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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
まだ見ぬ薬を求めて

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29

 招き入れられた部屋の中でみんなそれぞれに居場所を定め、温かいお茶と秘蔵のワインがいきわたったところで、ゲイリーは「仕事の途中ですよ!」と従業員の女性に引っ張っていかれていた。


 遠くの方から文句を言うゲイリーに「久しぶりの再会を邪魔しない!」と叱る声が微かに聴こえていたから、気を遣われた結果だったようだ。


「おれも遠慮した方がいいか?」

 その会話が耳に入ったヒューゴも腰を浮かしかけたが、ミーシャが押しとどめた。


「海巫女の話もすることになるから、状態が見たいってどうせすぐ呼び戻されることになると思うからそこにいて。他にも人はいるしね」

 答えながらも、ミーシャはちらりとアクアウィズに目をやった。


 我関せずでニコニコと座っているアクアウィズの手には、温かいホットワインが握られている。


 ひどい猫舌のくせに温かい飲み物を欲しがるアクアウィズのために、特別にゲイリーが作ってくれたものである。


 果汁で割られいくつかのスパイスと蜂蜜を加えて作られたホットワインの華やかな香りに目を丸くして驚いた後、フーフーと吹き冷まして幸せそうにすすっている様子は、まるで幼い子供のようにも見えた。


(人換算してもいいのか、迷うところだけど。ヒューゴがいれば、下手なことは言いださないでしょう)

 こっそりとヒューゴを生贄の立てにしようと画策する程度には、ミーシャはアクアウィズを警戒していた。


 無邪気に見えても相手は人ならざるものの一員だ。

 こんなにはっきりとした姿を持つものを見るのは初めてだけど、幼い頃から無邪気ないたずらの犠牲になっていたミーシャは、学習していた。


 彼らは悪気なくトラブルを持ち込んでくる。

 最近では、不思議な石を拾ったら謎な空間に連れ去られたり、楽しく山を下っていたら迷わされて謎な落とし物を託されたり……。


(確かに、綺麗なものを見たり美味しいものをもらえたりいい事もあるけど、たいていはお詫びとしてだものね)


