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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
レッドフォード王国

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2

ようやく主人公がまともに出てきます

 潮風が気持ち良い。


 甲板に出たミーシャは帽子が風で吹き飛ばされてしまわぬように手で押さえながら、吹きつけてくる風に目を細めた。

 足元には少しだけ大きくなった白い狼がミーシャのワンピースとお揃いの紺色のリボンを首に巻いてもらい、大人しくお座りしていた。


「レン、港が見えてきたよ」

 足元の子狼を抱き上げ、近づいてくる港を一緒に眺める。

「なんか………大きな街だね」

 ドラの街も大きいと思ったけれど、ここはそれ以上に見えた。


 まず、港の規模が違う。

 どちらかというと漁船が半数を占めていたドラの港と違い、ココはミーシャが乗ってきたような大きな船がたくさん出入りしているのが見えた。

 中には、ミーシャの乗っている船より倍近く大きいものまである。


 すれ違う船に思わず見とれていれば、すっと隣に誰かが立った。

 振り向けば、そこにはミランダがいた。

 本日は変装バージョンで髪も瞳も茶色に染めていた。

「アレはサリバンの船よ。ここはレッドフォードの王都に近い港だから、別大陸からの使者や交易の船が多いの」

 ミーシャが見惚れていた大きな船を指差し、ミランダが教えてくれた。


「………サリバン」

 ミーシャは本の中でしか知らない大陸の船と知り、さらにまじまじと遠ざかっていく巨船を見つめた。

「今から、国に帰るのかな?」

「多分、ね」

 見つめるミーシャの瞳にはまだ見ぬ世界への憧れがたっぷりと浮かんでいて、その好奇心をミランダは微笑ましい気持ちで眺めた。


「いつか、行ってみたいなぁ」

「そうね。いつか、ね」

 少女の憧れに穏やかな笑みを浮かべるとミランダはだいぶ近づいて見えるようになった街の方を指差した。


「今から着くのが港町カナンテ。さっきも言った通り、王都に1番近い港町でこの国の貿易を一手に担っているわ。前の戦争で随分打撃を受けたけど、それを逆手にとって街の整備を一気に進めたらしいわ。道路が綺麗でしょ?」


