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Hit the Lightning

ここから、物語はメガデスからメタリカへと切り替わります。

少し雰囲気は変わりますが、引き続きお楽しみください。


 イングウェイはゆっくりと目を開けると、靄のかかった頭を振った。唸りながら首に刺さったコネクタを引き抜く。

 ジャックは異世界へのダイヴの入り口ではあるが、同時に悪魔の尻尾でもある。


「くそ、ひでえ頭痛だ」


 ダイヴマシンが開発されてから、半世紀が経った。世界は徐々に活気を失っていると、誰かが言っていた。奴らはしたり顔で正論を振りかざすが、誰の耳にも届かない。畑の隅で一人でしゃべらせておけばいいのだ。

 奴らとは、有識者とかいう職業の木偶人形(スケアクロウ)だ。



 傍に置いてあったウイスキーをあおる。埃が浮いているのもかまわず、一緒に飲み干した。

 常温のアルコールがのどを焼いていき、一瞬だけ目が覚める。


 錆び付いたドアノブを開けて外に出ると、初夏のじりじりとした太陽が肌を焼いた。

 目の前には、うっとおしいくらいの新緑――。


 小銭だけを適当にポケットにねじ込むと、納屋にあるピックアップトラックに乗り込んだ。かび臭いシートは冷たくて、少しだけ気持ちがいい。

 キーを回す前に、ハンドルの下を蹴り飛ばす。エンジンを叩き起こすための、いつもの儀式。


 腹が減った。

 行き先は、数キロ先にあるデイヴの店だ。

 人っ子一人いない農道を突っ走っていると、突然遠くで破裂音が聞こえた。


 最初は雷かと思った。しかし、それは連続して轟いてくる。空は雷どころか、ろくに雲もない。

 山の影で、何かが赤く光る。


 イングウェイは車を停め、少し東の空を見た。寝ぼけてはいない。

 頭痛がひどいのだ。右目の奥がひどく痛む。プラグを刺している間は気にならなかったのに、抜くとすぐにこれだ。

 痛み止めが、アルコールが必要なのだ。


 再び、炎が舞うのが見えた。その中心にいるのは、女性。

 そして、――ドラゴン。


 頭痛はさらにひどくなる。呻きながらこめかみを押さえる。

 少しだけ治まる。


「くそったれめ、残滓か」


 それはダイヴを続けたものの代償であり、現実の中の夢。繰り広げられる劇中劇をつぶすには、脳みその中をかき混ぜて取り出すしかないそうだ。

 イングウェイはギアを入れ、幻覚の方へとハンドルを切る。

 白昼夢はまだ消えていない。ならば、確かめねばならない。

 あいつらは何者で、なぜここにいるのか。


 イングウェイは捕えられていた。ダイヴに? いいや、現実にだ。見えたからには確かめねばならない。それこそが奈落への一歩目なのに、強い強迫衝動に襲われていた。


 頭の中で囁くやつがいる。

 違うぜ、お前はまだコネクタを抜き忘れているだけだ。電脳(サイバネ)に溺れているだけだ。


 うだるような暑さ、汗のにおい。興味もない。

 そうだ、クソ食らえだ、こんな世界なんて。


 近づくも、女とドラゴンは、まだ消えない。いまだ半信半疑の中で強く口にする。「俺は薬なんかやっちゃいない」と。



 ドラゴンは宙を舞い、女に向かって炎を吐く。

 女がなにやら手を振ると、回りに淡い光の壁が生まれ、炎は女を避けて通った。

 それを数度繰り返し、最後に、ドラゴンが青白い閃光で撃たれ、落ちた。

 ドラゴンも女も、それっきり動かなかった。


 知っている。

 イングウェイは、あの呪文を知っていた。


電撃(ライトニング)

 出が早い攻撃呪文の一つで、自分でも愛用していた。大振りだがある程度追尾してくれるので、使い勝手がいい。ドラゴン相手にかますにはちょうどいい呪文だ。


「クソったれ、何が≪電撃(ライトニング)≫だ。いつの間に刺したんだよ、俺は」


 イングウェイは汗ばむ体を鎮めるように、首筋に手をやり、撫でさする。

 こつんと、指先に金属製の(ジャック)が当たった。冷たかった。


 クソ暑い太陽の下で、そこだけがやけに冷たく感じた。


章タイトルの”Bloody Hammer”は、ロキー・エリクソンさんの同名曲から取っています。初めて聞いたときにあまりのかっこよさに、延々とリピートしていました。

もちろんメタリカのアルバム『Kill 'Em All』(ご存じない方は、ジャケットのイラストをご覧ください)の意味もあるのですが、私の中のメインは、前者です。


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