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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
2人旅

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緊急速報です。

ちび魔女さんが書籍化決定しました!!

…エイプリルフールではないですよ?

「ふにゃぁ~~、のぼせたぁ~~」

 脱衣所に置かれたベンチに座り込んで、ミーシャは火照った頬を水で絞った布で冷やした。

 入る前に、温泉は普通のお風呂よりのぼせやすいから気を付けるように注意されていたのに、あまりの気持ちよさについつい長湯をしてしまい、ミーシャは見事にゆでだこになっていた。

 くらくらする視界に、汗が引かない肌。

 とても服を着れる状態ではなくてミーシャは大きな布を体に巻いて体のほてりが引くのを待っているのだった。


 ミーシャはパタパタと手で仰ぎながら、ふうッと大きく息を吐いた。

「お水、持ってきたらよかった…かも」

 ポツリと呟いた時、外からコンコンとノックの音が聞こえる。


「ハイッ!」

 ミーシャは驚いて座ったままピョンッと飛び上がりながら返事をする。

「大丈夫?お水持ってきたから、鍵を開けてもらってもいいかい?」

 聞こえてきたのは、さっきお風呂で会った女性のもので、ミーシャは驚きながらも、扉を開けた。


「おやおや。まだ真っ赤だねぇ」

 そうして入ってきたのは、やっぱりさっきの女性で、ミーシャは目を瞬かせる。

 飾り気のないベージュのドレスは、地味なはずなのに、シンプルゆえに女性の素晴らしいボディラインを際立たせていて、同性ながら見とれてしまう。


「ほら、座って。これをお飲みよぅ」

 手渡されたのは冷たく冷やされた水で、口に含むとほんのりと甘みと塩味、そしてさわやかな柑橘を感じた。


「ガンツさん特製の飲み物だよぅ。体の水分を補うのに良いんだって。しみるだろぅ?」

 一気に飲みほしたミーシャにクスクス笑いながら、女性がお代わりを注いでくれる。

 ミーシャはそれをありがたく受けながら、ガンツを親しげに呼ぶ女性を見上げた。


(さっきは外から来たみたいだけど、今度はこっちから。ガンツさんの知り合いみたいだし、どうゆう関係なんだろう?)

 冷たい特製ジュースのおかげかミーシャのぼんやりとしていた頭が動き出す。

 どこからか取り出した扇であおいでいた女性は、しっかりしてきたミーシャの視線にクスリと笑う。


「私はアンジェリカ。町に住んでるんだけど、ここには週に三回お手伝いに来てるのさぁ。今日はお休みの日だったからお風呂だけもらいに来てたんだけど、お客さんみたいだから食事の準備でも手伝おうかと声をかけたんだよぅ。そしたら、あんたがいつまでも出てこないから様子を見てきてくれって頼まれたのさぁ」


「あ~~、それはお手数をおかけしました」

 どうやら、出てこないミーシャを心配しても自分が行くわけにもいかないかと困っていたガンツに丁度いいと捕まったらしいことに気づいたミーシャは、へにょりと眉を下げた。

 気を付けるように注意されていたのに、不甲斐ない。


「あはは。礼儀正しい子だねぇ。気にしなくていいよぅ。初めてだったんだろう?よくある事だよぅ」

 朗らかに笑い飛ばすと、女性はミーシャに扇を手渡すと扉に向かった。

「ご飯作っとくから、汗が引いたら出ておいでぇ」

 そうして、さらりと出て行ってしまう。


 パタリとしまった扉を眺め、手に握った扇に目を落とす。

 繊細なレース織りの扇は鮮やかな緋色。フレームは漆黒の木製で花と蝶の細かな彫刻が施されていた。とても手の込んだ美しい一品で、とても普段使いにするような物ではない。

 しかし、華やかな容姿と妖艶な姿態のアンジェリカの持ち物としてはとてもしっくりきた。

 そんな人物が、家政婦をしていることに違和感を感じるが、理由など考えても答えが出るわけもない。

「服着よう」

 グラスに残っていたジュースをぐっと飲み干すと、ミーシャは扇を丁寧に置いて立ち上がった。


「あの、グラス、ありがとうございました」

 母屋に戻り台所を覗くと、そこにはアンジェリカがいて、野菜を刻んでいる所だった。

「あら。わざわざ悪かったわねぇ。置いといてよかったのに。まだ夕餉には早いから少し横になってきたらいいよ。疲れてるだろぅ?」

 包丁片手にクルリと上半身だけを捻ってこっちを振り向くアンジェリカに、ミーシャは知らず見惚れていた。

 柔らかな微笑みを浮かべて台所に立つアンジェリカに重なるように、レイアースの面影が浮かんだ。


「どうしたんだい?」

 自分を見つめたまま固まるミーシャに、アンジェリカが首を傾げた。

 不思議そうなアンジェリカに、ミーシャはハッと我に返ると恥ずかしそうに頬を染める。

「なんでもない、です。お言葉に甘えて少し休ませてもらいますね」

 さっとコップを水で洗うと、水切りの上に伏せ、ミーシャはそそくさとその場を後にした。


(なんで母さんを思い出したんだろう?ちっとも似てないのに、変なの)

