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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
まだ見ぬ薬を求めて

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15

読んでくださり、ありがとうございました。

新年第一弾がようやく投稿できました。

今年もよろしくお願いします。


2025.1.13

イワンの職業を間違えており、訂正してます。

「この岩を崩すのに、どれくらいの時間がかかりますか?」

 少し青ざめた顔で岩の隙間から姿を現したミーシャは、開口一番にその場にいた男達に問いかけた。

 ミーシャが出てくるのを待っていた男達は、突然の言葉に顔を見合わせる。


「今も少しずつ様子を見ながら撤去してはいるが、岩の大きさが大きさだし、二~三日はかかるんじゃないかな?」

 初老の男が、首を傾げながらも自信がなさそうに答えた。


 山崩れを起こしたばかりの場所だ。

 目の前の人命第一だと踏みとどまっているものの、緩んだ土壌がいつ再び崩れるとも分からない危険な状況だった。


「イアンの体は抜けそうにないのかい?」

 岩の隙間に見つけた時は肝を冷やしたけれど、体の打ち身はあるようだが他に痛みを訴えるでもなく以外と元気そうな様子に男達は引っかかっているどこかが取れればすぐに引っ張り出せるだろうと楽観視していた。


 しかし、ミーシャは俯きがちに首を横に振った。

「イアンさんの足は岩の下に押しつぶされています」

「は?つぶれて」

 驚きに目を丸くして大声を出そうとした初老の男の口を、ミーシャは慌ててふさいだ。


「しずかに!まだイアンさんには言ってないんです。……まだ知られたくない………」

 ひそめた声で制止するミーシャに、周囲を囲んでいた男達も無意識のうちに自分の口を手で押さえた。

 それほどまでに、ミーシャの表情は険しかったのだ。


「少し離れましょう」

 ゆっくりと初老の男性の口から手を外すと、ミーシャは静かに移動する。

 ヒューゴは静かに先ほど脱ぎ捨てられたコートをミーシャにかけた。


 その小さな肩が微かに震えていたことに気づいたのは、すぐそばに立つヒューゴだけだった。







 イアンに請われるまま足元を覗き込んだミーシャは、陰になって良く見えなかったためランプを手に取って掲げた。そして、揺らめく灯りの中、目に飛び込んできた光景に息をのんだ。

 岩陰に隠れて良く見えなかったその足は、陰に隠れていたのではなく岩の下へと入り込んでいたのだ。


 イアンの体が横倒しなっていた為、片足は膝を曲げてつま先だけが挟まっているようだがもう片方は膝下辺りから潰されている。

 しかも巨石はその重さで地面にめり込んでいて、とても足が無事なようには見えなかった。

 それでも一縷の望みをかけて、ミーシャは足の消えたあたりの地面をかるく指で掘ってみた。


 そして、固い土がじっとりと何かで濡れているのを感じる。

 指先の匂いを嗅いでミーシャはギュッと唇をかみしめた。

 そうしなければ、何か余計な言葉が飛び出してしまいそうだったからだ。


 イアンの近くに座り込んだ時から、ミーシャの鋭い嗅覚は血の匂いを捉えていた。

 馬車から投げ出された時にどこか傷ついたのかとも思っていたのだが……。


(足がつぶれて、そこから出血してるんだわ。押しつぶされているせいか血の道が圧迫されてじわじわとしか流れていないからイアンさんの命はまだ別状ないみたいだけど……)

「どう?はずれそうかな?」

 ミーシャの耳にのんびりとしたイアンの声が飛び込んでくる。


(どうして痛みがないの?そういえば、馬車から投げ出されて体を打ったって言ってた……。痛みを感じる神経が麻痺してる?)

「ミーシャちゃん?」

 怪訝そうなイアンの声に、ミーシャはハッと我に返る。


「ごめんなさい。岩の隙間にはまり込んでるみたいで、よく見えないんです」

 ごそごそと探るふりをしながら、ミーシャはこっそりとイアンの膝上あたりを抓ってみた。

「そうなんだ。もう一つ灯りを入れてもらおうか?」

 しかし、イアンは何の反応も見せずにやはりのんびりとした口調で声をかけてくる。


 ミーシャはイアンを引きずり出すときに利用しようとしたらしき綱を引き寄せると、手早く足に巻き付け止血を試みた。

 感覚がないとしても、出血は続いているのだから、これ以上無駄に血を失うわけにはいかない。

 それから足元までを再びきっちりと毛布で包み込むと、ミーシャは体を起こした。


「ごめんなさい。ちょっと岩をどける道具がないか聞いてきますね」

「分かった。ぼくはなんだか眠たくて……。ちょっと休んでもいいかな……」

「……はい。すぐ戻ってきます」

 そうして、ミーシャは外へと抜け出してきたのだ。






 ミーシャから現状を聞いた男達は険しい顔で黙り込んだ。

「足の上に載っている岩をどける事はできないのか?」

「足を潰している岩は、イワンさんがいる隙間をつくっている大岩の片割れなんです。上の土砂をよけなければ動かせないと思います。足の周辺だけ岩を砕いて隙間をつくることも考えましたが、私の力ではどれだけ時間がかかるか分かりません」