 指差された先には港からまっすぐ伸びる大きな道路だった。馬車が3台は並んで走れそうな広さがあるその道は石畳が敷かれているのが見て取れた。

 この道が王都まで続いているのだとしたら、それを維持できるこの国はとても豊かなのだろう。


 その道を中心に建物が横に広がっていた。

 続く道も碁盤目状になっている様で、ゴチャゴチャした下町な雰囲気だったドラとは違い、どこか洗練された空気を感じた。


「………なんだか、圧倒されちゃいます」

 ホゥと感嘆のため息をミーシャが漏らした時、船はゴトンと音を立てて港の一角へと到着した。

 途端に船と岸の両方からロープが投げられ、船員たちが慌ただしく動き出す。

「邪魔になったら悪いわ。呼ばれるまで、お部屋にいましょう」


 もう少し眺めていたい気もしたけれど、ミーシャはうながしてくるミランダの言葉に素直に頷くと、船室へと戻って行った。





 ミランダは博識だった。

 その知識は薬剤の物だけに留まらず、国の情勢から若い娘達の流行の品まで多岐に渡った。


 港に降りた途端、さらわれる様にして迎えの馬車に乗せられたミーシャはいい機会だからとミランダの礼儀作法講座を受ける事になった。

 付け焼き刃でも何もしないよりはマシだろう。


 そうして聞かされた礼儀作法が意外な事に大半が“おさらい”である事に気づき、ミーシャは目を見張った。

 森での生活の中で、気まぐれの様に母親が開催していた『お姫様ゴッコ』。

 その全てが、貴族として必要な立ち居振る舞いを盛り込んだ本格的な物だったのだ。

 ミーシャは、遊びの中で知らぬ間に礼儀作法を教え込まれていた事に愕然とした。


 いつか必要になる日が来た時に娘が困らない様に。

 それは、娘を思う母の心だった。


 泣きそうな顔で笑いながら、母との『お姫様ゴッコ』を告げたミーシャをミランダは無言で抱き締めた。

 その様子を複雑な表情で横目で見つつ、ジオルドは知らぬ顔で外を眺めるふりをしていた。

 そして、遠い異国の地で娘を残し逝かなければならなかった母親の心を思い、そっと祈りを捧げた。

 微力ながら貴女の娘の助けにならんことを………と。


 そんな微妙な道中は、整備された道路のおかげでそう揺れに悩まされることもなく、快適なまま、予定通り1時間ほどで辿り着いた。


 窓から眺めた王城は、一度だけ見た自国のものと比べても随分と立派だった。

 何かの象徴の様に2本の塔が中央にそびえ立ち、そこを中心にシンメトリーに建物が広がっている。

 壁は真っ白に輝き、屋根だけが深い(あか)で染められていた。


 ガラガラと止められることなく王城の門をくぐり、正面の入り口へと馬車がつけられた。

 外から、扉が開かれる。


 《貴賓は最後》

 ミランダにしっかりと言い含められていたミーシャは、多少居心地が悪い思いをしながらも、最初にジオルド、次にミランダが場所を降りるのを待って、腰を上げた。


 と、ジオルドが手を差し伸べて待っていた。

(これくらい1人で降りれるのに……)

 一瞬迷って目を彷徨わせれば、じっと自分を見つめるミランダと目が合い、微かに頷かれた。

 ミーシャは小さな手をそっとジオルドに預けたった3段の段差を降りた。

 ジオルドも、いつものおちゃらけた態度が嘘の様に生真面目な表情でエスコートしている。


(うぅ、なんだかスゴく恥ずかしいんだけど……)

 涙目になりうつむきそうになる顔を意識して上向かせ、ミーシャは地面に降り立った。

 そうして、正面を向けば、少し離れた位置に青年が1人、立っていた。


 背後に侍女や護衛らしき数人を従えた青年は、優雅な仕草で手を胸の前に組み、軽く膝を折った。

「お待ちしておりました。私は若輩ながらもこの国の宰相を務めておりますトリス=ティン=ウィルキンソンと申します。心から貴女の来訪を歓迎いたします」

 穏やかな口調は耳に優しいテノール。

 真っ直ぐな蜂蜜色の髪は長く伸ばされ背中でゆるくまとめられていた。瞳は琥珀色で顔立ちも優しげに整っている。

 唇も微かに口角が上がり、言葉通り歓迎している雰囲気が伝わってきた。


 例えるなら暖かい春の草原。

 柔らかなその雰囲気に、緊張していたミーシャの身体からふわりと余計な力が抜けるのを感じた。

「手ずからのお迎え、ありがとうございます。ミーシャ=ド=リンドバーグと申します」

 頭を下げそうになるのをどうにか耐えて、ちょこんと膝を折る様はミーシャの容姿とも相まってとても可憐に見えた。


 有名な薬師一族の娘というから、どんな才走った生意気な子供が来るのかと思えば、随分と素直そうだ。

(まぁ、そんな子供なら、あいつが気にいる訳が無いか)

 そんなことを考えながらトリスは、ミーシャの隣に立つジオルドにチラリと視線を送った。

 無表情ながらも思いっきり体が引けているのは、人当たりのいい外面を全面に押し出したトリスに対する抗議だろう。


(バカか、初対面の人間にこんな場所で本性晒すわけ無いだろうに)

