを拾う。
「――あ、危ない!」
武器の回収を見ていた政宗は思わず叫び、カルネは頭のネジが外れた男の行動に歪んだ笑みを浮かべた。
当然、鉄パイプで殴れば人間を致死に至らしめることは容易い。ならば普通は犯罪の二文字がちらついてそんなものは振り回さないが――しかし、頭が沸騰した男にそんな常識は通用しない。
最早これはクラブやカルネの持ち物ではなく、結人に殴られた男からの純粋な報復だった。
「うおおおおおおおおおおお、死ねやぁああああああああああ!」
言っていることが現実になりかねないことを叫びながら結人に鉄パイプを振り下ろす男。
カルネはそんな結果に終わっても笑っているだろう。どんな結果になろうとカルネは魔法少女という匿名性に守られている。
だから、男の自暴自棄な――危険すぎる攻撃を歓迎した。
だが――、
「なんだ、武器を持ってきてくれたのか? はは、ありがとな」
その攻撃を結人はひらりと回避、鉄パイプを握る男の腕を捻って手を開かせる。床に金属音を響かせて鉄パイプが落下。
結人がそれを拾い――その瞬間、勝負は決した。
突如として訪れた静寂。男達は青ざめた表情で両手を上げて戦意の喪失を露わにし、結人と修司から後ずさりして距離を取った。
(……終わったんだ。魔法で強化された結人くんに武器を持たせちゃったから、もう絶対に勝ち目がないって理解して――戦いが終わったんだ!)
政宗の瞳には久方ぶりの希望が宿り、安堵が胸の中に広がっていた。
一方、結人はゆっくりと政宗のほうへと歩み寄り、途中地面にぽつりと置かれていたリリィに変身するためのマジカロッドを拾った。
カルネの意地悪の一つとして政宗の目の前に置かれていたそれを結人が回収した。つまり、あとは男達を寄せ付けず、魔法少女には干渉されない結人が政宗を連れ去って事態は収束。
そのはずだったのだが――、
「あはは、あはははは、あーっはっはっはっは! こんな結果になるなんて想定外ですよ……全く予想してませんでした。全てがシナリオどおりだったのに。せっかく楽しい悲劇が幕を開けたのに……とんだイレギュラーですね、魔女という存在は」
狂ったように笑ったかと思えば、ぶつぶつと呪文を唱えるように語り出したカルネ。その異様さに政宗はゆっくりとカルネを見上げる。
するとそこには計画を台無しにされてなお、醜悪に笑んでいるカルネがいた。
(……まだ何か手段があるっていうの? だとしたら何が?)
政宗は理解できないながら、カルネがハッタリではない何か裏付けをもって余裕そうに佇んでいることを予感し、胸騒ぎを覚える。
そんな時だった――気付けばカルネが眼前から消えているのを政宗は遅れて理解した。
(消えた? いや、違う――これは時間停止だ!)
政宗は悟ると反射的に結人の方へと視線を向けた。
○
(――今、何が起きた!? 俺は何をされた――?)
それは一瞬のことだった。結人は自分の身に起きたことが理解できず、その続きは、
「――――うっ、ぐあぁっ!」
思わず漏れる苦痛に歪んだ声。
突如発生したとしか言いようの衝撃が腹部を殴打、そして掴んで投げられたように体がふわりと浮いて地面に背中から叩きつけられる――それら一連が原因も不明なまま結果が理解を追い越して結人を襲ったのだ。
(……な、何を……された?)
そう思って結人は修司がいたはずの場所を見る。すると彼も同じように表情を苦痛に歪めて地面に叩きつけられていた。
あまりに整合性のない滅茶苦茶な現象――。
(……時を止められたんだ! 時間が停止している間に俺と修司は攻撃を受け、そしてふっ飛ばされた。でもおかしい――そんなのおかしいだろ!?)
時間停止中に動くことができるのは魔法少女のみ。
だが、魔法少女は一般人を傷付ければその資格を剥奪されることにもなり得る。そして、それをクラブとカルネは何より拒絶していたのではないのか?
