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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
隠れ里

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99/150

18

お久しぶりです。

引き続き、ライン回です。



 もう一つの心当たりを目指して歩き出そうとしたラインは、裏庭から出てわずか数メートルでその歩みを止める羽目になった。

「おい、坊主。なんのつもりだ」

 裏庭から大通りに抜ける通路の途中で、幼い少年にとうせんぼうされたからだ。

 年の頃は5~6才だろうか。

 薄汚れた服は擦り切れてところどころ穴が開き、足元は裸足だ。

 この寒いのに上着も着ておらず、半ズボンからは棒のように細い足が覗いている。

 肩まで伸びた髪はぼさぼさで、ところどころもつれて絡まっていた。


 最初は気にせずに横をすり抜けようとしたのだが、小さな手にコートの端をつかまれてしまったのだ。

 振り払う事もなぜか躊躇われ、足を止めてしまったラインは、とりあえず意図を探ろうと少年に視線を落とし声をかけた。


「……おと、……した」

 少しうつろな視線のまま、少年はポツリと答える。

「あ?音?」

 小さな声を聞き取って、ラインはいぶかし気に目を細めた。

 

「ふえのおと」

 意味が伝わっていないラインの様子にじれたように、生気のなかった少年の目にわずかにいら立ちが宿る。

「笛……」

 言葉少ない少年の言葉に、ラインは再び首を傾げようとして、ふと思い出した。


「もしかして、これの事か?」

 笛といわれて心当たりは一つしかなかったラインは、内心戸惑いつつも懐から伝鳥の笛を取り出して軽くふいてみせた。

 ピクリと少年の肩が動き、コクリと頷く。


「坊主、この音が聞こえてるのか」

 本来、人の耳には聞こえないはずの音である。吹いているラインにしても、吹き込む息でリズムを刻んでいるだけで、この笛がどんな音でなっているのかは知らない。

 ラインの問いに、もう一度少年がコクリと頷いた。


「マジか。今から何回音鳴ったか数えてみろ」

 好奇心が刺激されたラインは、適当に笛を吹いてみた。

 じっと耳を澄ましていた少年が、細い指を四本立てた。


「当たりだ。どんな聴覚してるんだ、こいつ」

 驚きに目を丸くするという、非常に珍しいラインに頓着することなく、少年が再び掴んだままのマントの裾を引いた。


「ふえ。来たから、やくそく」

 そうして掴んだ手と反対の手を差し出す少年に、ラインは再び困惑することになる。

(伝鳥の笛の音を聞いてここに来たって事か?約束ってなんだ?)

 困惑しながらも、少年の訴えを無視して通り過ぎるには、この少年の存在が気になりすぎて、ラインは諦めて少年を小脇に抱えて踵を返した。

 

 突然大人に抱えられて、一瞬身を固くしたものの、向かう先が雑貨屋の方だという事に気づいた少年は大人しく力を抜いた。

 首筋を咥えられた子猫のようにだらりと脱力した少年が面白くて、ラインはクスリと笑った。

 そして、ミーシャが消えて以来、久しぶりに自分が笑っていることに気づいて、さらにおかしくなる。


 大丈夫だと思ってはいたし、周囲にも問題ないと言い聞かせていた。

 それでも、心のどこかは焦っていたし緊張していたのだろう。

 それが、思わぬ出会いで見事に力が抜けた。


(いい事だ。焦りは判断力を鈍らせるから良い事ないし、な)

 まるで荷物のように小脇に抱えられているのに文句も言わず身を任せている少年は、持ってみると想像以上に軽く、子供らしい丸みなど皆無だった。

 おそらく孤児かスラムの子供だろうと思いながら、ラインは出てきたばかりの扉を再びくぐった。


「おい、伝鳥の笛で子供が釣れたんだが、何者だ?」

「あぁ?なんだって?」

 店の方に向かって叫んだラインの声に、困惑したような返事が返ってきたのはすぐだった。

「俺は今、方々に人を手配してて忙し……、あぁ、そいつか」

 眉間にしわを寄せながら顔を出したゲイリーは、ラインの小脇に抱えられた子供を見て目を瞬いた。


「忙しくて忘れてた。ちゃんと約束を覚えてたんだな。にしても、ライン。運び方ってもんがあるだろう」

 フムッと顎を撫でながら、大人しくというかダラリと体から力を抜いてぶら下がっている少年をラインの腕から取り上げた。


「少し前に伝鳥を笛で呼んでたら、庭の垣根から顔を出したんだよ。どうも笛の音が聞こえてる様子なのは確認したんだが、丁度バタバタしててかまう暇がなくてな。食べ物渡して、またやるから笛の音が聞こえてたら来いって言っといたんだよ」

