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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
レッドフォード王国

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56/150

30

その日。

ミーシャは入港してくる船を待って港に立っていた。予定よりも早い3日後。

待ち望んだ薬草を積んだ船が、港に着くとの知らせを持って鳥が飛んできたからだ。


今度こそ全面協力の体制をとってくれたネルとの共闘の結果、薬の改良の目処がたったのをまるで見計らったかの様なタイミングだった。

久しぶりの仮眠から目覚めたミーシャを待っていたミランダに押し込められる様に馬車に乗せられた。

ガタガタと揺れる馬車の単調な振動にあやされる様にウトウトしながら港に着いたミーシャは、この国に着いた時以来の潮風に目を細めた。風が隠す事なく晒した白金の髪をサラサラと流していく。


少し湿気を含んだ風にぼうっとしていた頭がシャキッとする。

(どの船なのかなぁ?)

ミーシャが行けば、相手が勝手に見つけてくれるはずだからと目印の任務を与えられたミーシャは、ほかになす術もなく、せめて目立つ場所にと立ち尽くしていたのだが。


「ミーシャねぇちゃーん!久しぶり!」

突然、横合いから飛びつく様に抱きつかれ、ミーシャはヨロけながらもどうにか踏みとどまった。

そうして、振り向いたそこに、見覚えのある笑顔を見つけ目を見開く。


「ケント?!なんであなたがこんなところにいるの?お婆ちゃんは?」

驚きに声をあげるミーシャに、ケントはイタズラが成功した様な顔で笑った。

「婆ちゃんは村で元気にしてるよ。俺は商人の修行中で色々回ってたんだ。1番、北に居たから」

会わなかった数ヶ月の間にひとまわり大きくなった様に感じる少年は、そういうと、少し逞しくなった胸を張った。


「姉ちゃんが欲しがってた薬、持って来たぜ?」








ミーシャが旅立った後、ケントは一度は祖母とともに誘われるままに織物の村へと身を寄せた。

しかし、織物産業の発展で生活にゆとりができたとはいえ、基本刺激の少ない山奥の寒村である。

生まれた時から大きな街に住み、長じてからは生きていく為に良くも悪くも日々、変化に富んだ生活をしていたケントはすぐに飽きてしまった。


村の学校に通ってみても、聡明な祖母に日々文字や計算、果ては経理の技術まで仕込まれていたケントにとっては、まさしく子供のお遊びに過ぎず、今更学ぶものもない。

祖母も村に馴染み、体調も落ち着いてきたのもあり、村にいる必要性も見出せなくなってしまったケントは、予定よりも少し早いが、丁度、織物の納品と行商に出かける一行へと参加することを決め、見習いとして旅立ったのだ。