 笑顔の仮面の下で毒づきながら、まだ少し表情の固いミーシャへと視線を戻す。


「着いたばかりでお疲れでしょう。お部屋をご用意しておりますので、どうぞそちらでゆっくりとお過ごしください。

 王との謁見の場が整いましたら使いをよこしますので」

 トリスの言葉に後ろに控えていた侍女がスッと前に出た。


「どうぞこちらへ」

 自身よりもよっぽど上質な生地で作られたお仕着せを着た侍女に先導され、ミーシャは大人しく後に続いた。

「報告があるから」とジオルドが一緒に来なかった事に少し心細さを感じながら、ミランダが居てくれて良かったと心から思う。


 そんなミランダは、ミーシャの連れてきた侍女のふりをする気らしく、素知らぬ顔で1番最後をついてきている。

 ちなみに手にはカバンが1つ。

 中にはミーシャの薬師としての道具一式が入っていた。

 服や日用品はともかく、それだけは手元にないと落ち着かない為、手荷物として纏めていたものだ。

 自分で持つと主張したのだが、取り上げられてしまった。

 相手はミランダだし、中身のことは熟知しているだろうから乱暴に扱われることも無いだろうと諦め、今に至る。


 そして、たどり着いた部屋は広いバルコニーのある日当たりのいい3階の部屋だった。

「荷物の整理でバタつくと思いますので」

 とそつの無い仕草でバルコニーのテーブルに誘導され、サッとティーセットが準備される。

 流れる様な一連の動作に、口を挟む隙も無い。

 ここでも早々に諦めたミーシャは大人しくテーブルに着くとカップを手に取った。

 確かに、馬車の移動の間何も口にしていなかった為喉は渇いている。


 ふんわりと花の香りがつけられたお茶は喉を通ればスッとした清涼感を残した。

「う〜ん、流石に、いい茶葉を使ってるわね」

 正面の椅子に腰を下ろしたミランダが優雅な仕草でカップを傾けている。

 本当に侍女だった場合、主人と同じテーブルに着くなどあり得ないのだが、2人とも気にしていない。

 関係性がイマイチ読めていないこちらの侍女達も何も言わない為、2人はのんびりとお茶を楽しんだ。


「いいお部屋ね。つけられた侍女も教育が行き届いている様だし」

 テキパキと動いている侍女達を観察しながら、ミランダがにこりと微笑んだ。

 本来ならハッタリを利かせる為に正装をさせるという手もあったのだ。

 時間がなかったとはいえ、そこは公爵家である。

 王族の晩餐会に出るにも支障が無いほどの衣装をしっかりと持たせてくれていたのだ。

 そこを、あえてワンピース姿に留めさせたのは、その姿を見てどういう対応をするか見てやろうというミランダの意地の悪い試験だった。


 ミーシャの今回の立ち位置は、公爵家の娘で王家より招かれた客人だ。

 それを見た目や状況で侮るのなら、それはそれで、「失礼だ」と連れ帰る良いきっかけだと思ったのだ。

 実際、まともな供もつけず、町娘に毛が生えた様な身なりのミーシャは侮られるには充分だった。

 急ぎの旅路だったという言い訳があるにしろ、である。


 だが、現実は侍女も執事も顔色1つ変えることなくサラリと受け入れて見せた。

 今は足元に蹲り大人しくしている子狼という珍客まで、急遽皿に水を入れて出して見せるという歓待ぶりだ。


「そう、なの?豪華すぎて気後れしちゃう」

 出された菓子を摘みながら、ミーシャは小さく肩をすくめて見せた。

 公爵令嬢を名乗ってみても、実態は森の奥でひっそりと暮らしていたのだ。

 煌びやかな環境に気後れするなという方が酷だろう。

 そんなミーシャにミランダは笑いながらカップを傾ける。

「自然にしていれば良いのよ。多少飾りが大袈裟でも結局は道具よ。直ぐに慣れるわ。幸い皆んな好意的みたいだし、ね」


「………ミランダはずっと変装したままで過ごすの?」

 チラリと周囲を見渡し耳目が無いことを確認してから、ミーシャは小声で囁いた。

「そうね……。王様とその側近にはジオルドから報告がいってるでしょうし、今の所必要を感じないわね。むしろ、混乱させちゃうだけな気がするし、秘密、ね?」

 シーと子供っぽい仕草で唇に指を当てて見せるミランダにミーシャはコクリと頷いた。








「長旅、大儀であった…………と言うにはめいいっぱい楽しんできたみたいだな、ジオルド」

 ミーシャと別れ、トリスに引きづられる様に連行された執務室で、ジオルドは久方ぶりに主人と対面していた。


「ただいま戻りました。王命、恙無く終え、御前に拝しました事、光栄に存じます」

 片膝をつき、片手を胸に(こうべ)を垂れる。正式な礼をとりつつ定型文を口にすれば鼻で笑われた。