 髪の色も瞳の色も何一つ似ていない。

 体型だって、レイアースは折れてしまいそうに華奢で、アンジェリカは同性でも見とれてしまいそうなほど豊満で色気があった。

 どちらかと言えば対極にいるような二人だった。

 一つ一つ違うところを数えながら、ミーシャは与えられた客間に戻り、ベッドへと倒れこんだ。

 まだ、湯あたりが良くなっていないようで、少し頭がぼーっとして、横になれば眠気が襲ってきた。


(そういえば、ベッドで眠るの久しぶり…)

 予定外の出会いで山の中でテント生活が続き、その後の移動も野宿続きだったのだ。


(エディオンたちは、まだあそこにいるのかしら)

 エディオンたちと別れてもう5日が経つ。

 別れた時のフローレンの体調を考えたら微妙なところだが、いつまでも山の中での生活も落ち着かないだろう。


(無事に、家にたどり着けるといいけれど)

 別れる日にカインに手紙をつけて飛ばしたから、父親にも森の家を人に貸したのは了承済みだ。

 返信には、ミーシャが納得しているなら問題ない旨と、一応、保存食などを補充しておくことが記されていた。その後は、基本知らぬふりをするとも。


 どう考えても、他国の訳ありを積極的に匿う形になるのは問題なので、知らぬ間に山の家に住み着いたスタンスをとることにしたようだ。

 冷たいようにも感じるが、父親も王弟という立場上、下手したら国際問題に発展してしまう。

 そこまで考えていなかったミーシャは、手紙を読んで少し申し訳ない気持ちになった。


(あぁ、母さんのドレスや私の服も、使っていいっていうの、忘れてた…)

 ほとんどの荷物は置き去りのままだ。

(伯父さんが、人に見られて困る様なものは処分したと言っていたから、残っているのは生活用品だけだろうけど…)

 

 不意にミーシャの脳裏に、母親と服を縫っていた時のことが蘇る。

 ミーシャの着る衣類のほとんどはレイアースの手作りだった。

 日々すくすくと成長していたミーシャの服をたまに来るディノアークではサイズを把握できないだろうと布地だけ持ってきてもらっていたのだ。

 

 季節の折々に、ミーシャの体を計っては嬉しそうにレイアースは服を作ってくれた。

(あの、水色の生地。どんなワンピースにするつもりだったんだろう?)

「次はこれで夏の服を作りましょう」と生地を広げて嬉しそうに笑っていたレイアースの笑顔を夢うつつに思い出して、ミーシャの胸が切なさにキュッとなる。もう果たされることのない何気ない約束。


(あぁ、分かった。あの瞳…。私を見つめたあの目が似てるんだ……)

 慈しむような優しい瞳。

 レイアースがミーシャを見る時にいつも浮かべていたあの色が、さっき自分を見つめたアンジェリカの瞳にも浮かんでいたのだ。

(…アンジェリカさんも……おか…さ…ん……?)

 そんなことを思いながら、ミーシャの意識は闇に飲まれていった。




「水くれ……って、あれ?あんた…?」

 軽く湯を浴びて一眠りしていたラインは、喉の渇きを感じて台所へと向かった。

 そこに、女性の姿を見つけて目を細める。

 記憶を探るラインの様子に、料理の手を止めて、アンジェリカはゆっくりと頭を下げた。

「お久しぶりです、先生。その節はどうもお世話になりました」

「……」

 挨拶を受けてもなお、けげんな表情を崩さないラインに、アンジェリカは耐えきれないというように噴き出した。


「あいかわらずですねぇ、先生。先生に刺された腹を縫ってもらった女と言えば少しは思い出してもらえますかねぇ?」

 くすくすと笑いながらそういったアンジェリカに、ようやく思い出したラインがポンと手を叩いた。

「ああ、客の女に腹刺されて運び込まれてきた妓女か。内臓いっちまって町医者の手に負えなくて、一か八かでこっちに連れてこられて、ガンツが青い顔してたのには笑ったけど」

「先生たちにも得手不得手があるんですもんねぇ。あの時、ライン先生がたまたまいたから命繋いで、その後は、ガンツ先生が親身になって世話してくれたから生き残れて」



 それは、三年程前の出来事だった。

 たまたま近くに来たから温泉でも入るかと、いつもの通り前触れなく訪ねたら、血まみれの大惨事に出くわしたのだ。


 宴席の中乗り込んできた主賓の妻に浮気相手と間違われ腹部を刺されたのだが、刺さった場所が運悪く内臓を傷つけ大出血を起こした。たまたま妓女をまとめる親元と知り合いだったガンツのもとにどうにかできないかと運び込まれていたのだ。