仲間とともに馬車に乗り、行く先々で商品を仕入れたり売ったりする日々は目まぐるしく、学ぶことも多かった。

元々、目端が聞いて物怖じしないケントは、行商に向いていたらしく、直ぐに馴染んだ。

最初は戸惑った野営の準備も直ぐに覚え、今では1人で全ての設置を行い、食事の準備まで任される様になった。


山を越え、海を渡り、遂には国境も越え、気がつけば故郷はだいぶ遠くになった。

偶には郷愁にかられる事もあるけれど、おおむね楽しく過ごしていた。

ただ、そろそろ近辺がきな臭くなってきた事だし、故郷への帰路へつこうという話がではじめた時、ケントは懐かしい色を見つけたのだ。


「子供を連れて行けない商談」があるからと自由時間をもらったケントは、1人ブラブラと港を歩いていた時だった。

この国1番の大きな港は、様々な国の船が集まり、行き交う人を眺めているだけで楽しい。

耳になじまぬ異国の言葉を「そのうちに覚えたいなぁ」となんとなく聞き流しながら歩いている中で、ふっと何かが目に飛び込み、足を止めた。


商船の船主らしき男と交渉している、多分、男性。

線の細い体はスッポリとマントに覆われ、人相がはっきりしない。

商人は信用と礼儀を重んじる。交渉の場で顔を隠そうとする相手など論外だ。

そんな相手との交渉をマトモにする気がないのがはっきりとみて取れるやる気のない船主に、必死に食い下がって入る様だけれど、ハッキリ言って無駄だろう。


だけど、何かに惹かれる様にふらふらとその2人へとケントは足を向けた。

フードの端からわずかにこぼれ落ちている髪の色が、大切な人と同じ色だったからだ。


よりによって自分をスリのカモにしようとしたの浮浪児一歩手前の少年の話を親身になって聞き、問題を鮮やかに解決してみせたお人好しの薬師の少女。

ケントは、生涯をかけてもけして返しきれないと思う程の恩義を感じていた。


件の男は不深くフードをかぶっていたが、子供ゆえの身長差で、ケントには下から覗き込むことは可能だった。

はたして、そこに垣間見えた翠色に、ケントの心は震えた。

他に2つとないと言われる、白金と翠の組み合わせ。

幻とすら言われる一族に、旅に出てこんなに直ぐに出会えるとは思ってもみなかった。


「お兄さん、困ってるの?」

ケントは、クイっと男の手を引いた。

不意に話に割り込んできた少年の存在に、大人達が一瞬身構える。

しかし、相手が無邪気な笑顔を浮かべた少年とみてとると、直ぐに緊張を解いた。


「まぁ、兄ちゃん。そういうわけで、ウチはもう積み荷の予定で一杯だ。他、当たってくんな!」

自分から意識がそれたのを幸いと、船主の男が軽く片手を上げて逃げて行く。

「あっ………」

それを一瞬追いかけようとして、男は諦めたように肩を落とした。


「ねえ、船便を探してるの?どこまで行きたいの?」

ケントは、再び男の手を引くと、自分へと意識を戻させる。

男が少し困ったように笑ってみせた。

「レッドフォードまで、ね。陸路は危険そうだから、海路を探してるんだけど、この時期は難しいね」

何気ない愚痴のように零された言葉に、ケントの眉間にクッキリとシワが寄った。


この時期の海は嵐が起きやすい。

隣の港くらいならともかく、レッドフォード迄一気にとなると難しいだろう。

「少しずつ、刻むんじゃダメなの?」

さっきまでの無邪気な表情が消え、まるで一端の商人のような顔で尋ねるケントに何を感じたのか、男は、それまでの小さな子供に向けるような笑顔を引っ込めた。


「薬を待っている人たちがいてね。とても急いでるんだ」

真剣な瞳に、ケントはしばし考え込んだ。

《レッドフォード王国》に行くと言っていたミーシャ。

そこに向かう急ぎの薬と『森の民』の青年。

2つをつなぎ合わせるのは早計だろうか?


(でも、姉ちゃん、お人好しだし、絶対関わってそう……)

ケントは、ほうっと息を1つつくと、男の手を引いた。

「俺のおじさん、大きな商隊の長なんだ。船便、見つかるかは分からないけど、紹介してあげるよ」


突然のケントの申し出に、青年の目が大きく見開かれた。

「なぜ?」

当然の疑問に、ケントはミーシャよりも少し薄いけど綺麗な翠を見ながら、にっこりと笑ってみせた。

「前にお兄さんと同じ(いろ)を持った人に助けてもらったんだ。その時のお礼。商人は義理がたいんだよ?」




そうして始まったレッドフォード行きの船探しは、大方の予想通り難航した。

この時期の海は本当に予想がつきにくく、むやみに出航すれば嵐に巻き込まれ、難破する危険が高い。

ゆえに夏の嵐の時期の2ヶ月ほどは、船の数が激減するのだ。嵐で船を失う危険と2ヶ月程遠距離の航路を取りやめる損害では、後者の方が軽い。何しろ、嵐の海で難波すれば、命すらも失う可能性が高いのだから。