「……何を考えてるのかなんとなくわかるが、それほど警戒しなくていいぞ。たまに幼児か!って言いたくなるくらい物事を知らないがそれ以外は意外と問題なかったから」

 数日を共に旅してきたラインが苦笑いしながら考え込むミーシャにストップをかけた。


「それよりも、海巫女ってなんだ?」

 席をはずそうとしたヒューゴを引き留めた理由を問われて、ミーシャは、海に落ちてからの事をかいつまんで話し始めた。


 イルカたちに海辺の隠里へと運ばれ、そこで助けられたこと。

 海の神様の加護を受けた海巫女という存在がいるが、愛し子の証が皮膚病にしか見えず、実際それで先代の海巫女が死に瀕していること。

 薬を探すために、その兄であるヒューゴとここまで旅したこと……。


「というわけで、海巫女の愛し子の証がこの国の端にある小さな村の郷土病と同じものじゃないかって薬を試している最中なの」


「……いろいろあったんだな」

 離れていた半月ほどの間に起こったにしては濃密な日々に、ラインは小さくため息をついた。


 ミーシャが無事にここまでたどり着けたことが奇跡のようだと感じていたのだ。

 一つ状況が掛け違えていたら、誰もたどり着けないと言われている隠里に監禁されて、いいように使われていた可能性もあったのだから。


「それで『愛し子の証』だったか?『火竜の呪い』の薬は効果があったのか?」

 それでも、無事に戻ってこれたのだから野暮なことは言うまい、と言葉を飲み込んで、ラインは薬師らしく未知の病へと興味を変える事にした。


「うん。今日で5日目になるんだけど、もともと症状が軽かった事もあってか、かなり改善してるの。あと一か月もしたら、消えてしまうんじゃないかしら」

 途端にキリッと目元を引き締めて答えるミーシャに、ラインが立ち上がりヒューゴに歩み寄る。


 無言の圧力に逆らうことなく、ヒューゴは素直に服をはだけた。

 ミーシャの師でもあると聞いていたラインに協力を得られるなら、それに越したことはない。


「ふ……ん。俺も実際に『火竜の呪い』は診たことがないが、本当に報告されていた通り患部が鱗のように見えるんだな」

 興味深そうに一通り診察をしたラインは、いつの間にか傍らに立つミーシャに顔を向けた。


「確かテンガラの変種を使うんだったよな。良く見つける事ができたな」

「運が良かったの。薬の作り方を教えてくれた人がたまたまスラムに群生地があるのを見つけていたの。その場所をカミューも知っていて、連れて行ってもらえたから」


 レンの隣にピタリと張り付き大人しくしていたカミューは、自分の名前が呼ばれたことに気づいて不思議そうに顔をあげた。

 久しぶりのレンに夢中で、話を聞いていなかったのだろう。


「赤いお花の薬草の話しだよ」

「じいさんの花」

 ミーシャが水を向けると、カミューは幼い顔を精いっぱいしかつめらしくして重々しく頷いた。


「じいさんの花、役に立つ。じいさん、喜んでる」

 一言誇らしげに宣言するともう興味を無くしたらしく、ポスリとレンの腹に顔をうずめた。


 レンも嫌がる様子もなく、カミューの好きにさせている。

 まるで犬のようにキュンキュウと鳴きながら何かを訴えているように見えるカミューを、毛づくろいでもするように舐めている姿は、親子か兄弟のようにも見えた。


「本当に会話してるみたいね」

 その姿に目を丸くしてミーシャがポツリとつぶやいた。


「まぁ、犬は仲間内で連携がしっかりとれてる生き物だし、鳴き声や仕草でコミュニケーションが取れるのも不思議じゃない。カミューは通常より聴覚が優れているみたいだし、おれたちには聞き取れない音も聞こえてるんだろう」


 初めて出会った当初から、人間は警戒するのにレンにはべったりだった姿を見ていたラインは、小さく肩を竦めた。


「それより、患者の妹の症状はこれより重いんだろう?対処できると思うか?」

「ヒューゴとミルちゃんね。恐らく根気強く続けていけば、完治とはいかなくてもかなり症状は軽くなると思うわ。飲み薬を併用すればもっと……。でもノアさんには…………」

 いまだ服をはだけたままじっとしているヒューゴの患部を指し示すラインに、ミーシャは沈痛な面持ちで肩を落とした。


「末期患者には厳しい、か」

「……うん」

 もともと軽症のうちから使う事を勧められている薬だ。

 それでも「もしかしたら」と希望を持っていた。だけど……。


「飲み薬の副作用が、思ったよりひどいの。今のノアさんには耐えられないと思う」

 健康体であるヒューゴでも眩暈や吐き気で動けなくなっていたのだ。


 柔らかくした病人食でさえ満足に取る事の出来なくなっているノアの状態を思えば、下手したら副作用がとどめになってしまう可能性が高かった。

 強い薬は毒にもなりえるのだ。


「……ノア様は自分の事は覚悟してる。その上で、ミルが助かる希望が見えたと喜んでくださったんだ」


 自分に言い聞かすようにつぶやくヒューゴの膝の上で握りしめられた拳が微かに震えている。

 ミルが海巫女として連れ去られてから、二人の関係に何かと便宜を図ってくれたのはノアだけだった。


 ヒューゴにとってもノアは長い間唯一信頼できる大人だった。

 助からないと宣告されてショックを受けるのは当然だった。


「ね~、それ。大分薄いけど海人の証だよね?まだ引き継いでる一族がいたんだねぇ」

 その時、深刻な空気を破るのん気な声が響いた。


 隅の方でホットワインを幸せそうにすすっていたアクアウィズが、いつの間にか側に来てヒューゴの脇腹を覗き込んでいたのだ。


「あぁ。目の色はほとんど黒いんだ。だからこれくらいしか出なかったんだねぇ」

 驚きに固まるヒューゴの長い前髪を勝手にかき上げて瞳を覗き込んだアクアウィズが何かを納得したように頷く。


「ちょっと待て、アクアウィズ。何か知っているのか?」

 満足したように元の席へと戻ろうとしたアクアウィズを、ラインが慌てて呼び止める。


「海人の証だよ?」

 呼び止められたアクアウィズはきょとんとしたように首を傾げた。


 アクアウィズはもともと一つの意識から分かたれて自我を持った存在だ。

 ゆえに同じく分かたれた他の存在ともうっすらとだが意識がつながっていて、ふとしたきっかけでその記憶がつながったり、知りたいと集中すればその記憶を探る事ができた。


 今回はヒューゴの鱗状の皮膚を見たことで浮き上がってきた誰かの記憶で、好奇心を刺激されて口に出してしまったのだ。


「だから、それがなんだと聞いてるんだ」

 自分の言動がどれほど周囲の人間を驚愕させているかも知らず、カップに残っていたワインを飲みながら、アクアウィズはラインの問いになんでもない事のように答える。


「ここよりずっと南の方に住んでいた一族が持っていた海の加護みたいなものだよ。僕もうっすらと知識があるだけだから詳しくは分からないけど、そこら辺にいた父様に近しい存在があげたみたい。海の上で迷子にならなかったり、魚が良く獲れたり、海の生き物を育てるのが上手だったり? そんな感じ」


