突然の告白
「高橋君へ。
突然、こんな手紙を出してしまって、ごめんなさい。
いきなりですが、あなたのことが好きです。
ずっと、好きでした。
もし、私の告白を受けてくれるのであれば、放課後、屋上まで来てください。
待っています」
その日、高橋悠介は、自身の下駄箱に入っていた一通の手紙に意識の大半を奪われてしまっていた。
授業中、先生の言葉は全く耳に入ってこず。
昼食も、何を食べたかすら覚えていないほどで。
──もうすぐ、約束の時間だ……。
チャイムが鳴り終わり、担任の号令で、クラスメイト全員が一斉に席を立つ。
その波に乗り、悠介も鞄を手に取り、足早に教室を後にした。
向かう先は当然、屋上。緊張でどうにかなりそうな身体を必死に動かし、二年生の教室がある二階から、階段を登って、屋上へと到着した。
悠介の通う学校は、基本的に屋上が解放されている。
それは放課後も例外ではなく……夕方の六時になるまでは、施錠されずに開けっぱなしだ。
とはいえ、放課後にここを訪れる生徒は少ない。
昼休みに、昼食を取る場所としては人気のスポットであるものの、放課後の時間になれば、ずいぶんと閑散とした場所となり……悠介がやって来た今も、屋上には誰一人としていなかった。
(流石に、少し早く着きすぎたかな……)
放課後と書かれていただけで、詳細な時間は記されていなかった。
そのため、手紙の差出人がいつ到着するのかは分からない。
一旦落ち着いた方がいいかもしれない。そう思った悠介は、目の前にあったベンチに腰掛ける。ふう、と一息。
(何だか喉が渇いてきた……けど、自販は一階だしな……)
屋上からの距離を考えると、やや手間と時間がかかる。どうするべきか……と、悩んでいると──。
──ガチャ。
ドアが開く音がした。
同時に、悠介の心臓も、大きくドクンと跳ねる。
そして、ドアの方を向くと……。
「──あ、高橋君。来てくれたんだ……」
そこにいたのは、同じ二年A組に所属するクラスメイト、七沢恵美であった。
決してクラスの中で目立つ存在ではないものの、他の女子生徒と比較しても容姿は秀でており、どこか清楚な雰囲気を感じさせることもあってか、男子人気の高い女の子である。
……ま、まさか、手紙を書いてくれたのが七沢さんだったなんて。
声にこそ出さなかったが、悠介はかなり驚いていた。自分の容姿を卑下したいわけではないが、自分なんてどこにでもいる平凡な男子高校生。容姿だってずば抜けていいわけじゃないし、運動も勉強も人並み。七沢さんとは、比較にならないくらい、ザ・普通の人間だ。
「ごめんなさい、急に呼び出しちゃって」
恵美の言葉に、ハッとする。
そ、そうだ。返事、しないと。
「い、いや、大丈夫だよ。それより……手紙をくれたのって」
「はい、私です。あ、あの手紙に書いてた通りで……私、高橋君のことが、好きなんです……!」
顔を真っ赤にして、勇気を振り絞るように言葉を紡ぐ
疑っていたわけではないが、その表情を見て、この告白が本気のものなんだということを、改めて思わされる悠介。
夕暮れの、誰もいない学校の屋上で、クラスメイトから告白を受ける。
自身の置かれている状況の凄さを改めて実感しつつ……悠介は、この告白に対して、どう返答をすればいいのか、未だに迷っていた。
悠介が恵美と出会ったのは、つい数か月前のことであった。
クラス委員を務めている恵美は、放課後、ひとりでプリントの整理をしていた。真面目な性格をしている恵美は、その作業量の多さに頭を抱えつつも、決して途中で投げ出したりせず、最後まで一生懸命整理を続けていた。
そんな時、偶然忘れ物を取りに戻った悠介が、恵美に出会ったのである。
「一人より、二人でやった方が早く終わるよね」
と、悠介は相手が誰であるだとか、そういうことは一切気にせず、恵美の作業を手伝ったのが、悠介と恵美のファーストコンタクト。
その後、恵美との会話の中で、彼女が時折こうして一人で放課後に残ってクラスの仕事をこなしていることを知った悠介は、『困っている人を放っておけない』という彼の性格もあり、恵美の手伝いをするようになった。