そんな中出航が決まっている船は、大抵が事情持ちで荷物の予定が詰まっていた。

無理に載せれないこともないだろうが、いざ嵐に会った時、船を軽くするために真っ先に海に捨てると言われれば、二の足も踏む。

確実に運べないのなら、急いだところで意味がない。


難しいと分かっていても、何件も断り続ければ腐りたくもなる。

本来の商談があるという身を寄せる商隊のおじさん(ほごしゃ)と別れたケントは、行き場のない悔しさを込めて港に止まっている船を睨みつけていた。

「………こんなにたくさんの船があるのに。ミーシャ姉ちゃんが、薬を待ってるのに………」

知らぬうちに口をこぼれ出た言葉に、ポンとケントの頭を撫でる手があった。


「まぁ、しょうがありません。物事が上手くいかないのはままあることですから」

顔をあげればフードの陰から翠の目が慰めるように見つめていた。

あの日、船を探していた『森の民』の青年だった。

トマと名乗った青年は、口数の少ない物静かな人物で交渉ごとは苦手だと自分で言っていた。

普段はあまり故郷から出ないのだが、長老に頼まれ、故郷近くの目的の薬草が取れる土地からレッドフォードへと輸送の旅に出たらしい。


自分で交渉が苦手というだけあり、ここまで来るのにも中々に苦難の連続だったらしい。

話を聞いて、子供のケントから見ても明らかに頼む人物の選択ミスだと思ったものだ。

それでも、苦手なりに任せきりにするのも気がひけると、交渉の場にケント達についてくる姿は好感が持てた。


「でも、よく分からないけど大切な薬なんだろ?ミーシャ姉ちゃん、きっと困ってる」

穏やかな瞳に見つめられ、ポロリと弱音は零れ落ちる。

ついでに、涙が滲んできて、視界がゆらゆら揺れた時、不意に後ろから声がかかった。


「おい、坊主。いま、ミーシャ姉ちゃんって言ったか?そいつはもしかして、若い薬師の姉ちゃんのことかい?」

波音の中でもよく通るであろう太く少ししわがれた大声に驚いたケントは、ばっと声の方を振り返った。

日に焼けた逞しい中年の男が、じっとこっちを見ている。


「そのマント、薬師様がよく着てるやつだろう?もしかして、ミーシャ嬢ちゃんのお仲間なのか?」

「確かに、姉ちゃんは薬師だけど………。おっちゃん、ミーシャ姉ちゃんを知ってるの?」

自分の倍ほどもある太い腕に見とれながら、ケントはコクリと頷き、首をかしげた。


「おうよ。金髪に翠の目の可愛い嬢ちゃんだろ?俺の娘が前に世話になったんだ」

ニカッと笑う顔は朗らかで、暗いところは何もないように見えた。

「なんか困ってんのか?嬢ちゃんの友達なら力になるぜ?」


明るい声に押されるように、ケントは思わず、現状を話していた。

レッドフォードまでの急ぎの荷がある事。

陸路は危険なので運んでくれる船を探しているのだけれど、時期が悪くなかなか見つからないこと。


「なんだ、そんなことか。だったら、オッチャンが運んでやるよ」

腕組みしながら話を聞いていた男は、全てを聞き終えた後、何でもないことのようにそう言った。

「は?」

あっさりと帰って着た答えに、ケントはポカンと口を開けた。

あまりにも願うあまり、都合のいい幻聴が聞こえたのかと思ったのだ。


「つっても、俺の船は商船じゃなく漁船だからちいっと魚臭いし揺れるが、それでも嫌じゃないならな。しばらく遊んで帰るつもりだったくらいで特に用事があるわけでもねえ。直ぐに連れてってやるぜ?」

「それは助かります」

ニッカリ笑顔に答えたのは、ケントではなく、今まで影のように黙ってケントの後ろに立っていたトマだった。

スルリとマントのフードをおろし、頭を下げる。

肩口まで伸ばされた髪がさらりと揺れた。


「おお、嬢ちゃんとおんなじ綺麗な髪と目だな!親戚かなんかかい?」

トマの顔を見て、男が嬉しそうな声をあげる。

「嬢ちゃんは変な男達に攫われて殺されそうになってたウチの娘を助けてくれたんだ。ウチの娘は龍神様の巫女姫だからな。嵐なんざ怖くない。大船に乗ったつもりでいてくんな!」