 側にあった椅子にポンと座らせると、ゲイリーは乱暴に頭を撫でた。

 無表情ながら逃げる様子もなくされるままになっていた少年の腹が、側に立つライン達にまで聞こえるほどグーと大きな音を立てた。


「おっと、約束だったな。ライン悪いが人を待たせてるんだ。そっちの棚から適当に食いもん渡しといてくれ」

「は?なんで俺が?」

「お前のお願い聞いてやってる最中だから、だな。頼んだぞ。坊主、笛鳴ったらまた来い、な?」

 突然の依頼に眉をしかめたラインにあっさりと返すと、ゲイリーは来た時同様、足早に去っていった。


「ちっ」

 自分のために動いているといわれては反抗もできなくて、小さく舌打ちするとラインは棚の方に足を向けた。

 適当に扉を開くと、パンや菓子、果物などを見つける事ができる。


「飲み物は……水でいいか」

 皿にパンや果物を切り適当に載せていると、奥の方にドライソーセージがひっそりと隠してあるのを見つけて、ラインはにやりと笑った後それも薄く切ってパンにはさんでやる。


「ほら、坊主。さっさと食べろ」

 そうして振り返ったラインは、子供が椅子から消えている事に目を丸くした。

 背中を向けて作業していたとはいえ、気を抜いていたつもりはなかった。

 それなのに、ラインはいつの間に子供が椅子から降りて動いたのか、気がつかなかったのだ。


「おいおいマジか」

 クルリと部屋を見渡したラインは、さらにその子供が部屋の隅に横になっていたレンの隣にいるのを見つけて思わずつぶやいた。

 自分よりはるかに大きな狼を恐れる様子もなく、子供はヒシッとレンにしがみついていたのだ。


「クゥ」

 困惑した様子のレンが、ラインを見て小さく鳴いた。

 それにラインが返事をする前に、レンの毛皮に顔をうずめていた子供がバッと顔をあげる。

 そして。


「キュゥ。キューン」

 まるで子犬が母犬に甘える時のような声が、子供の口から洩れた。

 レンの目が驚いたように丸まる。

 その目の前で、子供がコロンと腹を上に転がった。


「グゥルルゥ」

「キュウ。キュウ―ン」

 少し迷うように小さく喉を鳴らしたレンに答えるように、子供が再び鳴いた。

 レンは、少し視線を揺らした後、クンクンと子供の匂いを嗅ぎはじめる。

 それから何かを納得したかのような顔をして、少年の顔を舐め始めた。

 倍近く大きなレンにのしかかるように舐められても、子供は嫌がる様子もなく大人しく転がっている。

 傍から見たら、狼に捕食されそうになっている子供の図である。


 突然目の前で始まった不思議なやり取りを見ていたラインは、少し考えた後、さらを子供の近くの床に直に置いた。

「レン、ちょっと出てくるからその子供にエサ食わせて様子見といてくれ。頼んだぞ」

 子供を舐めていたレンが、ハッと我に返ったような顔で見上げてきたけれど、気にせず手を振るとその場を後にする。

「ワウッ!ガウガウ」

 呼び止めるような声が聴こえたが、ラインは気にせず外に出た。


(衛生的にも床に食べ物を置いたら駄目だろうが、あの汚れっぷりからして今さらという気もするしいいだろ。にしても変わった子供だったな)

 ゲイリーに情報収集を頼んだとはいえ、その期間ただ待っているのも時間の無駄なので、ラインは自分でも独自に動くことにしたのだ。

 昼間にしか得られない情報もあるため、少し気になったとはいえ、少年にかまっている時間が惜しかった。


(まぁ、なんだかレンに懐いてたみたいだし、レンの気晴らしにもいいだろ)

