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端っこに住むチビ魔女さん。  作者: 夜凪
隠れ里

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33

「今のところ、それらしい女の子が漂着したって情報は得られてない。裏の方にも探りを入れてるが、そっちはさすがに半日じゃどうにもならんな」

「そうか」

 床に座り込んでの食事を終わらせた後、チーズとナッツをつまみにゆっくりとワインを傾けながら、ラインとゲイリーは情報交換をしていた。


 部屋の隅では、食事をすませて腹に少年をくっつけたレンが、体を伸ばしている。

 食事をすませてウトウトし始めた少年のお守りをラインに押し付けられたのだ。

 ミーシャの事が気になるレンは鼻にしわを寄せたけれど、食べ物を口に運びながらも舟を漕ぎ始めた少年を放っておくこともできなかったようで、諦めたように毛布の敷かれた寝床の方へと移動していた。

 もっとも、視線は油断なくラインから離れる事はなかったし、ピンと立った耳は両方ともしっかりと二人へと向けられていたが。


「ミーシャが落ちた日の風はこの時期には珍しい南からの風だった。それはここの港の爺さんたちも同じような事を言っていたから間違いないと思う」

「オレん所にも同じような話が来てるな。しかし、どこに行ってるかと思ったらあの堅物爺さんたちに取り入ってたのか。すげえな」

 残っていた肉のスパイス焼きを指でつまんで口に放り込むゲイリーに、ラインはいやそうな顔をしながら無言で手拭きを投げる。


「フォーク使えよ、タレがつく」

「へいへい。変な所で几帳面だよな、ライン」

 笑いながら手を拭くゲイリーを無視して、ラインは空になっていたグラスをワインで満たした。


「おまえたちが海賊に襲われたのは国境沿岸か?」

 ついでのように満たされた自分のグラスを手に取りながら、ゲイリーは真面目なトーンに戻して問いかけた。それに、ラインが首を横に振る。


「いや、国境を越えてアンバー王国に入って、しばらく進んだところだった。あいまいな位置で海賊行為をしてジョンブリアン王国まで刺激したくはなかったんだろう。混乱しているアンバーと違って、ジョンブリアンの国力は充実しているからな」

「あいつらにそんなことまで考える頭あるのか?」

 ゲイリーは驚いたように目を丸くする。


 海賊たちはたいていが食い詰めた貧民たちのなれの果てだ。

 治安が悪くなれば、経済が滞り、仕事が減る。

 そのあおりを食うのはその日暮らしの貧民で、糊口をしのぐために犯罪行為に手を出すのだ。


 とはいえ、基本は烏合の衆で、大したことはできない小悪党の集まりだ。

 まとまりもなく、小舟に毛が生えたような船で夜陰に隠れて突撃してくる程度で、これまではそれほど大きな被害は出ていなかった。

 

「今回捕まえたやつらの頭が、バラバラに行動していた海賊どもをまとめ上げてたみたいだな。小賢しい奴だったんだろう」

 興味なさそうにラインはつぶやくと、グラスに残っていたワインを飲み干した。

 手元に置いていた瓶に手を伸ばし、再び手酌でグラスを満たすと一つため息を落とす。


「それより、今後の事だ」

 バサリと開いた空間に船で書き写させてもらった地図を広げるラインの頭の中には、捕えられた海賊の事など微塵も残っていなかった。


 食い詰めて餓死を逃れるために犯罪に走った貧民と思えば多少の同情の余地はあったかもしれないが、それで他者を害していいわけではない。

 その手を犯罪に染めた時点で、ただの弱者から裁かれる立場へと変わったのだ。

「彼らも他に道はなかったのだ」などと、被害者やその家族が言うわけもないのだから。


 ゆえに、ラインは海賊どもを憐むことはない。が、憎むこともなかった。

 海賊たちが襲ってきたことでミーシャが危機に陥っているのは確かだが、うかうかと誘いだされてしまったミーシャにも問題はある。なにより、ミーシャの側をうかつに離れてしまった自分が一番問題だと思っていたからだ。


