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軽い挨拶の後、食事の為に別の部屋に通されたミーシャは、目を瞬いた。
ミランダが「晩餐」と言っていたため、何が行われるのかとドキドキしていたのだが、通された部屋は謁見の間よりもこじんまりとした部屋だった。
せいぜい一般家庭のリビングほどしかない。
中央に丸いテーブルが置かれ、それを囲むように椅子が数脚置いてある。
「こちらへどうぞ」
ついて来てくれていたキノがスッとそのうちの一脚を引いて座るように促した。
「ありがとうございます」
反射的に礼を言って腰を下ろす。
ちょうど正面の椅子にライアンが腰をかけるのが見えた。
「ミランダ様も、どうぞ」
キノがミーシャの隣の席の椅子を引き、ミランダに座るように促していた。
ミランダは少し考えた後、素直に腰をかける。
と、いつの間にか姿を消していたトリスが、たくさんの料理が乗ったカートを押して入ってきた。
その後には飲み物とグラスを持ったジオルドが続く。
(メイドさんがするのじゃないの?)
すかさず側についたキノが皿をセッティングし始めるのを見て、ミーシャは、その光景に目を瞬いた。
「正餐だと皿を1枚1枚運んで来て貰うことになる。それだとリラックス出来ないしゆっくり話もできないと思ってね。
お披露目の晩餐会も企画されていたんだけど、側室ではなく「遊学」と言う形にしたから、それもおかしいだろう?」
キョトンとするミーシャが面白かったのかクスクス笑いながらライアンが種明かしをしてくれる。
「今日は本当に身内だけだ。母は離宮の方にいるから、そのうち紹介するよ」
そんな会話のうちにセッティングは終わったらしく、空いていた席にトリスとジオルドが座った。
キノだけが、入り口付近の飲み物を乗せたカートの横に立っている。
「では、改めて我が国にようこそ。この出会いがお互いに有意義なものになることを願って」
ジオルドが軽くグラスをあげ、食事はスタートした。
綺麗に盛り付けられた皿がミーシャの前には並んでいた。
前菜からパンやスープ、メインまですでに揃っている。
ミーシャは、少し迷ってからそっとスープを掬った。
サラリとした白乳色のスープは冷たいジャガイモのスープだった。ジャガイモとミルクのほんのりとした甘みが喉を通っていく。
素朴なその味に、ミーシャの体からスッと力が抜けた。
「美味しい、です」
ふんわりとミーシャの顔に自然な笑顔が浮かんだ。
リラックスしたその表情に、横目で伺っていた大人組がホッと息を漏らす。
「ほらな、言った通りだろ?ミーシャには美味いもん食わせとけばご機嫌なんだよ」
この中で1番付き合いの長いジオルドがニヤニヤ笑いながらしたり顔で頷いた。
「そ……そんなこと、ないもん!」
さっと頬に朱を登らせたミーシャが反射的に反論する姿に、周囲から笑いが起こる。
王様の前で粗相をしたと口を押さえ、赤くなって困っていたミーシャも、ついにはその笑い声に巻き込まれて笑ってしまった。
その後は、穏やかな空気の中、食事が続く。
「そういえば、ミランダ嬢。貴女も『森の民』の一員なのですよね?その髪や瞳はどうやって変えているかお伺いしても?」
ふと、思いついたというように、トリスが質問を投げかけた。
ミランダは口元をナプキンで拭きながら、チラリとジオルドを見る。
ジオルドが肩を竦めてから首を横に振って見せた。
「そう、ですね。私は一族のものです。放浪組ではなく、フォロー側ですが」
「………フォロー、ですか?」
意外な言葉にトリスは首を傾げた。
初めて聞く話に、ミーシャまで目をキラキラさせてこちらを見ているのに、ミランダはクスリと笑って頷く。
「自由気ままに動き回るものばかりでは問題が多発するのは分かっていますので。最低限の連絡地点として、何カ所か拠点が置かれているんです。
