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生徒会長の様子がおかしい

 悠介が教室に入ると、既に登校していた唯奈の姿が目に入った。


(唯奈、先に学校来てたのか……)


 何も言わず、先に行くなんて珍しいなと思ったが、昨日に引き続き、何やら機嫌が悪そうな表情をしていることに気づき、声をかけるのを辞めた。

 触らぬ神に祟りなし。こういう時の唯奈は、そっとしておくに限る。

 と、そんなことを考えながら、席へ着くと。


「おはようございます、悠介君」

「あ、おはよう。七沢さん」


 そこにいたのは、昨日から恋人同士(仮)になったクラスメイト、恵美だった。

 たまに教室で話すことはあれど、こうして朝の挨拶をされるのは初めて。

 改めて、特別な関係になったんだなぁ……と、悠介はしみじみ思う。

 だが、当の本人である恵美はというと。


「……むっ」


 ムッとした表情を浮かべていた。

 不満があると、顔が語っている。


「あ、あれ? 俺、いま何か変なこと言った?」

「ううん、逆です。……昨日、約束したじゃないですか」

「約束……ああっ、ごめん。名前で呼ぶ、だったよね?」


 慌てて返事をする悠介に、今度は満足げな表情を浮かべる恵美。

 その笑みが、正解であると教えてくれていた。


「ふふっ。ちなみに、別に怒ってはないですからね? 名前だって、少しずつ慣れてくれればいいんですから」

「そ、そっか。そう言ってもらえるとありがたいかな」


 悠介が呼びすてで呼ぶ異性は、唯奈しかいない。

 しかし、唯奈のことは、小学生の頃からずっと下の名前で呼んでいたから、特に違和感や呼びづらさを覚えることは無かったのだ。

 ──駄目だ。一か月は彼氏彼女になるんだし、俺も慣れないと。

 しかし、そこは真面目な性格の悠介。

 自分の非を認め、反省するのであった。


「あの、悠介君。それで……お願いがあるんですけど」

「ん、どうしたの?」

「今日のお昼って、一緒にご飯食べてもらえますか?」


 もじもじと、恥ずかしそうに提案する恵美。

 そんな誘いを嬉しいと思いつつ、悠介は申し訳なさそうに。


「ゴメン! 今日は、その、生徒会の手伝いがあって……」


 出来ることなら、恋人になった恵美に付き合って、お昼を一緒に食べたいと思う。

 しかし、前からの予定を崩すわけにはいかない。

 そのため、断腸の思いで誘いを断った。


「いえっ、いいんです! 私も、急に誘っちゃったんで……」


 口ではそういうも、すっかりシュンとしてしまっている恵美。

 そんな姿を見て、悠介はたまらず。


「け、けど、明日は予定がないし……それに、お昼はなるべく予定をいれないようにするよ」


 すると、ぱあっと明るくなり。


「本当ですか! 嬉しいです♪」


 良かったと、悠介は心の底から思う。

 仮の関係とはいえ、悲しませたくはない。


「そ、それと……迷惑じゃなかったら、なんですけど……」 


 そう言い、おずおずとお弁当箱を差し出す恵美。


「これ、お弁当です。良かったら、食べてくれますか?」

「本当? 嬉しいよ。いつも学食だったから、助かるな」

「良かったです♪ 本当は、一緒に食べようと思ったんですけど……それは、明日からにします。けど、お弁当はもう作っちゃったんで、せめてこれだけでもと思って」


 恵美からお弁当を受け取る悠介。

 手に持った時の重みを感じ、少しばかり感動してしまう。

 そして、チャイムが鳴り、恵美は席へと戻っていった。お昼のこと、申し訳ないな……と思いつつ、早くお弁当を食べたいものだと、悠介は受け取った包みを鞄にしまう。

 と、その時。


「…………」


 少し離れた場所に座っている唯奈が、こちらをジッと見ているのに気づいた。

 しかし、悠介がそちらへ視線をやると、ぷいっと目をそらしてしまい、黒板の方を向いてしまう。

 機嫌の悪さと言い、何か言いたいことがあったのだろうかと悠介は不思議に思ったが、こればかりは本人に聞かなければ分からないことだ。


 ……今日、帰ったら少し話をしてみようかな。



 お昼休み。

 恵美からもらったお弁当を片手に、生徒会室へと足を運ぶ。

 今日は、『校内ボランティア部』の活動の一環だ。

 依頼内容は、資料整理の手伝い。今の生徒会長とは、何度か依頼を通して知り合いになり、それ以来、このように仕事を依頼されることが多くなった。

 生徒会メンバーを招集すればいいのでは……と思うことも少なくはないが、なぜかいつも、俺を指名してくる。

 その理由は、結局分からずじまいであるが……こうして頼られている以上は、協力しないわけにはいかないと、悠介は都度来る依頼を断ることなく、こうして足を向けるのであった。