 男の質問にミーシャもまた暗い表情で首を横に振る。


 イワンのいる空間は狭く、成人男性がもう一人入り込んで作業する余裕はなかった。たとえ入り込めたとしても、かなり動きを制限された中で硬い岩を砕くのは困難を極める作業になる。

 しかも、潰されている足を傷つけないようにしなければいけないと言えば、その難易度はうなぎのぼりだろう。

 それに加えて、下手に岩を砕くことで奇跡的に保たれているバランスが崩れ、崩落しないとも限らないのだ。


「地道に上からどけていくしかないか……」

 不幸中の幸いと言っていいのか、潰されている足以外は打ち身程度のようだし、食事や飲み物の差し入れは可能だ。動けないのは苦痛だろうが、数日我慢すれば安全に助けられると分かっていれば希望もある。

 しかし、その言葉にもミーシャは首を横に振った。


「恐らく足から出血してるようで、周辺の土に血がしみこんでいました。一応止血のために縛ってきましたが、岩の下の状況が分からない以上、一時しのぎでしかありません。それにうまく止血ができていたとしても、血が廻らない足は壊死してしまうんです。それを放っておけば、血が汚染されて死んでしまう事も……。時間的余裕はそれほど多くはありません」


「じゃあ、どうしろってんだよ。見殺しにするしかないってのか?!」

 ミーシャの言葉に、男たちの一人が耐えきれないというように声を荒げた。

 土砂崩れに襲われて絶望的な状況から奇跡的に助かったと思い喜んでいた命が、実際はじわじわと死に向かっている状況だった。

 その現実は、男達を打ちのめしていた。


 ミーシャだって救いに来たはずの命が絶望的な状況にさらされている現状に、十分に打ちのめされてた。

 しかし、ラインと共に旅をして教えを受けた知識が、まだあきらめるのは早いと囁く。ただ、それを実行することが患者のためになるかを、ミーシャは判断することができずにいた。


(本当に助けられるかも分からない。命が助かったとしても、その後の人生は辛く厳しいものになるかもしれない)

 レッドフォード王国で紅眼病の治療に(たずさ)わった時、ミーシャは命が助かっても全ての人が幸せになれるとは限らないという事を知ってしまった。

 重い後遺症が残り「こんな体でどうやって生きていけばいいのか」と悲嘆にくれる人々を見ていたからである。


「……なにか方法があるんだな?」

 唇をかむミーシャをじっと見ていたヒューゴが、ポツリと呟いた。

 ミーシャがハッとしたように顔をあげる。


「何におびえてるのかは分からないが、もし何か考えがあるなら教えろよ。ミーシャの勝手な判断で命を捨てさせる気か?」

「でも……命が助かっても……」

 言いよどむミーシャに、ヒューゴは静かな表情で首を横に振った。


「その判断をするのはミーシャじゃなく本人だ。選ぶ自由を奪うな」

 厚い前髪の隙間から、真っ黒な瞳がミーシャを見つめていた。


 その強い視線に、ミーシャは目の前の青年が運命に翻弄されていた現実を思い出す。

 選択肢すら奪い取られた日々の中、それでもできる事を探しながら抗い続けたヒューゴの言葉は重かった。


 ミーシャはギュッと強く唇をかみしめた後、意を決したように口を開いた。


「このままいけば命を落とすことになる。運よく土砂の撤去が間に合い助け出せたとしても、砕けた足はもう使い物にならないでしょう。どうせ失う事が分かっている足なら、先に切除して救出したら生き延びる確率はぐんと上がります」