外に出るものの掟として、生存確認の為に定期的に何処かに顔出しするようになってるんですが………まぁ、守ってる人間の方が稀ですね」
「そんな場所があるんですか。確か薬草店をされていたそうですが、他の場所も?」
興味深そうに突っ込んでくるトリスにミランダは首を横に振った。
「必ずしもそうとは限りませんね。私も今回がたまたまそうだっただけですから。ミーシャが興味を惹かれて寄ってきてくれたのは幸運でした」
ふんわりと笑顔を浮かべてミーシャを見つめる。その笑顔はハッキリと愛おしいと告げていた。その視線に、ミーシャもはにかんだ笑顔を浮かべた。
「どこにいるのか、誰がそうなのか、お伝えすることは出来ません。それは一族の掟に反するので。ここに私がいる事も本当は余り褒められたことではないのです。なので、私の事はミーシャの侍女としてでも考えてくださると助かります」
これ以上の質問に答える気は無い、と、ミランダはピシャリと線を引いて見せた。
そのキッパリとした態度にトリスやライアンは苦笑を浮かべた。
仮にも一国の王を前にここまでハッキリと「NO」を突きつける者は中々存在しない。
どんなものにも媚びないとの噂はダテでは無かったようだ。
そっと目配せされ、トリスもこれ以上の質問を引っ込めた。
「うちの宰相は好奇心が旺盛でね。気分を悪くさせたならすまなかった」
サラリと謝罪を口にしたライアンにミランダは微かに眉を上げた。
いくら人払いのなされたプライベートな空間とはいえ王自ら謝罪の言葉を口にするのは異例だ。
まぁ、頭を下げていない分セーフなのかもしれないが、そこら辺はうるさそうなトリスも何の反応もせずサラリと流しているところを見ると良くある事なのだろう。
「ミーシャは、何か希望はあるか?やってみたい事とか?」
突然、話題を振られたミーシャは、驚いて口に入れていたものを喉に詰まらせそうになり、慌てて水を飲んだ。
ミランダが手を伸ばし、そっと背中をさすってくれる。
「えっと………」
チラリとジオルドを見ると、「言っとけ〜」とでも言うように、にこにことしながら小さく手を振っていた。
「あの……大きな図書館があるって聞いたんです。だから、そこに行ってみたいです。知らない事を調べるのも、本を読むのも好きなので」
森の家には、父親がお土産に持ってきてくれた本がたくさんあった。
基本、書籍は1枚1枚手書きで書き写すので、本自体が高価なものになっていて庶民にはなかなか手がでず、読みたいときは貸本屋を利用するか図書館に読みに行くかが主流の世界では、かなりの贅沢と言えただろう。
それでも、個人の手に入れる量には限界がある。
ジオルドの話の中で聞いた図書館はまさにミーシャの憧れの場所になっていたのだ。
「国立図書館の事かな?では閲覧カードを作っておこう。キノにでも預けておくから、連れて行ってもらうといい」
「ありがとうございます」
あっさりと許可がおり、ミーシャは嬉しそうに微笑んだ。
「どんな本に興味が?やはり、薬学とかか?」
まるで綺麗な宝石やドレスを手にしたかのように嬉しげに笑うミーシャに、ライアンは微笑ましく思いながらも尋ねてみた。
「それも興味がありますけど、地方に伝わる民話や空想の物語なども大好きです。読んでて、すごくワクワクするんです」
年相応の可愛らしい答えが返ってきて、ライアンは相好を崩した。
「そんなもので良いのなら、わざわざ王立図書館まで行かなくとも、ここの図書室に幾らでもあるぞ?後で覗いてみればいい」
「お城にまで図書室があるんですか?!すごい!」
ライアンの言葉にミーシャは思わずはしゃいだ声をあげ、慌てて口を塞いだ。
だが、その無邪気な様子を咎めるような無粋な人間はここには居なかった。
「ああ。キノ、暇なときにでも案内してやればいい。確か、俺たちが昔読んだ本も今はあそこに移してあるだろう?」