 突然少年を押し付けられた形になり困惑していたレンを思い出して、ラインがフッと笑った。

 ミーシャがいなくなってから焦燥していたレンのいい気晴らしになってくれそうな予感がした。


「さて、レンの心配もなくなったことだし、こっちはこっちでサクサク動くかね」

 適当な酒屋で、少しだけいい酒を買う。

 目指すは現役を退いた後も、陸で網の補修を請け負って、のんびりとたむろっている元海の男のご老人たちだ。


 旅客船で特別に写させてもらった海図に書き込まれた海流の真偽を確認するためである。

 旅客船の船長たちを信用していないわけではないが、実際に毎日海で漁をしていた地元民の方が、より詳しく潮の流れを予想できるのではないかと考えたのだ。


「さて、行くかね」

 酒瓶を手に提げてたどり着いた港で、ラインは小さな漁船が停まるエリアへと向かう。

 港の端に立つ屋根と柱だけの掘っ立て小屋ともいえない建物の下で破れた網を広げ補修している老人たちを見つける。


 昼をだいぶ過ぎた時間帯で、まじめに補修をしているよりものんびりと談笑している空気の方が強くなっている様子が見て取れた。

 思った通りの光景を見つけて、ラインはほくそ笑むと軽く髪を乱してから、のんびりとした歩調で近づいていく。


「どうも、お忙しい所すみません」

 あくまでも物腰は柔らかに。人のよさそうな笑顔を浮かべながらも、目は焦燥をのぞかせる。

 知る人が見れば「誰?!」と二度見しそうな雰囲気をまといながら声をかけるラインは、容姿も相まって儚げな佳人に見えた。


 一瞬、知らない人間に警戒をにじませたご老人たちも、どこか悲し気な微笑みを浮かべる青年に警戒をとき、ただ不思議そうな視線を向けた。

 同業者にしては線が細すぎるし、荒々しい雰囲気もない。

「なんじゃい?」

 結局、リーダー格の老人が怪訝そうな顔のまま質問を投げかけた。


 ラインは、屋根に入る少し前で足を止め、その場に膝をついた。

「ぶしつけなのは承知の上です。この海で長年船に乗っていた方々と思い、手助けいただけないかと声をかけさせていただきました」

 突然現れて、元漁師の年寄り達に躊躇なく膝をつき懇願するラインの姿に、老人たちの間に動揺が走る。


「なんじゃ。そんな突然頭を下げられても訳わからんわ!とりあえず、顔をあげんかい」

 少し困った顔で立ち上がり、ラインの肩をポンと叩いた。

「……すみません。気が急いてしまって」

 促されて顔をあげた翠の瞳は涙で潤んで見えた。


「実は妹が亡くなってその娘を引き取ったのですが、故郷に帰る船で海賊に襲われ、姪が海に落ちてしまったのです」

 震える声で告げられたあまりにも哀れな物語に、老人たちは息をのんだ。

「おい、それってもしかして少し前に港に着いた客船の事か?」

「あぁ、海賊を捕縛したって騒ぎになってたな」

 漁船と客船の利用している場所は違えども、同じ港を利用している同志である。海のうわさ話は、すでに老人たちの耳に届いていた。


「はい。捕縛完了の鐘の音に部屋の外に出てしまった姪を、隠れていた残党が襲ったのです。逃げようとした姪は誤って海に落ちてしまい、今も見つかっていません」

 肩を落とすラインに、一気に同情の目が集まる。


「で?俺たちに何の用なんだ?悪いが俺らは倅達に跡を譲って船を降りた爺ばっかりだ。娘を探すために船を出せってなら、悪いが……」

「いえ。そんな図々しいお願いはできません。ただ、この海図を見ていただきたいのです」

 申し訳なさそうに眉根を寄せる老人に、ラインは慌てて首を横に振り、マントの隠しポケットから引っ張り出した紙を渡した。


「こいつは」

 ガサガサと紙を広げた老人が驚いたように目を見張る。

「客船の船長さんにご厚意で写させていただいたものです。姪が落下したであろう場所やその近海の潮目を書き込んでいただいたのですが、これを見て姪がどこに流れ着くか、予測が立てられないかと思いまして……」

 

 陸を示す地図と同じように、海を示す海図も高価なものである。

 特に長距離を航行する船にとって、独自の海図は宝とも言ってよく、赤の他人に公開されることは珍しい。

 元海の男たちも好奇心を刺激され、じりじりと近づいては覗き込んでくる。


「ふぅ~ん、よくできてるな」

「あぁ。だが、外海はともかく近海の潮流の書き込みはいまいちだな」

「ここの瀬が抜けとるのぅ」

「ここは磯が隠れていて、潮目が複雑に乱れとるんじゃ」

「それを言ったらこっちも……」


 覗き込んだ老人たちがそれぞれ勝手にしゃべり、海図の上を指さしていく。

「あぁ、すみません。もう一度……」

 カインは懐からペンを取り出すと、海図に老人たちの言葉を次々と書き込んでいった。


「ここらで落ちたのなら、この海流にのるはずじゃ」

「いや、この日は倅が珍しく風の向きが南からで舵をとるのが大変だったと言っておった」

「そうなのか。ならばこっちに流れている可能性も」

 それぞれに勝手に考察を始める老人たちの言葉を一言一句漏らさぬように、ラインはペンを走らせ続けるのだった。

 