「……それって、初代の海巫女様?」

 ならず者に襲われて、島を逃げ出した一族を導いたというお姫様。


 アクアウィズの言葉に、一族の成り立ちとしてマヤが教えてくれた昔話を思い出したミーシャは、呆然とつぶやいた。


 その肌に鱗のような模様を持ち、それゆえにその後に同じ印を持った子供が海巫女として祭り上げられることになったという。


 ミーシャの声に、同じく驚きに固まっていたヒューゴが弾かれたように立ち上がった。

 ヒューゴの脳裏に、幼いミルとの思い出がよみがえる。


 体の弱いミルは滅多に外に出る事がなかった。

 それでも体調の良い日は、他の子供たちと海にでて海草や貝を集めたのだけど、そういう日は潮だまりで魚や珍しい貝を見つけたり、荒れていた海が穏やかになったりすることが良くあった。


 ミルが海に行ける日は少なかったため、偶然が重なっただけだとあまり気にしていなかったけれど、アクアウィズの言葉を信じるならば、それは気のせいではなかったというのだろうか?


 そう考えた瞬間、ヒューゴの中に猛烈な怒りが湧き起こる。


「何が加護だよ! 人を死に追いやるのが神々の加護なのか? それとも一時期でも人の身に余る能力を手に入れられたんだから、感謝しろとでもいうのか?! だいたい、ミルにそんな不思議な力なんてないのに!」


「落ち着け。アクアウィズが与えた加護じゃない。こいつに怒るのはお門違いだ」

 激昂(げっこう)して詰め寄ろうとしたヒューゴを、目の前に座っていたラインはとっさに押さえつけた。

 

 それでもその手を振りほどこうと暴れるヒューゴを抱き込むようにして止めて、至近距離でその瞳を覗き込む。


「せっかくの手掛かりをふいにするつもりか?いい子だから座るんだ」

 じっと見つめる翠の瞳と冷静な言葉に、ヒューゴの興奮が徐々に落ち着いていく。


「……悪かった。もう大丈夫だ」

 ヒューゴは大きなため息を一つ落とすと、力が抜けたようにガタンといすに座り込んだ。


 突然、激昂を向けられたアクアウィズは驚いて目を丸くしていたが、脱力したヒューゴを見て不思議そうに首を傾げる。


「死んじゃうような加護じゃないよ? 護りたいと願って与える加護が、相手を殺してしまうわけないじゃない」


「でも、愛し子の証がでた人たちは、実際に体中の皮膚がひび割れて弱って死んでしまっているんです。昔はお薬があったみたいだけど、長い時の中で失われてしまって……。何か知っているなら、教えてくれませんか?」


