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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
隠れ里

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93/150

12

 ようやくミーシャが気を取りなおして動き出したのは、それからしばらくしてからだった。

 一つ大きく息をついて、顔をあげたミーシャの目の前に、温かなお茶が入った茶碗がそっと差し出される。


「落ち着いたかい。ちょっと、これをお飲み」

 柔らかなマヤの言葉に、ミーシャは膝に薬箱を載せたまま茶碗を受け取る。

 ほんのりと甘みを感じる薄黄色に色づくお茶は、さわやかな後味を残して、ミーシャの喉を滑り落ちていった。


「おいしい」

 まだわずかにざわついていた心が静まっていく気がして、ミーシャは、ほほ笑んだ。

「とても大切なものだったから。一緒に海に落ちて、失くしてしまったのだと思っていたから、びっくりして……」


 言い訳するようにつぶやくミーシャに、マヤが安心させるようにゆっくりと頷く。

「薬箱って言っていたね」

 ミーシャは、コクリと頷くと、箱を膝からおろして、そっと蓋の留め金に手を伸ばした。

 ミーシャの引き継いだ薬箱には、森の民の英知の欠片が入っている。

 それゆえに、一族の者以外が開けれないように特殊な仕掛けが施されていた。


 二列に並んだブロックを決められた順番に動かし、鍵を外す。

 一つでも手順を間違うと開かないため、ミーシャは開ける時はいまだに緊張する。

 幾度も間違えば、二度と開かなくなることもあると脅されていたのでなおさらだ。


 ちなみに閉める時は何もしなくても、ふたを閉じるとまたピースはバラバラに戻ってロックがかかるようになっている。理屈は分からないが、ミーシャはもうそうゆうもの・・・・・・だと考える事にしていた。


 カチリ、と微かな音がして、ミーシャは緊張していた肩から力を抜いた。

 そろそろ慣れてもいい頃なのだが、ブロックを動かすスピードは上がっても、なんとなく力が入ってしまう。


「よかった。無事、みたい」

 そっと蓋を開けて、ミーシャは微笑んだ。

 箱の中は、浸水することもなく、最後に使用した時のままだった。


「防水加工してあるから、最悪、海で漂流することがあったら掴まっておくといいって、伯父さんが言ってたの本当だったんだ」

 冗談めかして話すラインの言葉を、まさか検証するわけにはいかなかったので半信半疑だったのだが、中に入っていた道具や薬は、濡れるどころか湿気てすらいないように見えた。


「へー、これ、全部薬作るための道具なのか?」

「これ、カシュール」

 横から興味津々の顔で薬箱の中を覗き込んだカシュールをマヤが咎める。

 薬師にとって、薬箱は大切な仕事道具であり。さらに師から受け継がれる薬のレシピや特殊な道具は秘匿されたものも多い。師事した一門の中でだけ粛々と受け継がれる事がほとんどだった。

 それを覗き見たり詮索することは、重大なルール違反として、薬師の間では暗黙の了解がある。

 もっとも、カシュールには知るはずもないルールのため、ミーシャも目くじらを立てる気はなかった。


「そう。これは薬の材料の重さを計って、こっちは混ぜ合わせたりすり潰したりするの」

 だから、マヤには大丈夫と目配せをして、覗き込むカシュールには、当たり障りのない道具を指し示して説明してみせた。

「へ~、結構いろんな道具があるんだな」

 腹痛や怪我などでマヤを訪ねる以外、薬に触れる事がなかったカシュールは、箱の中にぎっしりと詰まった道具たちを感心したように眺めた。


「こっちが、薬?」

「そう。調合前の物も少しはあるけれど、ここにあるのはすぐ使えるように調合したもので、痛み止めや傷薬が多いわね」

 ミーシャの脳裏に、船室内でいざという時のためにと、ラインと共に薬を作っていた光景が浮かぶ。

 あの時は、まさか一人漂流した挙句助けられることになっているなんて、想像もしなかったが。

 