「お疲れ様です、常盤先輩」

「──ええ、お疲れ様。ゆう君」


 先に到着し、作業を進めていた先輩──常盤鈴音ときわすずね生徒会長に、挨拶をする。

 この学園の生徒会長にして、校内一の美少女として名高い女性である。

 容姿端麗、頭脳明晰。おまけにスポーツも万能。

 生徒会のリーダーとして、この学園を引っ張る、まさに模範的生徒であり……クールビューティーともいえるべき気品のある美しさには、男女問わず魅力を感じてしまっているという。


 そして悠介は、鈴音から「ゆう君」と呼ばれている。悠介のゆうから来ているらしいが……なぜ自分だけそんな特別な呼ばれ方をしているのかは、当の悠介には分からなかった。

 ちなみにこの呼び方は、二人きりの時限定である。他に人がいるときは、きちんと「高橋君」と名字呼びだ。


「ごめんなさい。今日も手伝ってもらって」

「いえ、仕事ですから。それに、生徒会の仕事にも、すっかり慣れましたし」


 ははっ、と笑いながら、席に座る悠介。

 お昼休みの作業は、まず食事をとり、その後資料整理をするのが流れである。


「それじゃ、私もお昼にしようかしら」


 悠介が座ったのを確認し、すぐ近くの席を陣取る鈴音。

 教室を囲むように、机と椅子が並んでおり、その数は優に二桁はある。

 にも拘わらず、鈴音はお昼ご飯を食べるとき、決まって悠介の隣に座るのだ。

 これだけ広いのに、どうして間隔を取らないのか……と初めのうちは悠介も戸惑っていたが、気づけばこのスタイルに慣れてしまい、すっかり疑問を持つことも少なくなった。

 

「……あら、今日はお弁当なのね?」


 鞄から包みを取り出し、弁当を開けていると。

 隣で見ていた鈴音が、興味深そうにこちらを覗いてきた。


「ええ。いつもは総菜パンですけど……今日は、ちょっと事情があって」

「ふうん。……なんだか、ずいぶんと手の込んだ中身ね」


 そう言われて、自分でもお弁当のラインナップを確認する。

 王道の唐揚げに、卵焼き。更にはウインナーや、彩りを考えてか、グリンピースやトマトなども散りばめられている。ご飯にはそぼろが載っており、確かにかなり気合の入ったお弁当であることが分かった。


「それ、ゆうくんが作ったのかしら?」


 尋ねる鈴音に、首を横に振る。


「いえ。クラスの女の子が作ってくれたんです」


 特に隠すことなく、正直に話す悠介。

 悠介は、まさか学年一の美少女が自分に好意を持っているだろうとは、みじんも思っていなかった。

 しかし、当の鈴音はと言えば。


「……え?」


 手に持っていた箸を落とし、明らかに動揺していたのである。


「あ、あの。常葉先輩? どうしたんですか」

「……あ、いえ。何でもないわ。ええ、なんでも……」


 すぐに箸を持ち直し、すう、と一息。


「ねえ、ゆう君。もしかしてその子って……彼女、だったりしないわよね?」


 少しだけ、震えた声で尋ねる鈴音。

 急にどうしたんだろうかと疑問に思いつつ、悠介は正直に答える。


「いえ、彼女です。昨日から付き合い始めて……」


 そう説明を続けていると「……分かった。もういいわ」と、話を遮られてしまった。

 その後、なぜか無言になり、悠介が話しかけても、どこか上の空なままの鈴音。

 食後、作業をしていると。


「……もしかして、あの子……いやでも……」


 と、ぶつぶつ独り言を言っているのが気になったが、悠介はいつも通り仕事をし、五限に間に合うよう、生徒会室を後にするのであった。

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