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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
まだ見ぬ薬を求めて

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読んでくださり、ありがとうございました。

「本当に、馬鹿じゃないかしら!」

 ミーシャはいらいらと悪態をつきながら、足を速めた。

 たった一人で夕暮れの中を疾走するミーシャの口の悪さをとがめる者はいない。

 





 教えてもらった『火竜の呪い』の薬は飲み薬と塗り薬の二種類だった。

 症状が軽いうちは塗り薬だけで対処できるが、処方が遅れて重症化した場合、飲み薬も併用した方が効果が高い。

 ただし、副作用として眩暈や吐き気が出る場合があり、その際は服薬の量を減らすか止める事を奨められた。


「皮膚に異常が起こるからって単純に皮膚病を疑ったけれど、重症者には服薬を勧められるって事は内臓のどこかに病気の元があるのかしら?」

 教えられたとおりに調薬しながら、ミーシャは首を傾げた。


「まだできないのか?」

 考え込むミーシャの隣で、ヒューゴが急かしてくる。

 塗り薬ができたら、ヒューゴの体で試すため待機しているのだ。


「きちんとした手順と配合を護らないと効果がでない場合もあるのよ。ババ様にはヒューゴが伝えないといけないんだから、しっかり見て覚えてね。ミルちゃんに失敗作なんて使いたくないでしょう?」


 そわそわと落ち着かないヒューゴに呆れながらも、手元が見えやすいように気をつけながら、ミーシャは薬草を砕いていく。


 植物の根は固く、細かくするのは至難の業だ。

 さらに鍋で乾煎りしているため、もともとの繊維質がさらに際立って、ミーシャの力ではなかなか作業が進まない。

 しかし、熱を入れる事で効果が変わるらしく、省くわけにもいかない行程だった。


「これ、天日で乾燥させて砕いた後に火を入れるのではだめなのかしら?時間があれば実験してみたいくらいだけど……」

 隣で完成を待っているヒューゴを見て、ミーシャはため息を飲み込んだ。


 とても、実験をする余裕を与えてもらえそうもない。

 そもそも、群生地が見つかったとはいえ、ミルの病が癒えるまでどれくらいの薬が必要になるか予測がつかない以上、実験で無駄にするわけにもいかないのが実情である。


「でも……改良出来て重症者にもより効果が出る様にできれば……」

 ミルの病が治るかもしれないと涙を流し喜んでいたノアの姿が思い浮かぶ。


 深い亀裂の入った肌は固く、手足の動きどころか表情や口元すら動かしづらそうだった。

 胃腸の動きも悪く、食事もうまく消化できない。

 皮膚上の症状が内臓にまで及んでいるのではないかと、ミーシャは予測を立てていた。


 細胞が硬化して、やがてすべての機能を止めてしまう。

 そう考えれば、ノアの現状に説明がつく。

 そして、これまでの病の進行速度を考えれば、ノアに残された時間はそれほど多くなかった。


 岩穴に閉じ込められた不遇の時を、寄りそうように生きてきた二人の姿を思い出せば、少しでも足掻いてみたいと願ってしまう。


(まぁ、とりあえず聞いた通りの薬がヒューゴの肌を癒すかの確認が先決よね。実験はそれからでも遅くないわ)


 ミーシャはようやく満足いくまで細かくなったテンガラの根に、他の材料を手順通りに混ぜ込みながら気合を入れなおす。


 欲張りと笑われようと、ミーシャは一人でも多くの人を救いたいと願ってしまう。

 あきらめない。あきらめたくない。

 それはミーシャの薬師としてのプライドだった。


「お待たせ、ヒューゴ。できたから、さっそく塗ってみよう」

 促されて、目の前に座ったヒューゴは大人しく服をはだける。

 鍛えられた体は、明かりの中で改めて見ると大小さまざまな傷跡が刻まれていた。


(これって、相当ひどい怪我だったんじゃないかしら)

 その中でも脇腹にある抉れたような傷跡にミーシャはわずかに目を見開いた。

 どうしたのか、問いただしたいような気もするけれど、皮膚の病とは関係ない質問をしてもヒューゴが答えるとも思えず、ミーシャは口をつぐんだ。


(どうせ、無茶な修行の中でついた傷なんだろうし……)