『森の民』と言えども、得手不得手はある。

 知識はあってもうまく活用できるかは別問題だった。さらに、ガンツは血を見るのが大の苦手だったのだ。何なら自分の血を見ても倒れるレベルで……。


 それでも、運び込まれた女性をはねつけることもできずに、青い顔で治療しようと頑張っていたのだ。もっとも、ラインの顔を見た途端安心したのか気絶してしまったのだが。

 訳の分からぬまま患者を引き継ぐことになったラインは、戦場を渡り歩き修羅場慣れしていたこともあり、冷静に状況を把握し、治療を施した。


 その時の患者が、アンジェリカだったのだ。


 相手は町一番の妓女でありそれなりの騒ぎになったため記憶に残っていそうなものだが、そこは我が道を行くラインである。

 すでに確立した治療法を施しただけの患者に興味はうすく、どうにか思い出せたのは、血を見てぶっ倒れたガンツの顔が面白かったから、というろくでもない理由だった。



 最も一度思い出してしまえば、詳しい記憶をしっかり引き出せるのもラインである。

「輸血しながら傷ついた肝臓と大腸の一部を切除して縫い付けたんだったな。まあ、ガンツが診てるだろうから後の心配はしてなかったけど、あれからどうなった?」

 手渡されたコップを受け取りながら何気なく尋ねるラインに、アンジェリカは、傷跡の残る腹部をそっとさすって答えた。


「最初の二月ほどは、寝たり起きたりで大変でしたけど、その後は何も。醜聞隠したいお偉いさんのおかげでそれなりに懐も潤って、今ではのんびりやらせてもらってますよぅ」

 それから、火のついた鍋に向き直り、ぐるぐるとかき混ぜてから、少し掬ったスープを小皿についでラインに渡した。


「温泉の実験体がてら、ご恩返しもかねて食事や身の回りの世話を買って出てるんですけどねぇ。ライン先生にもやっとお礼を言えて肩の荷が下りましたよぅ」

「ふ~ん。道理で家全体がきれいに整ってると思った」


 所詮男の一人暮らしだ。

 前までは、研究室と使うところはそれなりに整えられていたが、廊下の隅に埃は溜まり窓ガラスは曇って、外は見えないようなありさまだった。

 それが、今回、突然訪ねたにもかかわらず客間はすぐに使える状態になっていて、部屋も隅々まできれいに整っている。ラインは何があったのかと内心首を傾げていたのだ。


「そのまま住み着いちまえばいいのに。ガンツが言い出すのを待ってたら、いつまでもらちが明かないぜ?」

 にやりと笑いながら小皿を返すラインに、アンジェリカは微かに唇の端をあげただけで何も言わなかった。

 ラインもそれ以上のお節介を焼く気はないらしく、口をつぐむ。

 しかし、先ほど味見をしたスープが、故郷の味に類似していることに気づいていたため、そうなるのも時間の問題だろうとほくそ笑む。


 北の果てにある故郷は、寒さが厳しい。

 それゆえに、体を温めるスパイスを使った料理が多かった。

 その中でも、クルーグという植物は少し癖があり、ここいらではあまり好んで食べられることはないし、そもそも自生しないので手に入りにくい。


 だが、ガンツの好物だったので、ラインはよく手土産に持ってきていた。研究者気質の強いガンツは、身の回りの事に疎く輸入品を手に入れるつてを自分では持っていなかったので、それは喜ばれたのだ。

 ガンツの所を訪ねる際の鉄板のお土産だったのだが、スープにはそのスパイスがしっかり入っていた。

 自分以外の一族の誰かが持ち込んだ可能性もあるが、アンジェリカの表情を見るにそうではないのだろう。


(まあ、胃袋をつかむのは王道だよな)

 いつの間にか訪れていたらしい幼馴染の春に(今夜の酒のつまみができた)と笑いながら、ラインは踵を返した。

「ガンツは研究所か?」

「えぇ。いつもの所にいらっしゃいますよぅ。なんだか難しい顔されてたから、お話聞いてくださいな」

 柔らかな笑顔に軽く手をあげたラインは、とりあえず軽くからかう気満々でその場を後にしたのだった。



読んでくださり、ありがとうございます。


てわけで、謎の美女(笑)はガンツ君の恋人未満友人以上な元患者さんでした。

ここでも輸血大活躍!ライン君的には戦場で見た患者たちの方がもっとひどい状況多かったので記憶に薄かった模様。

ガンツ君は、最初の外科的処置では情けないところを見せたけれど、その後でしっかりいい所見せてます。もっとも日常生活ではへっぽこなので、そこのギャップでハートをゲット、みたいな(笑)お互い大人だしいろんな事情もあるのでゆっくり進行ですが、そのうちくっつく予定、な裏話でした。


そして、お知らせもう一つ。

この度、このお話が書籍化することになりました。

TOブックス様より「森の端っこのちび魔女さん」という題名で書籍及び電子書籍として6月10日出版されます。

内容的には一章ですが、かなり加筆修正しております。

予約受付中!


以上、宣伝でした!m(__)m



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― 新着の感想 ―
[一言] 書籍化おめでとうございます。 大切に大切に少しずつ読んでいたのにとうとう追いついてしまいました!
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