別に、悠介はクラス委員だったわけではない。
ましてや、恵美に好意を持っていて、いい顔をしたかったということでもない。
ただ、恵美が困っていたから助けた。それだけのことなのである。
だからこそ……今こうして、恵美から告白を受けたのはまさに青天の霹靂ともいうべき出来事であり、どう返事をしたものかと、困ってしまったのである。
場面は告白現場へと戻る。
顔を赤らめながら、自分の気持ちを真っすぐに伝えた恵美。
ぎゅっと目を閉じ、悠介からの返事を待っている。一方、悠介はと言えば、突然の出来事に戸惑いつつ、自分の心に問いかける。この告白に対して、なんて返事をするか、と。
恵美のことは、決して嫌いなわけではない。
告白だって、嬉しいとは思う。
ただ、女性として好意を抱いているかと言われれば、それはNOであり、そんな適当な気持ちで、気軽に受けてしまっては、恵美に対して失礼なのではないか。
悠介は、そう思ったのだ。
──やっぱり、断った方がいいかな。
「えっと、七沢さん。気持ちは嬉しいんだけど……その、俺は七沢さんのこと、あまりよく知らないし……そんな中途半端な気持ちで、告白を受けるのは申し訳ないっていうか……」
と、答えると、恵美は。
「……やっぱり、高橋君は優しいですね」
閉じていた目を開き、こう続ける。
「そういう、優しいところが好きなんです。告白だって、すぐに受け入れてもらえるとは思ってなかったですから」
「そ、そっか……」
流石に照れるなと、悠介はそう思った。
そして、恵美は「だから……」と続け。
「期間限定で、付き合ってくれませんか……!」
「それって、お試しってこと?」
「そうです。期間は一か月。その一か月で、私のことを好きになってもらえなかったら、その時は諦めます。……何もチャンスがないのにフラれるなんて、悲しいですから」
決して、冗談を言っているわけではない。
恵美の目を見て、悠介はそのことに気づく。恵美とは出会って間もないし、そこまで彼女のことを知っているわけではないが、それでもクラスメイトということもあり、多少は彼女の性格を知っているつもりでいた。
だからこそ、悠介は恵美が遊び半分でそんなことをいうわけがないと思ったし、その申し出に対して。
「……七沢さんがそれでいいなら、分かった」
と、承諾の返事をするのであった。
「ほ、本当ですかっ!」
「うん。……むしろ、七沢さんこそ、本当にいいの? 一か月後に七沢さんのことを異性として好意を持ってるかは、正直分からないけど」
「いいんです! この一か月で、高橋君に私のことを知ってもらって……それで駄目なら、むしろ諦めがつくっていうか……」
告白ってそういうものなのかと、生まれてこの方、彼女が出来たことの無い悠介は思う。
けど、確かに恵美の言う通りかもしれない。
悠介が恵美の告白を断ったのは、彼女のことをよく知らないからだ。
では、彼女との時間が増え、内面的な魅力をもっと知ることになれば……その思いにも、変化が生まれるかもしれない、と。
「それじゃあ、今日から一か月、よろしくお願いします!」
「あ、うん。こちらこそ。……で、これからどうすればいいのかな?」
「そ、そうですね……とりあえず、名前で呼んでいいですか? 悠介君、って」
女子に名前で呼ばれる。
今までも、自分のことを名前で呼ぶ女性に三人ほど心当たりがあったが……その呼び方は初めてだったので、新鮮さを覚える。
「それから私のことは……その、恵美って呼んでください!」
「い、いきなり下の名前で呼び捨てかぁ……ちょっとハードルが高いけど、うん。頑張って呼んでみるよ」
やや悠介には難しい注文であったが、恵美の申し出を受けた以上、なるべく彼女のために動くべきだろうと、その注文もこなそうとする。
すると、恵美はようやく緊張から放たれ、ホッとした笑みを浮かべながら。
「──ありがとうございます、悠介君」
と、言葉を口にするのであった。
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