「はい。承知いたしました」
鷹揚に頷き指示を出すライアンに、キノは片隅で綺麗なお辞儀をして見せた。
和気藹々とした雰囲気の中で終わった夕食会の後、ミーシャは自身に与えられた部屋に戻ってきていた。
本当は噂の図書室に寄ってみたかったけれど、その後も旅の話などが弾み時間的にも少し遅くなってしまったので、今日のところは諦める事にしたのだ。
戻ってみれば再び入浴の準備がなされていて、慣れぬ髪油や化粧の香りに少々辟易していたミーシャはありがたく使わせてもらう事にしたのだった。
髪を洗い化粧を落としてすっきりしたミーシャは、待ち構えていたミランダに鏡の前で髪を梳かしてもらっていた。
まだ少し湿り気を帯びた白金の髪が丁寧に櫛けずられ、ツヤを増していく。
「ミランダさんは、隣の部屋に寝るの?」
鏡越しに自分の背後に立つミランダに向かい問いかければ、「そうよ」と頷かれた。
ミランダの部屋として用意されたのは、中で繋がっている隣部屋だった。
境の壁に、どちらからも鍵がかかる小さな扉が1つ。そこも、綺麗に整えられていて、いつでも使用可能となっていた。
知らない場所で1人になるのは心細いだろう、という配慮だった。
それはとてもありがたかったのだが………。
ミーシャは丁寧に髪を梳くミランダを何か言いたげな視線でジッと見つめる。
ミランダはそんなミーシャに不思議そうな顔で首を傾げた。
「どうかした?何か気になることがあるなら言ってちょうだい?」
優しく促すミランダにミーシャは迷うように何度か口を開いては閉じと繰り返した後、小さな声で話し出した。
「………あの………あの、ね。気になることっていうか………」
「ん?なぁに?」
なぜか恥ずかしそうに目を伏せたミーシャをミランダは優しく促す。
「ずっと、同じ部屋だったでしょ?だから………。この部屋大きすぎて落ち着かないし………ベッドも大きいし………」
もじもじとしていたミーシャが、突然、クルリと体を返し、驚いているミランダの目を下から見上げた。
「今日だけで良いから、一緒に寝てください!」
一息に言い切られ、ミランダは驚きと衝撃に固まった。
大きな翠の瞳が上目遣いにミランダを見上げている。
黙り込んでしまったミランダにミーシャは少し不安を覚えつつ、こてん、と首を傾げた。
「ダメ、………ですか?」
「いいえ、大丈夫よ。私も寝る支度をしてくるから、先にベッドに入っててね」
にっこり笑顔でベッドに促され、願いが叶って嬉しくなったミーシャは、ニコニコ笑顔で「ハイ」と良い子のお返事とともにベッドにもぐりこんだ。
「早く戻ってきてね?」
着替えるために隣の部屋に消えようとする背中に声をかければ、振り向かずひらりと手が振られた。
(えへへ。子供みたいって呆れられるかもと思ったけど、思い切ってお願いして、良かった)
森の家は小さくて、別の部屋で眠っていても母親の気配を感じることができた。
1人でも平気だと思っていたミーシャは、短い旅の中で隣のベッドにミランダがいる事にとても安心して、1人が寂しいものだと思い出してしまったのだ。
まして、立派ではあるけれど広すぎる部屋は人の気配をしっかりと遮断するし、ベッドも広すぎて一人きりを強調しそうで、眠る時間が気が重かったのだ。
(今日だけって言ったけど、明日もお願いしたら一緒に寝てくれないかな?………もちろん、ここになれるまで、だよ。慣れたら1人でも平気だし。………多分)
誰も聞く人もいないのに心の中でこっそり言い訳しながら、ミーシャはミランダが戻ってくるのを、ワクワクしながら待っていた。
ベッドの中からジッと扉を見つめる様子はまるで飼い主を待つ犬のようである。
ベッドの足元に用意されたクッションの上からジッとそんな飼い主を見つめた後、レンはクワッと大あくびをして一足先に夢の世界へと旅立ったのであった。
読んでくださり、ありがとうございました。