「傷薬…かぁ。腰や膝の痛み止めなんかもある?」

「あるけど、誰かにあげたいの?どういう痛みなのかでも薬が変わるのだけど、わかる?」

 ふと思い出したように尋ねるカシュールに、ミーシャもまた首を傾げた。


「ん?うちの爺ちゃん。怪我とかじゃないけど、年取って節々が痛いって最近動きたがらないんだよな」

「……加齢による関節の炎症かしら?マヤ様は「ババでいいよ」」

 この村を守ってきた先達マヤに敬意を払おうとするミーシャを、マヤが遮る。

 コテン、と首を傾げたミーシャにマヤは苦笑した。


「さっきのカシュールじゃないが、名前で丁寧に呼ばれるのは苦手でね。大体薬師って言っても私は何でも屋さ。調合できる薬だって、そう多くはないしね」

 肩を竦めてみせると、 さらにマヤは言葉を続ける。


「ちなみに、カシュールの所の爺さんは年寄り病だよ。年取ると、いろんなところにガタが来て、体が動かしにくくなる。私もだが、しょうがない事だし、よっぽどひどくない限りわざわざ薬を使う事もないね。ここら辺では、あまり痛み止めに使える薬草は取れないし、わざわざ外から金を出して買ってきた貴重な薬を使うこともめったにないね」


「……そうなのですね」

 レッドフォード王国でのこともあり、ミーシャは、その土地によって薬事情が違う事は身に染みていた。また、旅の間に、平民は医者にかかったり薬を使うのはどうしても我慢できない状態になってから、というのが一般的だという事も知った。

 旅をしていれば、故郷の森に暮らしている時のように、薬草が潤沢に手に入るわけでもないため、感情のままに、薬を配り歩いてはいけないとも、ラインにしっかりと教えられている。

 そうでなければ、いざ本当に必要としている人を救えなくなることもあるのだ、と。


(でも、命の恩人の助けになるのは悪い事ではないと思うの……)

 迷うように目をさ迷わせるミーシャに、マヤはひっそりと笑った。

(この子は、とてもまっとうな育てられ方をしたんだろうね)

 

 実はマヤは、窒息しかけていた子供を処置するミーシャを遠くから見ていた。

 目を覚まさないながらもミーシャの症状が落ち着いたため、今後どうするかの方針を村長に相談するために家を空けていた。ミーシャは運悪く丁度そのタイミングで目を覚ましたため、誰も側にいなかったのだ。

 マヤは、話し合いがひと段落ついたところで、ひとまず家に戻ろうとしていた。


 そして、近所の家から人が飛び出し、叫ぶ声を聴いたのだ。


 しかし助けを求める声が耳に入っても、年老いた体では駆け付ける事もままならない。

 歯がゆく思いながらも、精いっぱい足を速める視線の先、叫び声の元へと、まっしぐらに駆け寄っていく小さな背中を見つけたのだ。

 おそらく、タイミング的に目が覚めたばかりで、自分の置かれている状況も分かっていなかったはずだ。

 それでも、救いを求める手を取り、見事に幼い命を助けてみせた。


「あの。良ければババ様の作る薬を見せてもらう事は出来ますか?もしかしたら、私が作れる痛み止めの中に、ババ様が知らないこの近辺で採取できる素材で作れる別のレシピがあるかもしれないし……」

 思い切ったように声をあげるミーシャに、マヤは、小さく頷いた。


「それはかまわないんだけどね。体調がいいようなら、その前に村長に会ってもらいたいんだよ。おまえさんの現状と、今後の希望を話し合いたいからね」

 穏やかな語り口だが、マヤがその言葉を口にした瞬間、場の空気がピリッと引き締まったように感じ、ミーシャは戸惑う。

 同じく、先ほどとは打って変わって笑顔をひっこめたカシュールが立ち上がった。


「じゃあ、俺が声をかけてくるよ。ババ様の所へ来るように言った方がいいか?」

「……そうじゃの。今更な気もするが、あまり姿を見せん方がよいだろうね。頼めるかい?」

「分かった。行ってくる」

 どこか硬い表情で踵を返したカシュールは、振り返ることなく家を出て行ってしまった。


 さよならも言わず唐突に去っていった背中を見送って、ミーシャはもの問いたそうにマヤを振り返る。その視線に答えることなく、マヤもまた立ち上がった。

「さて、村長たちが姿を現す前に、ここを片付けちまおう。あの子らはせっかちだからね。ミーシャは、薬箱をさっきまで寝てた部屋に置いておいで。それから、ババを手伝ってくれたら助かるよ」