「どこの土地でも、ご老体は話し好きでいいな」

 予想通り港でたむろっていた老人たちの輪に入り込み、話を聞くことができたラインは思った以上の収穫に満足していた。

 最後に礼として酒瓶を置いてきたことで好感度も上がったようで、困ったことがあればまた来るようにとのありがたい言葉までいただいていた。


(老人たちの予想は、船長たちと同じでやはり北上路線か。それならここ周辺から始まってウィスタリアへ海岸線を辿るのが正解か?ゲイリー達の情報は、どうかな?)

 老人たちから見えない位置まで離れたラインは、乱れていた髪を撫でつけ、少し曲げていた背筋を正す。顔から穏やかな笑みを消せば、いつもの無表情ラインの完成だ。


 良くも悪くもいろんな場所を渡り歩いてきたラインは、自分の顔を熟知してた。

 普段は面倒で滅多にしないが、表情を行動を、その場に合わせて変化させることも可能だ。

 ちなみに本人的にはだましているつもりはなく、演じる苦労と得られる利益の天秤が傾く方向で判断しているだけに過ぎない。

 今回の件にしても、気持ちよく人助けに加担させてあげた上に報酬代わりの酒まで貢いだのだから、ウィンウィンだとすら思っていた。


 気づけば、陽はだいぶ傾いて夕暮れに町はオレンジに染まってきていた。

「陽が落ちるのがだいぶ早くなったな」

 吹き付ける風の冷たさに、ラインはマントの前をしっかりと合わせる。

「……ミーシャ、腹を空かせていないといいが」

 着せていたマントには、小刀や薬などいろいろ仕込んでいたし、おそらく薬箱も一緒にあると思えば、流れ着いた場所で火をおこし食物を手にいれる事も可能なはずだ。

 森を駆け回っていたミーシャはそれだけの技術を持っていたし、短い二人旅の中でも、教える事ができる事はしっかりと伝えてきた。

 そう信用はしているが、ミーシャに対する情が不安をかきたてる。


「ままならないな」

 ラインは、わりと自分が情が薄いタイプだと思っていた。

 それが、身内というフィルターがかかるだけでこの体たらくだ。

 苦笑して、ラインは本日の仮宿に勝手に認定したゲイリーの店へと足を速めた。





「……寝てるな」

 裏口から直接戻ってきたラインは、部屋の隅に見つけた予想外ののどかな光景に目を細めた。

 横たわったレンの腹の下に潜り込むように少年が眠っていた。

 どういうやり取りがあったのか分からないが、レンの前足がしっかりと少年の体にかかっているところを見ると、随分打ち解けたのだろう。


「クゥ」

 近寄る気配に、レンがパチリと目を開き、ラインに訴えるように鳴いた。

「あぁ。心配するな。ミーシャの行き先の目処をつけてきたから、明日から動ける。あと、坊主を留めてくれてありがとうな」

 グッスリと眠っている少年を気遣ってか、体を動かそうとしないレンの頭をそっと撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。


「坊主はちゃんと飯食ったみたいだな。レンも飯にするか」

 帰りがけに買ってきた屋台の料理を台の上に置くと、ラインは火を起こした。

 屋台の料理はレンには味が濃すぎるため、別に用意してやるためだった。


「うまそうな肉があったから買ってきたぞ。血が足りてないんだから、しっかり食え」

 赤身肉の表面を軽くあぶっていると、部屋にいいにおいが立ち込めてきた。

「うぅ……」

 匂いにつられたのか、レンの腕の中に抱え込まれていた少年が唸り声をあげる。

 

「あ?起きたか。坊主も飯食うか?」

 もぞもぞと身じろぎした少年にラインが声をかけると、小さな体が目に見えてビクッとした。

 どうやら、眠っている間に自分の置かれている状況を忘れてしまっていたらしい。

 硬直してしまった少年を、レンが慰めるように舐めると、それに気を取り直したようにモゾモゾと這い出してきた。


「ごはん」

「……さて。おまえさんも、レン仕様の方がよさそうだな」

 幼い子供に濃い味付けもスパイスもあまり良くないだろうと判断したラインは、レンのために焼いた肉からいくらか取り分けてほんのわずかに塩だけを振ってパンにはさんだ。


「……そっちがいいか?」

 レンの分と少年の分、二つの皿を手に珍しくラインが迷いを見せた。

 さっきは時間が惜しくてレンのもとに押し付けてしまったが、外でもないのに子供に床で直に食事をさせるのはさすがに良心が咎める。

 しかし、こちらを警戒したように見る少年を強引に椅子に座らせて、きちんと食事はとれるのだろうか?