 そして、その事を反省して頭を切り替えたラインにとっての懸念事は、ミーシャの無事だけだった。

「風の向き・潮の流れ・季節的なものも含めて、ミーシャはここより北方に流れ着いた可能性が高い」

 ミーシャを見つけるためだけに、ラインの意識は全て振り分けられていた。

 ラインの長い指先が、ツーッと地図の上をすべる。


「俺は明日から、海岸沿いを北上していくつもりだ。ゲイリーは、鳥を使って各方面の情報収集を頼む」

「そりゃあ、かまわんが……」

 一見冷たくきらめく翠の瞳に、ゲイリーはラインの抑え込まれた怒りを知る。

 大切な姪を見失った失態。冷静に見えるが、そんな自分をライン自身が許していないのが見て取れた。

 その後悔と怒りは、ミーシャを見つけるまで消える事はないのだろう。


「連絡はどうする?誰か連れていくか?」

 鳥笛で近くにいる一族の伝鳥をうまく捕まえる事が出来れば、ラインからゲイリーに連絡することは可能だが、自由に動き回るラインを的確に捉える事ができる伝鳥はいない。


「それなんだが、うちの鳥はなぜか人をめがけて飛ぶことができるんだ」

「は?なんだそれは?場所ではなく人?笛の音を頼りに帰ってくるとかでもなく?」

 聞いた事のない話にゲイリーは目を丸くした。


 伝鳥は基本、決められた場所を往復するものだ。

 賢いもので、三~四か所を覚える。それに加えて一族の鳥は、決まった笛の音とリズムで呼び寄せる事が可能なように躾けられていた。もっとも、それもたまたま近くを飛んでいて笛の音が聞こえた場合に限られるのだが。


「どうやら、ある程度の距離に近づくと分かるみたいだ。個別の名前を伝えて飛ばしたら、旅先まで飛んでいったそうだ。オレの事もどうやって察知するのか、妹の家に向かうと別に知らせていないのに、どの方角から向かっても迎えに来るんだ。その時の遭遇率を考えると大体五十キロ範囲に入ると気づくみたいだな」


「なんだそりゃ?お前の飼う動物は規格外ばかりかよ」

「俺の、というよりミーシャのだが、な」

 驚きを通り越して呆れたようにため息をつくゲイリーに笑って、ラインは再びグラスの中を飲み干した。


「お前なぁ。これ、とっておきなんだぞ?水みたいにパカパカ飲むなよ」

 いやそうな顔で伸びてくる手からワインの瓶を隠したゲイリーに、肩を竦めてラインはグラスを置いた。


「場所も今のところ無制限に覚えてるみたいなんだが、まぁ、問題もあって。さすがに初めての場所を指定することはできない。だから、ここを覚えさせるために初回の目印としてレンを置いていきたいんだが」

「ガウウゥ!!」

 突然、それまで大人しくしていたレンが立ち上がり唸った。

 腹に張り付いていた子供が、勢いに負けてコロンと転がり落ちたが、気にする余裕もないようだ。


「ガウ!グルルルッ」

 スタスタとラインのもとに来ると、置いていかれてたまるかというように猛抗議を始める。


「なんだよ?置いていかれるのはいやって言いたいのか?そうは言っても、カインが合流するまでここで待ってるのも時間の無駄だろう?カインが来たら、追いかけてくればいい。二日やそこらなら、レンの鼻で匂いを見つけて追えるだろう?」

 膝に乗り上げるようにして詰め寄ってくるレンの顔を押し返しながら、ラインが困ったように説得を試みる。


「……ワウ!」

 しばらく黙り込んだレンが、何かを思いついたというように一声鳴くと、荷物が積まれてある方に足早に去っていった。

 そして、そこからランタンの付いた杖をずるずると引きずってくる。


「ワウ!!」

「その杖がどうした……って、そうか」

 ラインの元へと運び、きちんとお座りスタイルで一声吠えたレンに怪訝な顔をしたラインは、ポンと手を叩いた。


「これをカインへの目印にしろって事か?確かに、これはもともとレイアースが使っていたものだから、カインは産まれた時から見ていて馴染みがある。屋根か庭にでも立てておけば、十分に目印にはなるだろうな」