しかし、答えは至ってシンプルな――それしか考えられない。
(もし――もし、それが答えだとしたら。俺達は――!)
確信した瞬間、仰向けに倒れていた結人は気付けばうつ伏せとなっていて。地へと抑えつける強い力を背中に感じた。
そして――、
「……この手は読めてましたか? 私が直々にあなたへ攻撃するという選択肢。魔法少女であることを放棄する――選択を」
結人を踏みつけ、嬉々として彼を見下しているのは――マジカル☆カルネだった。
……そう、彼女もまたメリッサと同じように罰則を厭わないことにしたのだ。
魔法少女による攻撃を受けた結人だったが、カルネが殺さないように加減したこと。そして、結人に付与された身体能力強化の魔法が防御力を上げていたことから大したダメージにはなっていなかった。
しかし、魔法少女に制圧されてしまい、結人はもう動けない。
そして――、
「クラブ、あなたももう一人の男を拘束しなさい。もう魔法少女稼業は終了です。どうせジギタリスはそろそろ私達から手を切ろうとするはずですから、躊躇う必要はありませんよ」
軍隊の指揮官であるかのような、硬質な口調で語ったカルネ。しかし、この展開は段取りになかったためクラブは瞳を振るわせて混乱していた。
「で、でもカル姉ぇ――」
「いいから、早くなさい! すぐ魔法少女でなくなるわけではないですから罰則を受ける前に――そして、ジギタリスに手を切られる前に願いをちょろまかせないものへ変更して叶えさせればいいのです!」
叱咤するような言葉にクラブは体をビクつかせ――しかし、すぐに表情は決心に至る。
そして、苦痛を抱えながらも立ち上がった修司は時間停止によって一気に距離を詰めてきたクラブに足払いをされ、結人と同じく背中を踏まれて行動不能に。
形成逆転――魔法少女の圧倒的な力に結人と修司は制圧された。そして――、
「少々、予定外のことは起きましたが、何とか軌道修正できました。結人くん、あなたは本題がこんなものかと言いましたが――答えはノーです。だって今から始まるんですから」
カルネは苛立ちと愉悦の入り混じった表情を浮かべ、荒い呼吸で語った。
それは彼女がここまでの段取りを行ってまでやりたかった――最高の見せ物。カルネの視線は見下していた結人から突然の形成逆転で唖然としている男達へと向けられる。
「何をしているのですか、あなた達。ボーっとしていないで予定どおりお願いしますよ。待ての時間は終了です。
ほら――気の向くまま、愛して差し上げなさい」
カルネは狂気的に笑んで政宗の方を指差し、男達は互いの顔を見合わせ――許可を出した魔法少女の表情をそれぞれ真似した。
歩み寄る男達が政宗へ影を落とし、幾重にも重なる。八つの瞳と四つの半月に似た口元、見下ろされた政宗は表情を強ばらせる。
そんな彼女の畏怖に男達はさらに表情を醜悪に歪め、そして――、
「い、い――いや、嫌だ、嫌だ、嫌だ! や、やめて――やだ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 助け、助けて! 結人くん、結人くん! 助けて――――!」
欲望のままに伸ばされる手が口開いた蛇のように政宗へと食らいついた。好き勝手に柔肌を這い回り、欲望を注ぐべく探ってくる感触に政宗は嫌悪感を覚え、暴れ回る――も、男達四人の力によって抑えつけられ、抵抗することは適わない。
砂糖に群がる蟻のように政宗を覆い尽くし、下卑た笑い声が重なる。結人はカルネに踏まれて動けないまま、その光景を見守るしかなかった。
――そして、結人は悟る。
そんな光景を目の当たりにすること――いや、しなければいけないこと、それが結人をここまで誘い出したカルネの狙いだったのだと。
「始まりました、始まりましたよぉ! 最高の見せ物が、身悶えして、溢れ出す脳汁に溺れる瞬間が――! さぁ、見せて下さい! 引き裂かれて、汚され、絶望する様を――!」