 ラインと旅する間に学んだ技術。

 それはミーシャが目指していた薬師の形とは違った。


 折れた骨をつないだり、表面的な傷を消毒して縫合したり薬を塗る。

 そこまでは、ミーシャも母親であるレイアースから教わっていた。

 しかし、ライは砕けた骨を修復し、千切れた手足をつなげその機能を取り戻す事すらできた。


 それどころか、腹を裂いて内臓すらも治療してみせたのだ。

 体内にある臓器を直接治療するなど、ミーシャは考えたこともなかった。

 内臓の位置や働き、血管の位置などは知っていたけれど、それはあくまでも止血のためやどんな薬を使えば効果的かを知る為の知識でしかなかったのだ。


 ミーシャの幼いゆえに柔軟な意識と好奇心は、その全てを驚きと共にどん欲に飲み込んだ。

 体中に走る筋肉や神経の存在。それらを傷つけてしまった場合の対処法。


 実践できるほどには成熟しないまでも蓄えられた知識は、イワンの状況をそれまでとは違う視点で見せてくる。

 そして、ミーシャにできる最善を導き出した。






「足を切断する……?」

 ヒューゴの眉間に皴が寄った。


 イワンの職業は馬車の馭者だ。

 街から街を客を乗せて馬車で行き来し、生計を立てているのだ。

 足を失えば、その職を続けていくのは難しくなるだろう。 


「それは……」

「他に何か手はないのか?」

 視線を交わす男達も同じことを考えたのだろう。


「……もちろん、これは私の所見でしかありません。最初の予定通り、時間をかけて土砂を取り除いても間に合って助けられるかもしれません。その後、腕の良い医師に見せる事が出来れば、つぶれた足を治すこともできるかもしれない。でも……」

 薬師を目指した幼い日から培われてきたミーシャの目がそれでは遅いのだと言っていた。


「残酷なことを言っているのは分かっています。でも、私では命を救うためにそれ以上の方法は思いつけません」

 再び唇をかみしめるミーシャの姿にその場に沈黙が落ちる。


(おじさんがいたら、もっと違う方法を提案できたのかしら?)

 ミーシャではとても助けられないと思った血まみれの少年を、救って見せたラインの姿が脳裏に浮かぶ。

 あふれ出す紅に臆すことなく素早く動く指先が施した治療を見ていても、何をしているのか全てを理解することはできなかった。 


 後に図解と共に解説してもらったけれど、それでも意味が分からない事が多く、ミーシャは自分とラインの間にある知識と技術の差をいやというほど思い知ることになった。


 それでも、生きてきた時間の長さと経験を思えば当然の事と割り切ることができたし、森の民の隠里で学ぶことを楽しみにすら感じていた。


 だけど、自分の手に負えない事態に遭遇した時、どうしても考えてしまうのだ。

 ここにいるのが自分ではなく熟練した他の誰かであったなら、助けられる命があるのではないかと。

 脳裏に、レッドフォード王国で聞いた葬送の鐘が響いた気がした。


「あいつは命の選択を自分でできるんだ。幸せじゃないか」

 沈黙を破ったのは、ヒューゴの声だった。

「ひゅーご?」

 押し寄せる自責の念に飲み込まれそうになっていたミーシャは、突然耳に響いた声に驚いて顔をあげた。


「安全な街を出て旅をするんだ。命を落とすかもしれないって覚悟は持っているはずだ。

 命の危機に晒された時、訳も分からぬままに死んじまう人間がどれほどいると思ってる。そんな中であの男は自分で選ぶことができる。足を失っても生き延びるか、諦めて安らかに死ぬか」

「おい!言い方ってもんがあるだろう!」

 露悪的に笑って見せるヒューゴに、周りの男達が気色ばむ。


「どういう言い方したって同じことだろう。あんたらがどんな感傷を抱こうと、人生の責任をとるのは自分自身だ」

 そんな男達を鼻で笑って見せると、ヒューゴはざっとその厚い前髪をかき上げた。


「それに、あの男の命はここにいるやつらが思っているよりもヤバい事になってるんだろう?」

 ヒューゴの暴言にいきり立っていた男達は、突然露になった美貌に息をのんで凍り付いた。


 ちらりとそちらに視線を流しながら微笑を浮かべて見せるヒューゴに、こんな切迫している状況のはずなのに、ミーシャはなんだか笑いだしたいような気分になった。


(一瞬ですべての意識を奪ってしまったわ。まるで麻酔薬みたいね、ヒューゴの顔って)

 イワンに残酷な宣告をしようとしているミーシャに周囲の悪感情が向かう前に、ヒューゴは男たちの意識を自分の方へと見事に攫ってしまった。

 それが自分を守るための行動だと悟れないほどミーシャは鈍感ではなかった。

 そして、自己否定に走りそうになっていた自分の気持ちを立て直す。


(未熟だろうとこの場にいる薬師は私だけだもの。だったら、出来る事を精いっぱいやるしかないのよ)

 震えそうになる体を意思の力で押さえつけ、ミーシャは顔をあげる。


『自信がない時ほど堂々としていなさい』

 耳の奥に蘇る母親の声に、ミーシャはぐるりと周囲の人を見渡した。


「重ねて言いますが、つぶれた足からどれくらいの血が流れてしまったかは不明です。止血はしましたがイワンさんは現在、強い眠気と倦怠感を覚えています。それに体を温めているのに、顔は青白い。あと、下半身の感覚がひどく鈍っているのも気にかかります。おそらくこのままなら半日ほどで命は危うい」

 かがり火に照らされて、ミーシャの瞳がきらりと輝いた。


「私は薬師として、イワンさんに話さなければなりません。命を諦めるのか、生きるのかを」

 


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