 ヒューゴは海巫女の地位に押し上げられてしまった(ミル)の側にいられる権利を得るためにありとあらゆる無茶をしてきた。

 頭と体を鍛え、技術を磨いた。

 自分の有利になるなら、嫌っていた見かけすら利用することもいとわなかった。


 素晴らしい献身だが、それをヒューゴに言えば、嫌な顔をしてそっぽを向くだろう。

 そして、自分のために動いただけだと言い張るのだ。単なる自己満足だと。


(この薬は、きっとヒューゴの…………。ちがうわね、ミルに関わった全ての人たちの希望になる)

 ミーシャは黙ったまま、傷跡のすぐそばにうっすらと浮き出た鱗のようなひび割れに薬を塗りこんだ。


「肌がヒリヒリしたり、痛かったりはしない?」

「いや。むしろかゆみが和らいでいい感じだな」

「そう。一時間ほどしたら、もう一度患部を見せて。肌に異常が無いか確認するから」

 薬が服についてしまわないように清潔な布をあてながら、確認するように会話を交わす。


「それにしても、トンブとは違う方向だが、これもまた変わった香りの薬だな」

「根をすりおろしている時から香っていたから、これはきっとテンガラの香りね。トンブに比べたらいい香りと言えなくもないけど」

 それは、甘いような苦いような不思議な香りだった。


「ミルちゃんの可愛らしい雰囲気には合わないけど、大人の女性なら意外と好む人もいるんじゃないかしら?」

「おれは割と好きだな」

 体をねじるようにして薬が塗られた患部の匂いを確認するヒューゴがまるで猫のようで、ミーシャがクスリと笑う。


「嫌いじゃないなら良かったわ。しばらくはこの香りと過ごすことになるんだから」

「そういえば、そうだな」

 微笑むミーシャにつられたように、ヒューゴはわずかに口角をあげて上着をはおった。


「どうか効果がありますように」

 祈るようにつぶやかれたミーシャの言葉に賛同するように、ヒューゴもまた小さく頷いた。


 ヒューゴの患部に塗った塗り薬は、一時間後に確認したところ、発赤などの問題も特に見られなかった。

 肌に異常が出ていない事を確認したミーシャは、再びたっぷりと薬を塗りつけてその日の治療を終了した。


 朝夕二回の塗り薬塗布。

 それが教えてもらった『火竜の呪い』の対処法で、ミーシャはとりあえず、それにのっとって治療を進める事にしたのだ。


 早ければ二~三日で改善がみられるはずと教えられていたため、念のため、激しい運動をしなければ普段通りの生活をしても大丈夫とヒューゴに告げていた。


 大人しく頷いていたはずのヒューゴが、ミーシャの方針に少しも納得していなかったのが露呈したのは、次の日の夕方の事だった。

 夕食前に夜の薬を塗ろうとヒューゴの部屋に顔を出したミーシャは、グッタリとベッドに横たわるヒューゴを見つける事になったのだ。


「どうしたの?!」

「何でもない。ただ眠いだけだ」

 慌てて駆け寄るミーシャに、だるそうな顔で薄めを開けたヒューゴは首を横に振り起き上がろうとしたが、またふらりと倒れこんでしまう。


「ヒューゴ!」

 倒れたヒューゴの顔は明らかに青白く、額には脂汗が滲んでいた。


 何があったのか尋ねようとしたミーシャは、ふと甘苦い独特の香りに気がついて眉をひそめる。

 それはテンガラの根をすり潰した時に嗅いだ香りだった。


 塗り薬の香りとも思ったけれど、朝に塗った薬の香りがこの時間までこんなにも鮮やかに残るはずがないとミーシャはすぐその考えを否定した。


 テンガラの根の香り。起き上がれないほどの眩暈。苦痛に歪んだ顔。

 ミーシャの目が、何かに気づいたようにハッと見開かれる。


「あなた、もしかして、テンガラの薬を勝手に飲んだの!?」

 ミルの症状は軽いものとは言えなかったため、塗り薬の効果が薄かった時のために、ミーシャは飲み薬も調薬していた。

 

