スペランカー
――黒蛇の迷宮――
「ちょっとインギー、大丈夫ですの?」
「あ、ああ。すまない、少しぼーっとしていた」
「飲み過ぎですよ、まったくもう!」
俺はキャスリーとサクラとともに、レベル上げのためにダンジョンに潜っていた。
今日はどうも朝から調子が悪いようで、集中力に欠ける。
自分一人ならまだしも、仲間の前で情けない様子を見せるわけにはいかない。
「イングウェイさん、強がるのはダメなんですよ? いざというときに動けなかったら、大変なんですから」
サクラが優しく背中を撫でてくれる。本来なら安心するはずの行為のはずなのに、なぜか今日は落ち着かなかった。
「もう大丈夫だ、行こう」
俺は前を見据え、狭い廊下を再び歩き始める。と、その時。
ふああーん
周囲が鈍い光を発し、俺たちは別のフロアへと飛ばされる。
「んもう、またですの? まったく、これじゃ今どこにいるか、さっぱりわかりませんことよ!」
キャスリーのイライラももっともだ。
蛇の名を冠する、狭い通路の入り組んだダンジョン内。俺たちは何度目かもわからないワープゾーンに、完全に翻弄されていた。
「はい、じゃもう一度目印置いとくよー」
サクラが白っぽい石を、通路の脇に置く。洗濯機用の石鹸だ。
本当なら削って売りたいのだが、この際仕方がない。
「石の中に飛ばされないだけ、マシと思うしかないな」
方向を決め、再び歩き出す。敵は少ないものの、探索は遅々として進まない。
最悪の場合、魔術で壁に穴をあけることも考えるべきだろうが、まだその時ではない。
「ねえインギー、本当にこれでいいんですの?」
「ああ。踏破できない迷宮なんかないさ。このやり方をしっかり覚えておいてくれ」
「あ、やっと見つけたよ。これ、何回目の目印だっけ?」
「ちょっと待て、今地図を広げる」
ワープするたび目印を設置し、新しい用紙に地図を書く。目印があれば、その地図を組み合わせていく。
地道だが、確実な方法だ。
ダンジョンの面積が無限ということはない。――魔術でのループが組み込んであれば、気付くはずだ。
おそらくモンスターが少ないのも、倒した死骸自体を目印にされないようにという意図だろう。
「どう? 何かわかったかしら?」
「やっと1つループを潰しただけだからな。これだけじゃなんとも言えん。もう少し進むぞ」
「はーい」
「仕方ないですわね」
それから数時間は歩いただろうか。キャスリーはもちろん、体力があるはずのサクラまで、疲労の色が見えてきた。
「少し休むか?」
「はい、そうですね」
「見張りを順番に――」
「いいから二人とも寝ていろ。俺だけで十分だ」
俺は強引に二人を休ませる。二人はこんなに長くダンジョン内でさまようのは、初めてだからな。まったく、気丈に振舞っているが、無理をしているのが見え見えだ。
二人を休ませている間、俺は地図をにらみ、まだ合わさっていない部品をいろいろと組み合わせてみる。
と、奇妙に欠けた部分が出てくる。
なるほど、おそらくここか。
こういう術式は、人為的に組み込む以上、必ず術者の癖が出る。全てマッピングし尽してしまえばそれが一番確実だが、ある程度歩いたところでアタリを付けていくのが普通だ。
勉強熱心で博識なキャスリーだが、こういう冒険者の裏知識はまだまだだ。くわえて、経験もない。
起きたらいろいろ教えてやらなければな。
寝ころぶと、バッグの中からスキットルを取り出す。
中身は焼酎だ。マリアから少しだけ拝借していたものだ。
少しだけ口に含むと、すぐに眠気が襲ってくる。
なに、モンスターの少ないダンジョンだ。少しくらい油断しても大丈夫だろう。
そう考えて、俺はまどろむ。
眠るつもりはない。少しだけ目を閉じて、休むだけだ。
そう、ちゃんと起きている。何か物音がすれば、すぐに目を開けて確かめる。
絶対俺の方が早い。
攻撃より、瞼を開けるほうが早いからだ。