「建前はいい。立って報告しろよ。なかなか楽しい道中だったみたいじゃないか」

 笑いのにじむ声で促され、ジオルドは顔を上げた。

「まぁ、久しぶりに退屈とは無縁の日々でした。面白い子ですよ、ミーシャは」

 と、立ち上がろうとしたところで、ひざ裏を蹴られ、ジオルドは再び膝をつく事になった。

 しかも、立ち上がれない様にだろう、脹脛を踏みつけられる。


「王は甘すぎる。王命を曲解し自由三昧。少しは反省しなさい」

 氷よりも冷たい眼差しで絶対零度の言葉が降ってくる。

 先程までの穏やかな表情が嘘の様な酷薄な笑みに、ジオルドの背筋をゾクゾクしたものが駆け抜けた。


 冷静沈着。

 国の為ならどんな極悪な決断だろうと即決できる、敵に回したくない存在。

 それが彼を良く知る人間の評価である。


 顔立ちはあくまで美しくととのい、ふんわりと微笑めば大抵の人間が油断して、気づいた頃にはスルリと懐に潜り込まれている。

 幼い頃にはコンプレクッスでしかなかった女顔も、今では便利な道具としてフル活用だ。

 ちなみに、整いすぎているが故に無表情になられると常人の2倍は恐い。


「はいはい、悪かったよ。土産もたくさんゲットしてきたから、機嫌直せよ」

 しかし、大抵の人間なら向けられた瞬間に震え上がるトリスの冷たい眼差しも、残念ながらジオルドにはさして効果は無かった。

 踏みつけられた脹脛も片足ではさほど効果が無かった様で、あっさりと立ち上がってしまう。

 通常なら不可能なはずなのだが、単純に力負けだ。

 3人しかいないとはいえ、ライアンの前で見苦しい小競り合いをするのはトリスの美意識が許さなかったせい、とも言う。


「………土産とは、もう1人の『森の民』の事ですか?」

「いきなり直球で来たな」

「あなた相手に遠回しに会話しても無駄なだけでしょう」

 あけすけなトリスの言葉にジオルドは流石に苦笑を浮かべた。

 どうやら想像以上にお怒りらしい。


「いや、他にも色々あるんだが、まぁ、それは置いておいて。蛇の尾を踏む所まではいかないが、監視対象になったのは確かみたいですよ。詳しい動きは知らされていませんが、下手を打てば全面的に敵に回られるとの宣言は受けました」

 今までのふざけた態度を収め真剣な眼差しを向けるジオルドに、トリスは息を飲み、ライアンは考え込む顔を見せた。


 が、すぐに顔を上げ、肩をすくめる。

「トリスにも言ったが、別に構える必要もないだろう。一応、側付きの侍女や侍従は私の所から回しているし、執事(・・)のキノには簡単に状況の説明もしている。余計な火の粉はキノが払うだろう」

「あんな格好で控えてるから何かと思ったら、キノを表に引っ張りだしたんですか」

「かなり渋られたがな」

 呆れた顔のジオルドに、ライアンはニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。


 キノとは、ライアンが幼い頃から側についていた護衛の1人で、どちらかというと裏方に精通し表舞台には殆ど出てこない存在だった。

 当然、ライアンの信頼も厚い。


「まぁ、あいつも知りたがりだから、今頃嬉々として観察してんじゃないかな」

 そんな存在をミーシャにつけるというのは、外部の敵から護ると共に、ミーシャの周囲を探るという二重の役割があるのだろう。

 人好きのする笑顔の下で、やっぱり一筋縄ではいかない己の主人にジオルドはニヤリと笑った。


「あんな顔して可愛いもの好きだし、あっさりとほだされたりしてな」

「ま、それもいいだろう。で、ミーシャの後ろにいた茶色の髪の女性がそうなのか?」

 少しワクワクした顔で身を乗り出す様にするライアンにトリスが呆れた顔を向けた。


「また、何処かからか覗き見ていたのですか?行儀の悪い」

「迎えにでようとしたらトリスが止めたのだろう?だったら覗くしかないじゃないか」

 胸を張って主張するライアンにトリスは深々とため息をつき、ジオルドはカラカラと笑った。


「子供ではないのですから。後で正式にお会いするまで大人しくしてくださればいいものを。貴方は仮にも一国の王なのですよ?」

「あ〜分かった分かった。で、どんな感じなんだ?眼の色まで違ったみたいだが」

 説教モードに入りそうなトリスから顔を背け、ライアンは自身の好奇心を満たすべくジオルドを手招いた。


「あ〜〜と、ですね」

 そうして報告という名の雑談が「いい加減に仕事してください」というトリスの怒鳴り声が響くまで続けられたのであった。









読んでくださり、ありがとうございました。


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