 一応調薬方法は紙にまとめて書いていたから、マヤならばそれを見ながら再現することは可能だろうが、現物もあったほうが完成形が想像しやすいだろうと思ったからだ。


 自分の部屋に一回分ずつ小分けにして用意していたのだが、ヒューゴはミーシャが部屋を開けたすきに忍び込んだのだろう。


「何を考えているの!飲み薬は症状の重い人用だと言っていたでしょう!?」

「……ミルに飲ませる前に、おれが確認したんだ」

 誤魔化せないと観念したのだろう。だるそうな顔でぼそぼそと答えたヒューゴに、ミーシャの目がつり上がる。


「いつ!どれくらいの量を飲んだの?!」

 叫ぶ声が頭に響いたのだろう。

 眉をしかめたヒューゴが無言でサイドテーブルの上を指さした。

 そこにはコップとミーシャが粉薬を包む時に使う油紙が二つクシャリと丸めて置いてあった。


「二つも一気に飲んだの?!」

「朝食後と……二時間くらい前にもう二包………」

 ぼそぼそとした声でヒューゴは言い訳を口にする。


「朝飲んで……しばらくして……何ともなかった……から、いけると……思った、ん……だよ。多め……に、飲んだ……ほ……が…………ききそ……だろ?」

「そんなわけないでしょう?飲み過ぎたら毒になる薬だってあるのよ?粉薬は副作用も強いから、塗り薬で極力対応を……て、こんなこと言ってる場合じゃないわ!急いで副作用を緩和する薬をつくらないと!」

 慌てたようにベッドから離れようとしたミーシャの腕を、ヒューゴが掴んで引き留める。


「べつ……に、これくらい………。寝てれば……なおる……」

「じっとしてれば眩暈は起こさないけど、そのまま放っておいても治らないわ。薬の飲み過ぎで完全に中毒症状を起こしてるもの。すぐに用意するから、待ってて」

 いつもは力強いヒューゴの手は、あっさりとミーシャに振りほどかれた。


「ちょっ!まっ…………」

 慌てて起き上がろうとして襲ってきた眩暈に、ヒューゴは再びベッドへと倒れこんだ。


 暴走したミーシャが止まらない事は、共に過ごした日々で身に染みている。

 そして、暴走したミーシャが更なるトラブルを呼び込むことも……。


「ウソだろ……。頼むから、大人しくしててくれよ……」

 急に動いたことでひどい眩暈に吐き気までこみあげてきて、動くことができないヒューゴは力なく天を仰いだ。 

 

 しかし、部屋に戻ったミーシャは、自分があり得ない失敗を犯していることに気がついた。

 薬の過剰摂取をした場合に使用する薬草を切らしていたのだ。


 子供などが薬を間違えて食べてしまう事はよくある事故だ。

 そのため、母親について森の外の村に薬師として回っていた時には、必ず薬箱に常備していた薬草だった。


 しかし、森を離れてから小さな子供のいる家庭とは縁遠く、当面は必要なさそうと補充していなかったのだ。

 旅をする中で、限りある荷物のスペースを有効に使うべく使用頻度が低いものから排除していった弊害だった。


「薬草屋さん……は、どこにあるか知らないし」

 考え込んだミーシャの脳裏に、ふとある光景が浮かんだ。

 テンガラの生えていた中庭に見つけたいくつかの薬草の中に、解毒作用があるものがあったのだ。


 迷ったのは一瞬。

 ミーシャは、夕暮れの街に飛び出した。

 そして、冒頭に戻るのである。






 勢いのままに飛び出したミーシャが、ふと我に返ったのはスラム街に入り込んですぐだった。

 夕焼けに染まる空の下、街灯なんて譲渡なものがあるわけもないスラム街は早くも薄闇に沈もうとしていた。


 昼間の明るいときにさえ、薄暗さを感じた場所だ。

 ふいに沸き起こった不安感に、ミーシャの足が鈍る。


「どうしよう……」

 しかし、脳裏に浮かぶ苦しそうなヒューゴの顔が、踵を返すことをためらわせた。

 時間経過と共に治まることもあるけれど、ひどい中毒症状は後遺症を残すこともある。


「ぱっと行ってすぐに戻れば、暗くなる前にここを出れるはず」

 自分に言い聞かせるようにつぶやくと、ミーシャは再び走り出した。


 その小さな背中を、いくつかの目が見つめていたことに気づかずに……。

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