 ミーシャはとっさに駆け寄ると、椅子に座るアクアウィズの前に床に膝をつき見上げて懇願した。


 それは、まさに神に祈る姿に似ていた。

 次の瞬間、ヒューゴもまた同じように膝をつく。

「妹と妹の恩人が苦しんでいるんです。なんでもします。どうか慈悲を与えてください」


 二人の人間に縋り付かれて、アクアウィズは困ったように視線を泳がせた。

「……ライン~~」

 その先にあきれ顔でこちらを見るラインを見つけて、泣きそうな声で助けを求める。


「お前たち、落ち着けって言っただろうが。いいから立て。アクアウィズが泣きそうだぞ?」

「……はい」

 促されて、ミーシャとヒューゴは立ち上がった。


 大人しく椅子に戻る二人に、アクアウィズがほっとしたように息を吐く。

 それから、記憶を探るようにしばらく黙り込むと、恐る恐るというように口を開いた。


「……あのね、本当に大丈夫なんだよ。確かに「加護をあげたよ~」て知らせるために肌に印が刻まれるけど、それを癒すための手段も伝えてたんだから」


 自分の何気ない一言がその場の空気を激しく乱したことに恐怖を覚えたらしく、いまだ涙目のまま、アクアウィズは自分の知識の奥底に眠っていた話を語る。


「あのね。海の雫……今の人は何て言ってるのかな? 貝の中から見つかる白い球があるでしょう?」


「……真珠の事か?」

 ヒューゴはおびえた様子を見せるアクアウィズに微かに罪悪感を持ちながらも、自身の耳を見せた。

 そこには、お守りとしてミルに渡された小さな真珠のピアスがついている。


 真珠に金具を直に刺しただけのシンプルなものだが、ミルが自身の手で時間をかけて作ってくれたもので、ヒューゴは肌身離さず身に着けていた。


「そう、それ。それの黒い色のものがあるでしょう?」

 その言葉を聞いた瞬間、ミーシャはガタリと立ち上がり自分のリュックへと駆け寄った。

 そうして、大切に布に包まれた箱を持ってくる。


「これのこと?」

 そこにはマヤに託された簪が入っていた。

 取り出せば、シャラリと艶やかな黒い真珠が揺れる。


「そう、それ。すごくたくさん集めたんだね。大変だったでしょう? しかも、こんなにいろいろな色を」

 ミーシャから簪を受け取ったアクアウィズは嬉しそうにニコリとほほ笑んだ。


 一見真っ黒に見えた真珠は光を受けてその奥にある様々な色を見せて輝いた。


「君が言った通り、強すぎる加護は身を滅ぼすこともある。だから瞳の色が変わるほど証が強く表れた子供には、同じ色がついた黒真珠を新月の夜に汲んだ海の水に浸して、そのまま満月の夜まで月の光を浴びせてね。そしたら黒真珠が溶けてくるから、今度はその水を新月の晩まで少しずつ飲むんだよ。それを一粒か二粒ぶん飲み干す頃には、証は薄れていくはずだから」


 そういって手渡された簪をヒューゴは呆然と見つめた。

 まれに見つかる黒い真珠は、村人たちから美しくないものとして嫌われていた。


 黒髪に映える白が至高とされ、可愛らしい桃色や神秘的な銀、黄色なども人気がある。

 しかし、黒い真珠は髪に埋もれて目立たないため見向きもされず、基本的には海に返されていた。


 その中で、先々代の海巫女が「他の色と同じく海の神様が贈ってくださったものだから」と愛でていたため、今では黒真珠は海巫女の社へと捧げられるようになっていた。


「どこかで伝承が途絶えたのか、不要なものと捻じ曲げられたのかしら……?」

 脳裏に浮かぶのは、かつての村の権力者の話し。


 アクアウィズの話が本当なら、証がくっきりと表れた者ほど能力は高くなる。

 その因果に気づいた誰かが、村のために薬を隠してしまったのかもしれない。


 加護を与えてくれた存在から遠く離れた地で、少しずつ証を持って産まれる子供達が減った事も危機感をあおったのかもしれない。


 アクアウィズが教えてくれた恩恵は、『海で迷子にならない・魚が良く獲れる・海産物を育てる事ができる』などだった。海と共に生きる者達にとっては得難い能力だろう。


 しかし、大切に社の中に閉じ込めて外に出さない事で海巫女達はすぐそばにあるはずの海から遠ざけられた。

 そのため、せっかくの恩恵はあまり役に立たないという本末転倒を引き起こし、やがて恩恵自体が忘れられていったのかもしれない。


 そうして後に残ったのは、祠に閉じ込められて死を待つだけの少女達だった。


「……生贄を作り出したのは自分たちだったんだ」

 ヒューゴは耐え切れず膝から崩れ落ちた。

 脳裏には、もう満足に動くこともできないノアとそれを支えるミルが浮かぶ。

 簪に額をつけ蹲るヒューゴにかける言葉もなく、ミーシャはその背中をそっと撫でた。


「こんなにも近くに薬があったのに……」

 震える小さなつぶやき声が静まり返った部屋に不思議なほど大きく響いて消えた。




読んでくださり、ありがとうございました。


2025.7.7 黒真珠を薬に使う部分の描写が意味が分からないとのご指摘があり、読み返してみれば確かにそうだなぁ・・・・と思ったので変更しています。少しは分かりやすくなったかな?

どうも、自分だけだ書いていると独りよがりになりがちです。

悪い癖だとは思うのですが、頭の中でお話を考えているうちに書いた気になって言葉足らずになってしまうんですよね。

ご指摘非常にありがたいです。

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― 新着の感想 ―
夜凪様 お返事ありがとうございましたm(_ _)m 愛し子の瞳の色については隠れ里のエピソードにあったかも?と再読しました。本来は黒か濃い茶の瞳を種族だけど、今の愛し子の2人翠と青(水?)色の瞳なので…
なかなかに衝撃的な回でした… 私の読解力が低いらしく理解ができず申し訳ないのですが、 >>だから瞳の色が変わるほど証が強く表れた子供には、同じ色がついた黒真珠を口に含ませるんだよ。 とありますが…
たくさん悩んで遠回りして絶望に苛まれたのに。こんな身近に答えがあったなんて。しかも愚かにも自分達の欲のせいでこうなって。真実知ったらこうなるよね…
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