 重ねた食器を手に、流しへと向かうマヤに慌てて手伝おうと手を伸ばしたミーシャは、視線に促され、いわれたとおりに先に薬箱を片付ける事にした。


 先ほどとは逆の手順で薬箱を閉じ、布団の置かれた部屋へと運ぶ。

 改めて見ても、布団でいっぱいの部屋だが、枕元と壁の間に隙間を見つけて、ミーシャはそこへ薬箱をおいた。

 そして大事な道具や薬一式が手元に戻ってきたことをひっそりと神に感謝してから、ミーシャはマヤの手伝いをするために急いで踵を返した。


 幸いというか、足腰の弱ったマヤにとっては、土間への段差を降りるだけでも一苦労だったようで、ミーシャが戻った時にはまだ食器を運んでいる最中だった。

 いつの間にか置かれていた藁で編んだサンダルのようなものを拝借して、ミーシャは急いでその手から食器を取り上げる。

 流し場で道具の場所を教わりながら片付けを始めたが、二人分の食器を洗い終わるのはあっという間だった。


「手際がいいねぇ。普段からちゃんとしている証拠だ」

「……ありがとうございます」

 何気なく褒められて、ミーシャは面映ゆそうに頬を弛めた。


「そういえば、ババ様の目は、片方見えていないのですか?」

 見つめあう瞳の片方が白く濁っていることは、初めて会った時から気づいていたし、気になっていたため、ミーシャは丁度いいと質問してみる事にした。


「あぁ。これも年寄りにはよくある事さ。目が白く濁ってやがて見えなくなる。今のところ、光は見えるけど、時期にそれもなくなるだろうね。もう片方も、いつまでもつやら……」

 何でもないように答えるマヤに、ミーシャは眉をしかめた。

 確かに加齢により体に不具合が出るのは自然なことではあるが、ミーシャには先ほどからマヤがあきらめが良すぎるように感じたのだ。

 そして、ミーシャは、マヤの言う症状に心当たりがあった。


「治療はされているんですか?」

「あいにく、この症状に効く薬を私は知らなくてね」

「………」

 再びサラリと返されて、今度こそくっきりとミーシャの眉間にしわが寄る。


「あのですね」

「邪魔するぞ、ババ様」

 ミーシャが言葉を発しようとしたその時、玄関の方から声が響いた。

 驚いて振り返った先、年の頃40ほどの男達が連れ立って入ってくるところだった。

 その二人の背後に隠れるようにカシュールの姿も見え、ミーシャはその二人が、カシュールが呼びに行った村長たちであることを知る。


「おう。無事に目が覚めたみたいだな、嬢ちゃん」

 長い年月で染みついた日焼けの跡も黒々とした少し細身の男が、目を丸くするミーシャを見てニカリと人好きのする笑顔を浮かべた。くしゃくしゃの長髪を無造作に紐で一つにくくっていて、頼りなさそうにも見えるが、不思議と何でも話したくなるような不思議な雰囲気を持っていた。

「さすが、ババ様だな。あのまま死んじまうんじゃないかって顔いろだったが、良かった。良かった」

 響き渡る大きな声は、長年潮風や波音に負けないように声を張り上げてきた成果だろう。

 もっとも、室内では大きすぎたようで、くっきりとマヤの眉間にしわが寄った。

 