 

かといって、少年をレンと共に床で食事をとらせラインだけテーブルにつくのは、それはそれで落ち着かなさそうだ。

「あぁ。めんどくせぇ」

 小さくため息をつくと、ラインは中央にあったテーブルを横に押して場所を作ると、適当に土ぼこりを箒ではらい、荷物の中から敷物を取り出して広げた。

 さらに、ソファーの上からクッションを拝借してポンポンと投げる。


「レン、来い」

 のそりとレンが動き、慌てたように少年もついてくる。

「本当に懐かれたな、レン」

 少し笑ってから、レンの足を濡らした布でふき、さらに少年に手を伸ばす。

 反射的に下がろうとした体はレンに阻まれ、少年は大人しく身を固くしながらその場にとどまった。


「あ~大人しくできて偉いな~」

 適当にほめながら、ラインはガリガリに痩せた細すぎる手足を、ざっと拭いてやる。

 敷物の上に招いて目の前に皿を置いていけば、食べ物のいい匂いに、少年の目に生気が戻る。

 よだれを垂らしそうな顔でじっと皿を見つめる少年にズイッと皿を突きつけると、少し迷うそぶりを見せた後、先に食べ始めたレンを見てそろそろと手を伸ばした。


「おお、野生児みたいだな」

 さっと肉が挟まれたパンを取ると、レンの後ろに隠れるようにして食べ始める少年を観察しながら、ラインも買ってきた食事をとることにした。

 香りにつられた買ってきた香辛料の効いた魚介のスープは、白ワインが欲しくなる味だった。


「なんで床に座り込んでるんだ、お前ら」

 ラインがワインを取りに行くか悩んでいると、店を閉めてきたゲイリーが戻ってきて、呆れたような目を向けてくる。

「坊主がレンから離れそうにないから、面倒になってな」

 顎先で指され、レンの陰からこっちをじっと見つめる小さな影に気づいたゲイリーが目を細める。

「なんだ、まだいたのか。ミルク飲むか?」

 チャプンと瓶を揺らすゲイリーに、レンの尻尾が振られた。


「オォ、もともと怪我をしたお前さんの栄養補給に用意したものだが、チビにも分けていいだろう?」

「オン!」

 笑いながら許可をとるゲイリーに、レンが返事をする。

 腹に巻かれた包帯から滲んでいる血の跡に、出血の多さを悟ったゲイリーが、気を使って入手してきたものだった。


「俺はワインの方がいいんだが」

 遠慮なく声をあげるラインに呆れた顔を見せながらもゲイリーが棚からグラスとワインを取り出してくる。ついでのように、買ってきたらしいいくつかの総菜を並べていく。

 ゲイリーの住居は店とは別の場所にあったが、泊まり込むつもりのラインの為に用意したのだろう。


「さて、食いながら今のところ集まった情報の精査でもするか」

「いいけど、意外と付き合いいいな、ゲイリー」

 呆れた目を向けていた割に、さっさと自分の分の皿をもって床に座り込んだゲイリーに、ラインは胡乱な目を向けながらも、注がれたワインを飲み干した。

読んでくださり、ありがとうございます。

無事に3巻発売されましたが、なぜかすでに4巻原稿の第一次修羅場にてんやわんやしておりました。

目処がついたので、今後は原作が追い付かれないように勧めていけたらいいなぁ、と思っております。

そして、新キャラです。

子供書くの、楽しいです。

今回は、野生児少年。設定もりもりですが、どこまで書くか悩みどころです。

そして、短かったけどおすましライン君も書いてて楽しかったです。猫が二~三匹トリツイテおりました。

ミーシャがその場にいたら二度見すること請け合いです(笑)

ビジュアルだけなら美人さんなので、黙って俯いていれば騙される人続出なのです……たぶん。

次回はミーシャに戻ります。

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