 きちんとレンの意図を読み取ったラインが、感心したようにつぶやく。

 その声に、レンは嬉しそうに尻尾をパタパタと振った。


「本当にでたらめな生き物飼ってるなぁ、お前」

 そんな二人のやり取りを見ていたゲイリーは、しみじみつぶやくと抱え込んでいたワインをグラスに注いで飲み干した。






 結局、カインの目印は、レイアースの杖を雑貨店の裏庭に立てておくことになった。

 それでうまくカインが店にたどり着けない場合は、レンがカインをゲイリーの店まで送るという約束つきではあったが。

「狼使いに出すなよ、捕まったらどうする」という、至極まっとうなゲイリーの言葉は無視されることとなった。


「じゃぁ、その後の情報集めもよろしくな」

「あぁ。無理しない速度で行けよ?」

 翌日の早朝には出発するラインを、ゲイリーは律義に見送りに来た。

 朝もやの残る中、二食分の包みを渡されたラインは肩を竦めて受け取る。


「あぁ。ついでがあるときでいいから残した荷物は村の方へ送ってくれ」

 リュック二つを担いでいくのは現実的ではないため、ミーシャの残した荷物はゲイリーの店に置いておくこととなった。

 通常ならば適当に処分を頼むのだが、ミーシャの衣類や道具はレイアースが誂えたものである。

 季節ごとに成長に合わせて一つ一つ手作りされた衣類は、丁寧に施された刺繍も相まって例え着れなくなったとしても故人を思い出すよすがとなる事だろう。

 母親との大切な思い出の品を、他人が簡単に処分してもいいものではないだろうと、時間はかかるだろうが輸送を頼んだのだ。


「そっちも任された。オレもいい年だ。来年には店を倅に譲って隠居する予定で、一度村に顔をだすつもりだったんだ。その時にでも持っていく」

 軽く頷くゲイリーは、しっかりと少年の細い腕を握っていた。

 いつの間にそこまで懐かれたのか良く分からないが、レンにくっついて離れなかったため強引に引きはがされたのだ。

 ライン達は海岸沿いをひたすらにたどる予定であるため、時には道なき道を進むこととなる。まさか幼子を連れていくわけにもいかず、少々強引に引きはがしたのだ。

 最初は抵抗して暴れていたのだが、側に寄ってきたレンが少年にガウガウと吠えたら途端に大人しくなった。


「よし、行くか、レン」

「ワウ!」

 腹に巻かれた包帯がまだ痛々しいレンは、そんなものなどないかのように元気に返事をして尻尾を振った。今度こそ置いていかれなかったことにご機嫌である。

 

 意気揚々と歩き出したレンの姿を、置いていかれた少年が寂しそうに見送っていた。

「坊主。とりあえずうちに来るか?店の手伝いをしてもらうが、きちんと面倒は見てやるよ」

「……レン、くる?」

 遠ざかって言う人影から目線をそらさないまま尋ねる少年の頭を、ゲイリーはワシャワシャと掻きまわした。


「いい子にしてたら、オレが村に行くときに連れて行ってやるよ。そうしたら会えるだろう?」

「……じゃあ、いる。レンからおねがい、あるし」

 少年がコクリと頷く。


 片言でしか話せない浮浪児の少年。

 伝鳥の笛で顔を出した少年の存在を、ゲイリーはミーシャの情報のついでに集めていた。

 そしてミーシャと違って、少年に対する情報はすぐにいくつかは集まった。


(犬に育てられた子供・・・・・・ねぇ)

 貧民街の中でもさらに最奥のほぼ廃墟しかない場所で、野良犬の群れの中に混ざって四つ足で走る子供がいたというのだ。その群れは毛皮目当ての悪徳商人に狩られてしまったが、犬たちは子供を庇うような動きを見せたという。その結果子供だけは逃げ延びたのだろうと。

 姿かたちから、その少年に間違いないと言われたが、にわかには信じがたい話だった。


(まぁ、妙な耳を持っているみたいだし、なんだかやたらレンに懐いてたし、本当に不思議な育ちをしたのかもしれんな。だが、その場合、どこで言葉を覚えたんだ?)

 少年は同じ年ごろの子供たちに比べるとはるかに拙いが、きちんと意思疎通ができる程度には話すことができた。


 不思議に思う事は増えたが、ゲイリーは深刻に考える事を止める事にした。

 変わった特技を持つ子供は森の民的には大歓迎だ。しかも、身よりはないとくれば、いう事はない。

(とりあえず、もう少し太らせて常識を学ばせるのが先決だな。いや、その前に名前か?)