そう言って、トマの差し出した手をゴツい手で握り返し、ブンブンと振り回した。


「…………姉ちゃん、何やってんだよ。他所でも、人助けしてまわってんのか?」

あまりの急展開についていけないケントは、にこやかに談笑を始めた大人2人を眺めながら、力なくつぶやいた。





その後、見せてもらった船は船員20人が乗る予想以上に立派なものだった。

本来獲った魚を積む生け簀の部分が丸々空いている為、今回はそこから水を抜き、荷物を積み込んでもらったのだが、充分なスペースがあった。

「おっちゃん、良いのか?本当は、帰りも魚を獲る予定だったんだろ?」

コッソリと耳打ちしたケントに、男は軽く目を見開いた後、豪快に笑い飛ばした。


「なぁに、こんな遠く離れた場所で恩人の身内に会ったのもなんかの縁さ。困った時はお互い様だろ!ってか、恩を仇で返すようなことしちゃ、龍神様にソッポ向かれちまう」

カカカッと笑ってケントの髪をぐしゃぐしゃにかき回すと、男は直ぐ様船旅の手配を済ませて、最速で出航してくれた。


本来、そこで別れても良かったケントは、なんとなく別れがたく、無理を言って一緒に乗り込んでしまった。

呆れ顔の商隊のメンバーに見送られ出航した船は、まるで誂えたかのような追い風にみまわれ、あり得ないほど順調に旅を進めた。


海になれた男達からして、何かに憑かれてるみたいだと首を傾げるほどのスピードだったのだが、船になれないケントはそのスピードゆえに上下に跳ねる船の動きに酔ってしまい、殆どを寝台の上で過ごした。


青い顔で吐きまくり、水分すらもまともにとれないケントに、漁師のおっちゃん達は「こんな凪で難儀だなぁ」とケラケラと笑いながらも、口を濯げば少しは気分も良かろうと貴重なはずの水を多く融通してくれた。

さらに、見かねたトマが酔い止めの薬を調合したり、食べやすい食事を作ってくれたりと何くれとなく世話をしてくれなければ、きっと心が折れて海に飛び込んでいただろう。

それくらい、辛かった。


最も、3日目にはようやく体が慣れたのか、甲板に出て海を眺める余裕が出来たのだが。

髪を嬲る潮風に目を細めていると、ずっと隣に人の立つ気配がした。

ここ数日ですっかり馴染んだその気配はトマのもので、ケントは、振り向くことなくポツリとつぶやいた。


「明日には港に着くって。寄り道しないにしても、こんなに早くに着くのは奇跡だっておっちゃん達が言ってたぜ」

「ええ。お陰で今までの遅れが取り戻せました。ありがたいことです」

穏やかな声が耳に響く。

大きな声を張り上げているわけでもないのに、トマの声は不思議と耳によく届いた。


「『森の民』って、みんなそんな感じなのか?姉ちゃんもだったけど、一緒にいると落ち着く」

考えるでもなくスルリと溢れた言葉に、クスクスと笑う声が返ってくる。

「それは嬉しい言葉ですが、全員がそうではないですよ?気性が激しいものも意地が悪いものも、当然います。人間ですから、ね」

「…………だな。ごめん、変なこと言って」

面白そうな声に、ケントはなんとなく恥ずかしくなって赤くなった頬を手すりに肘をついた手でさり気なく隠した。


「不思議な縁ですよね。遠く離れた場所で仲間の誰かが施した情が、今、ここで私を助けてくれる。そうして、人の縁は繋がっていくのでしょうね」

柔らかな声とともに優しい手が乱れた髪を撫でてくれる。その手を受け入れながら、(やっぱり、なんか姉ちゃんに似てるよな)とケントはボンヤリと思いながらも頷いた。


「じゃあ、俺とトマの縁もこれで繋がったんだよな?」

「…………そうですね。ケントがそう、望むなら」

ささやかな会話は潮風が全てさらっていくから、他の誰にも届かない。

そのことに安心して、ケントは少しだけ笑った。


「そっか。繋がってんなら良かった」









読んでくださり、ありがとうございました。


「情けは人の為ならず」

良い言葉ですよね。


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