「大きな声を出すんじゃないよ!うるさいねぇ。足腰は弱っても、まだ耳は聞こえてるよ!」

「おう、ババ様。相変わらず元気そうで何よりだ」

 男は、そんなマヤの言葉も慣れたものなのか、気にした様子も見せずに部屋の縁へと腰を下ろした。

「さっき会ったばかりだろう。茶が飲みたきゃ、自分で用意するんだよ」

 マヤは、ちっとも堪えた様子のない男にため息を一つ落とした。


「はい。勝手にさせていただいてます」

 そんな二人のやり取りを気にした様子もなく、もう一人の男は台所の方でごそごそと用意を済ませ、人数分の茶器を手に戻ってきた。

 最初の男よりも背が高くがっしりとした体形で、短く刈り込まれた髪は固そうにピンピンと立ち上がっている。エラの張ったいかつい顔は一見怖そうだが、切れ長の瞳は意外なほどやさし気な光を宿していた。盆を運ぶ仕草も丁寧だ。


「ミーシャはこっちへおいで」

 自分の隣へと手招くマヤの方へと移動すると、男たちは囲炉裏をはさんで向かい側に座り、居心地悪そうにカシュールが土間を背に座る。


 囲炉裏を囲むように、いつの間にか席が作られていることにミーシャは目を瞬いた。

 上座にあたる場所に誰もいないのがどういった配慮なのか分からないけれど、隣にマヤがいる事に安心感を感じて、ミーシャは小さく息を吐き、こっそりと正面に座る男たちを伺い見る。

 

 カシュールと同じように日に焼けた小麦色の肌に黒っぽい髪色。

(これは民族的なものなのかしら?)

 ミーシャの周囲に黒髪がいなかったわけではないが、どちらかというと淡い髪色の方が多かったように思う。

(あ、でもカイトの髪は黒っぽかったわね)

 落ち着いた黒に見えるが、光をすかすと不思議と青色っぽい色が見え隠れしていた騎士を思い出し、ミーシャは少し体の力を抜いた。


「では改めて挨拶申し上げる。ワシはこの村の長をしているゼンテュール。まぁ、気軽にゼンとでも呼んでくれ」

 真面目な顔で話し出した男は、しかしすぐにニカリと相好を崩した。

「村長、締まりがないですよ」

 そんな男の横腹を、お茶を用意していたもう一人の男が小さくつつきながら小言を言う。


「私はポリュース。村長補助の様なことをしています」

「と、いうかもうほとんどお前が村長みたいなもんだよな。ワシ、ほとんど仕事しとらんもん」

 そして、ミーシャに向かい名乗ったのだが、それにすかさずゼンチュールが茶々を入れてくる。

「それは、あなたがしなければいけない仕事を丸投げしてくるからでしょう!私だって暇ではないんですよ?!」

 ピッとポリュースの眉間に皴が入り、突如とはじまった説教に、ミーシャはあっけにとられてその光景を見ていた。


(なんか、ジオルドとトリスさんのやり取りみたいな……)

「あ~~、村長って、一応、村の大人達の話し合いで決められるんだよ。で、ゼンさんはああ見えて人望はあるし、いざという時の行動力もあるから、もう何年も村長をしてるんだ。…でも普段の村の仕事は面倒らしくって、いっつもポリさんに押し付けるから」

 ポカンとしているミーシャを見かねてか、カシュールがコソコソと声をかけてくる。


「……あんな感じになるんだよ」

「そ……、そうなんだ」

 一方的に説教をされ首を竦めながらも何かと言い訳をするゼンは、ミーシャの目から見てもちっとも堪えていないように見える。

それが見て取れるためミーシャは肩を竦めるカシュールに、何と答えていいのかわからず愛想笑いを浮かべるしかなかった。


「あんたたち、いい加減におし!ここに、なにしに来たんだい!!」

 結局、ポリュースの説教はゼンテュールか茶々を入れる為いつまでも終わらず、業を煮やしたマヤの怒声が響くまで続いたのであった。




読んでくださり、ありがとうございます。


新キャラ次々増えてます。

名前考えるのが大変でした。

5千字使って新キャラ増えただけって、どうなんでしょうね……。

暫くは人物と環境の説明で埋まりますが、どうかい付き合いください。

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