 どこかの悪徳商人みたいなことを考えながら、ゲイリーは少年の背中を押して店に入るよう促した。








「そう、ミーシャ……ん、行った……のね」

「はい。お兄ちゃんも一緒に。無事に伯父様に再会できるといいですね」

 ノアの背中を熱い湯で絞った布で拭きながら、ミルはのんびりと答えた。


 朝夕の二度禊をして神に歌を捧げるのが、海巫女の大切な日課である。

 それも実は病の対策で、皮膚の清潔を保つためと厚くなる皮膚を少しでも柔らかくしてはがれる様にするためのものだった。

 歴代の海巫女達は経験から適切な病の対処法を少しづつ編み出してきたのだろう。


 病の対策としてではなく、海巫女の日課として伝わっていることに歴史の闇が感じられるが、それを追求するものはいない。

 ただ、禊をすることで少しだけ皮膚の痛みやかゆみが和らぐことは分かっていたため、ノアもミルも素直に受け入れていた。

 

 体調が悪化して動くことがままならなくなってからは、禊の代わりに清拭をして薬を塗りこむのが、新たな日課となっていた。

 効果は不明だが、少なくとも気分転換にはなるし、二人にとっては大切なコミュニケーションでもある。


 幾度も湯を変えて丁寧に拭き上げた後、変質して固くひび割れた肌に、しっかりと薬を塗りこんでいくミルの手つきは優しかった。

 少しでも苦しみが減るようにと願いながら、マヤ特製の軟膏を塗りこめていく。


「少し……だ…け、スゥッと……するわね」

「ミーシャさんが効果があるかもと、追加でいくつかの薬草を混ぜてくださったそうです」

「そう……」

 ノアは少しだけ微笑んだ。

 日に日に固くなっていく皮膚は、ノアから言葉や表情も奪っていく。

 それがもどかしくも辛くもあったけれど、ノアはしょうがない事だとあきらめていた。

 

 それでもその辛さをミルには悟らせたくなくて、ことさらに穏やかに静かに過ごすようにしていた。

 病を治す術のない自分には、せめてその時が来るまでは、ミルに辛い事などないのだと思わせておきたかったのだ。


 けれど、ここにきて一筋の希望の光が見えた。


 なぜ今頃、と思わないでもない。

 もう少し早く来てくれたら、もしかしたら自分も助かったのではないか、と。


 だけど、そんな自己愛よりも、幼い頃から可愛がってきたミルが助かるかもしれないという事の方が、ノアはうれしくてしょうがない。痛いのも苦しいのも、ミルには一つだって味わってほしくなかった。


 閉ざされたノアの世界に突然現れた自分と同じ存在。

 自分よりも小さくか弱い、それなのに早ければ十数年後には自分と同じ未来を辿るはずの少女。


 訳も分からず親から引き離され泣きじゃくる小さな頭を撫でた時、ノアの心に浮かんだのは「この子に幸せになってほしい」という強い思いだった。

 それからは、毎日海神様に祈った。

 流されるままにおざなりに文言をなぞるだけではなく、心を込めて歌い、唱える。


『ミルが幸せになれますように』

 ノアは毎日毎日、ただただそれだけを祈り続けた。

 だから、ミーシャがこの村へ来た時はとてもうれしかった。

 たった一つの願いが、叶いそうだと分かったからだ。


 薬を塗り終わり、道具を片付けるために出ていくミルの背中を見送りながら、ノアは不自由な顔を動かしてゆっくりとほほ笑んだ。

 目を閉じると、明るい日の光の下で笑うミルの幻が見えた。


「たのし……み、ね?」


 だからノアは今日もひび割れた声で歌うのだ。

 もう一人では布団の中から動くこともろくにできないし、昔のように伸びやかな声は失ってしまったけれど。

 心を込めて、祈りを込めて、礼を込めて。


 海巫女の歌は今日も響き続ける。

読んでくださり、ありがとうございました。


それぞれの補足です。

ラインの話は、もう少し前にいれても良かったかなぁ、と迷いどころですが。

時系列的にはライン達はミーシャが旅立つ数日前で、ミルたちは旅立った日です。

分かりにくかったらすみません。


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